65 Reveal Her True Character
『いいかい? 私の腕は君の能力を強くすると同時に君の手に余る能力を封印する』
ケイシーの脳裏にある男の声が甦る。
彼こそがケイシーにセーブポイントを遺した張本人――ジョシュア・ノートン。その声の中、時を巻き戻す彼はあることを悟った。
「今度は仕様が違うらしいな。ああ、見えるよ。巻き戻した時まで、俺が観測しているみたいだ。いや、本当にそうなんだろう」
と、ケイシー。
彼の意識は混濁する寸前だった。それもそのはず、彼はこれまでの能力の一部を失い、代わりに封印していた部分を解放されかかったようなもの。それによって、ケイシーは脳が処理しきれない情報を一気に受け取った。
「……これでもすべきことは判断できた。取り返すか、ひいおじいちゃんの腕を」
ここはイーサンのビルの階段を降りたところ。件のもの――『ジョシュアの腕』は2つ下のフロアにある。ケイシーは夢のような、改変しようとする「これから」起きることを整理していた。まず、『ジョシュアの腕』は持ち去られてなどいない。ライオネルは嘘をついていたのだ。それから、半殺しにされるイーサン。誰のしわざかもわからないが、不死身と言われた彼が限りなく死に近い状態で放置されるのだ。
ケイシーは階段を駆けおりる。
「……残念だな。主導権を握るのは俺だ。最後に笑うのも俺だ。もともと、こうするつもりだったからな……」
と、ケイシーは呟く。
こんな彼だが、今は頭痛に耐えている。能力を使った直後、情報が流れ込んだことで頭痛が引き起こされていたのだ。ジョシュアが「手に余る力」と呼んでいた理由の一つがここにあった。
やがて目的のフロアに到着し、件の部屋に向かう。床に転がった化け物の残骸には目もくれず、ただ進む。だが――
「……ここにいたのか、ルナティカ。探したよ」
ケイシーは立ち止まって言った。
彼の目の前にはルナティカの姿をした女が立っていた。戦った後であるかのように、服には返り血がついていたが、その姿は紛れもなくルナティカ。だが、ケイシーはどこか違和感を覚えていた。
「私だって。いやあ、執事さんがいたと思ったら誰かに攻撃されちゃいまして……従業員を盾にしたらこうなったんだよねえ」
ルナティカ――いや、恵梨はそう言った。あくまでも彼女はルナティカとしてふるまっている。少なくとも、今は。
「ふむ……裏切者でもいたのかな? ライオネルがそうだとはわかっているが、まだいたとは。彼にやられそうになったのか?」
と、ケイシー。
とぼけているようにも見えるが、彼は恵梨の本当のことを暴こうとしている。
「知らないよ。顔も見えなかったんだから。もう、しっかりしてよね。組織の内部から崩壊とか洒落にならないから!」
「すまないな。やはりカメラに映るものがすべてではない、か。行こう、ルナティカ。これからセーブポイントを奪おうとする不届き者を殺す」
ケイシーはばっさりと言った。
どくん、と恵梨の心臓が鳴った。セーブポイントを奪う者については恵梨にも心当たりがある。だが、仮にそこに行ったとしても恵梨は何もできないことになっている。
――仮にその不届き者がジェシカ達だったりしたら、あたしは見捨てるしかない。いや、そのタイミングで殺しに行けばいい。だけど。
果たしてケイシーは恵梨に気づいているのだろうか。
肝心なところで抜け目のない彼は見抜いているのかもしれない。それを知ったうえでわざと泳がせているのかもしれない。あるいは、違和感を覚えて、時間をかけて恵梨にカマをかけようとしているのかもしれない。
「た、確かにケイシーの敵だもんね。そういう人は」
と、恵梨は言った。
「そうだ。ライオネルのときからか……俺が裏切り者を気にするようになったのは」
ケイシーは言った。
そんな2人に近寄っていたのはイザベラ。ビルの内部に入ってきたシェリルを探していたらケイシーとルナティカの姿をした恵梨を目にしたのだ。
「ケイシー」
2人の背後からイザベラは言った。
「ねえ、ケイシー。そんな偽者の言葉に耳を貸しちゃ駄目だよぉ?」
彼女の言葉で恵梨は背筋が凍り付く。これまでケイシーにばれなければいいと考えていた恵梨だが、ここに介入したイザベラのおかげであっけなく気づかれることになってしまった。
「偽者だって? いや、確かに怪しいとは思っていたが、そうか。死をちらつかせながら本当のことを喋らせるつもりだったがその手間が省けてなによりだ」
ケイシーは言う。
恵梨の心臓は早鐘を打っていた。このまま2人と鉢合わせになって、ルナティカとしてふるまっていれば、命は無事ではすまない。もはや、なりすますことは彼女にとって足かせにしかならない。恵梨は腹を括ってイデアを展開した。
「今なら見えてんだよね! 残念、展開してしまえばこっちのものだ!」
右手に薙刀が現れた瞬間、恵梨はまずケイシーに斬りかかる。そんな恵梨を追うようにして彼女に詰め寄るイザベラ。
「ここは私だけで十分だからぁ、でしょ?」
恵梨はイザベラの行動が見えていたかのように向き直り、イザベラの攻撃をはじいた。
「あぁ?」
言おうとしたことを恵梨に言われたことで、彼女は一瞬だが怒りの表情を見せた。
いつものように猫を被ったイザベラは、ここにはいない。
「……そうだよぉ。ケイシー、先に行ってよね。私は死なないからさぁ」
「ああ、任せた。イーサンまでやられたんだ、お前に頼らざるを得ない」
そう言ってケイシーはセーブポイントの在処まで走ってゆく。




