64 Retrograde
地下の収納の部屋。2人は上での戦闘に気づいていた。
「やってますね」
ユーグは言った。
「そうだね……って、上にいるのはライオネルと手負いのシェリルだけだよ?」
「ライオネルが今戦っているようですね。今のうちに壊してしまいましょう。彼が止めてくれているんです。間違っても加勢することなど考えないよう」
と、ユーグは釘を刺す。
ジェシカは少しだけ焦っていた。今、ライオネルに加勢してケイシーを殺すつもりでいたのだ。『ジョシュアの腕』の破壊はユーグに任せて。
「で、どうするの? 少し叩いたけど結構頑丈かも」
「では私が銃撃してみましょうか。貫通力のある特殊な弾ですので効果はあるかもしれません」
ユーグは言った。
ジェシカは彼に任せようと、『ジョシュアの腕』を床に置いて安全なところに移動する。
「いきますよ。これで破壊できなければ貴女の剣で叩き斬ります」
そう言ったユーグは『ジョシュアの腕』に銃口を向けた。それからの、銃声。ユーグは無言で引き金を引いた。撃たれた弾丸は外装に当たる。が、外装は思いの外頑丈で、弾丸はことごとく弾かれた。
「やっぱりそう簡単には壊させてくれないよね」
ジェシカは言った。
ユーグに出来なかったのだから、今度はジェシカがやるしかない。ジェシカは剣を手にとって『ジョシュアの腕』に近づいた。近づいてわかったが、『ジョシュアの腕』はイデア使いの気配を持っている。それもケイシーとは違った。
「壊さないのですか?」
と、ユーグは言う。
「少し不可解なところがある。この気配、ケイシーのとは全くの別物なんだけど、それはどういうこと?」
「おそらくは、この腕の持ち主と関係あるはずです。わかりませんが、その気配が理由で壊せなかったのでしょう」
ユーグはそう言って、嘗め回すように『ジョシュアの腕』を見た。ここでユーグは特有の気配の正体に気づいた。彼はこの気配の持ち主を知っている。その能力は知らなくとも、能力を持っていることも知っている。
「わかりません、と言いましたね。すみません、嘘です。私はこの腕の持ち主だったジョシュアという人物を知っています。壊せないのは、今は亡き彼が遺したイデアによるものが原因でしょう」
「死んだ人のイデアが遺る……? そんなことが可能だっていうの?」
ジェシカは尋ねた。
彼女にとっては信じがたいことだった。いや、彼女ではなくとも信じられない者は多いだろう。だが、信じられないことであろうが真実は真実だ。
「可能、らしいですね。資料に書かれていたのでまず間違いないでしょう。なんでも、イデア使いの身体の一部を腐敗させずに保存することで死後もイデアを遺せるとのこと。遺されたイデアは、血縁者をはじめとしたかかわりの強い者のイデアを強化する。資料にはそう書かれていました」
「信じがたいことだけど、確かにそうするとケイシーの冗談みたいな能力にも説明がつく。本当に、壊すしかないのね?」
と、ジェシカ。
「はい。こうやって漬け込まれているからわかりませんが、取り出して放置すれば自壊する可能性があります」
ユーグは言った。
「出したら燃やそう。燃やした方が、確実だと思うから」
ジェシカは床に置かれた『ジョシュアの腕』に剣を叩きつけた。重さも変えて、全力をぶつけようとした。が、『ジョシュアの腕』が入ったケースは思いのほか頑丈だった。
剣が叩きつけられた瞬間、『ジョシュアの腕』は緑色の光を放ってその一撃を拒絶する。そのためか、ジェシカの全力をもってしてもケースに小さな傷を入れるにとどまったのだ。
「……そんな」
ジェシカは声を漏らした。彼女は絶望したようだったが、ユーグはまだあきらめていないようだった。いや、最後の手段を知っているような顔をしていた。そして。
「この方法は見つかりそうだからあまりやりたくありませんでしたが、そうせざるを得ないようですね。ここを出ましょう。この腕の持ち主は吸血鬼でした。だから、これを日光に当てれば灰になります」
ユーグはそう提案した。
「戦いは避けられないのかもね」
ジェシカは呟いた。
「……くっ!?」
ケイシーを襲ったのは酷い頭痛。廊下を走っていたケイシーは立ち止まって頭を押さえた。そんな彼の頭の中に響いたのは、セーブポイントを遺した者の声。
――君は何がしたい。そうやって、新しく支部を作って何をしたいんだ。
その声はケイシーを責め立てるようにも聞こえていた。声を聞かされているケイシーからしてみれば、という話だが。
「……俺は絶対的な安全圏にいるはずだ。そうだ、正義だ。道半ばにして討たれることなく安全圏から俺の正義を執行する」
ケイシーはその言葉と同時にイデアを展開した。
白いはずの骨はほんの少しひび割れていた。それに気づいたケイシーだが、もはや時間を戻すしか方法がないことを悟る。そして、ケイシーは嵌められたということも。
「俺を追い詰めたつもりか。だが、忘れてはいけない。俺の能力が何だったか、思い出すといい」
展開されていた骨のイデアが蠢くと同時に――時は戻る。そして、ケイシーは同じフロアに向かう階段で頭痛に苛まれていた。
――痛い。が、それは大した問題ではない。今度は、あの部屋に立ち入って事実を確認する!




