61 Winner and Loser
蛇腹剣は私の首をすぱんと落とす。
剣が血を吸うとか言うけれど、私の首を落とした剣が血を吸っている様子もなかった。ただ、水でできた蛇腹剣の金属とは違うひんやりとした感覚があった。
私の首珠は暗い部屋の天井と、吸血鬼の赤い瞳を見た――
――そんなはずはない。賭けのときに首を切り落とされるなんてありえない。私は何を見ていたの?
シェリルの錯覚とは裏腹に、彼女は無傷。痛みもなければ首もつながっていた。
あれは思い込みにすぎない。が、イーサンの攻撃はシェリルに敗北や死の錯覚を植え付けるには十分すぎた。
「――止まったか。よかったね、君は命拾いしたみたいだ」
と、イーサンは言う。
彼の後ろに展開されていたパネルはMULTI PLIERで止まっている。シェリルはこの賭けに勝ったのだ。
「よかった……私が首を落とされることにならなくて。もし私が首だけになっちゃったらどうなってたんでしょうかね?」
「さあ。とりあえず、臓器を抜かれていたことは確定だろうね。では次の賭けにいこうか。さっきと同じダメージを増幅させたらおそらく僕は死ぬ……」
イーサンはそう明言した。
シェリルにも勝機はあった。だが、どこまで賭ければいいか。普通の人間であれば間違いなく死んでいる攻撃でもイーサンは耐えてくる。耐えてから、身体を再生させてこれまで通りに戦っていた。
「よくわからないけど、さっきと同じかそれより強い攻撃をし続ければ死ぬんですね?」
と、シェリルは言った。少しでもイーサンを揺さぶれないだろうか、と考えてのことだった。するとイーサンは視線をそらせながら。
「どうだろう。何せ僕は死んだことがないからね。吸血鬼のうえにイデア使いなんだ、普通の吸血鬼で僕に負けたやつと同列に語るわけにはいかないんだよ」
と、イーサンは答えた。
平常心を保っているのか、動揺しているのかもわからない。
「そうなんですか。じゃあ、もう一つ質問。2つにベットする方法ってアリですか?」
「勿論。その場合、攻撃の強さは半減する。それでも無意味だとは思わないが、君はやるかい?」
イーサンは尋ねた。
「やるに決まってます。賭けるのは、5と10。あなたは?」
と、シェリル。
「そうだね……僕は1と2に賭けようか。人間を相手するくらい、本来はこれでリスクを抑えてやるものだが……」
そう言ったイーサンの中に、シェリルは恐ろしいものを見た。
紳士的な態度をとっていても、イーサンは吸血鬼。そして、この能力で幾多の人間の命や臓器を奪ってきた。彼が一筋縄ではいかないと改めて知らしめられた。
「始めよう。早ければここで勝負がつくかもしれない」
イーサンがそう言うとパネルは回転し始めた。それと同時にシェリルが放つ雷。小規模な落雷のように放たれた攻撃らイーサンを包み込む。
イーサンはそれをあえて受けた。たかが配当の小さい賭け、たかが半減する威力。その程度だと高をくくっていた。
シェリルの攻撃に慣れてきたイーサン。今度は水の斧を作り出してシェリルに詰め寄る。
鞭や蛇腹剣とはまた違ったタイプの武器。これではシェリルとほぼ同じリーチで戦うことになる。
「ふおぉっ!」
シェリルは振りぬかれた斧を受け止める。イーサンの膂力も相当だが、恐るべきは圧縮されたような水の物量。明らかにそれは重かった。
シェリルは受け止めた斧の威力を流し、イーサンの横に回り込んでそこから電撃を浴びせる。さらに、シェリルは全身の神経にも電流を流した。
「あまり使いたくなかったけど……」
と、シェリルは呟く。
ここから、シェリルの見える景色は変わる。
あらゆるイーサンの攻撃に反応できる。攻撃する前段階から反射的に攻撃に移れる。イーサンの攻撃の隙を見つけて回り込み、そこから雷を纏った打撃を浴びせられる。
「こんな芸当もできるのか……」
イーサンは吐き捨てるようにして呟いた。
シェリルはもはやイーサンの目に負えるような動きをしていない。別に光速で動くわけでもないが、とにかくイーサンの行動と同時に――すべてを反射で行っているように動くのだ。
「――避けないでくださいね」
抑揚のない声がイーサンの耳に入った瞬間――背後から後頭部に入る強烈な一撃。さすがにイーサンが蛇腹剣を使っていたときの猛攻ほどではなかったが、イーサンはバランスを崩す。
「く……」
よろめいたイーサンを見たシェリルはにやりと笑う。
追撃するようにして、雷を落とす。さらに打撃、電撃、蹴り。イーサンの判断を上回る速度で攻撃を入れてゆく。
攻撃されるがままのイーサンは水の斧を握りしめ、シェリルの動きを追う。何度も何度も攻撃を受けて、だいたいの行動パターンはわかってきた。が、問題はその速度にどう合わせるか。
「参ったな。いや、やるしかないか。室内を荒らす心配もない」
イーサンは水の斧を手放した。いや、ただ手放したのではなく――水の斧が保っていた形をなくした。それが意味することは――
「ちょこまかと動かれても、室内そのものを攻撃してしまえばいいということだ」
イーサンは言った。
斧だったものは大量の水へと変化してゆく。そして、その水はシェリルを包み込もうとした。包み込んで、押し流してしまおうとしている。
「させません」
と、シェリル。水が室内にたまろうとしていた中。シェリルはイーサン本人に詰め寄る。
そんなとき、シェリルは体中にひどい痛みを感じ始めていた。神経に電流を流し、強引に反射を引き起こすことはシェリルの身体にダメージを与えていた。シェリルの表情が痛みに歪む。
――まだだ。そいつの頭をカチ割らないと!
痛みに顔をゆがめながら、シェリルはイーサンの頭を掴んだ。そして。
「あなたが首を落としたのにも、理由があるんですよね?」
ゴッ、と音を立ててイーサンの頭は天井に叩きつけられた。それと同時に、パネルの回転が止まる。
「……ああ。これには当たり所の判定があるからね」
と言ったイーサン。彼の身体は外から何度も殴られたかのように傷ついてゆく。それはすべて、シェリルの攻撃によるもの。はっとしてシェリルはパネルを見た。パネルは5にとまっていた。
「私の勝ちだ」
シェリルは呟いた。
彼女がそう言ったときには、辺りにあった水が引いていた。そして、イーサンはその場に倒れ込み、虫の息。もはやイデアを展開することもできないほどボロボロになっており、うなじのあたりが半分ほど抉れている。左胸からも血流れていた。
「……そうだね、だが僕は生きている」
イーサンは言った。
「再生できるんですか……? どう見ても重傷では……」
「ああ……再生にはあと1週間はかかるくらいか。組織を焼かれた分、再生が遅くなるみたいだ」
「あなたは、生きたいんですか? それとも……」
と、シェリルは尋ねた。
「運命に任せる。負けた僕がどうこう言えたことではないよ。なんなら僕は、しばらく力を差し押さえられるしね。殺せるなら殺すといい」
イーサンはそう言って気を失った。




