60 Exception
イーサンを煽るかのようなシェリルの一言。彼女がそう言った直後、パネルは回転しはじめた。
「20!」
回転し始めたことを感知したイーサン。彼の手には水の鞭が現れる。これがイーサンの能力とは別のようだとシェリルは判断した。
水の鞭がシェリルに向かって叩きつけられる。シェリルは反射的に躱そうとした――が、その衝撃も彼女には伝わらない。このダメージもすべて賭けられてパネルに蓄積してゆくのだ。
――そういうことなんだ。ダメージは遅れてやってくる。避けたらどうなるかわからないけど。
「そちらAgainst1のままでいいのかな? 決定打を与えられるとは限らないが」
そう言いながら鞭を振るい、シェリルを追い詰めるイーサン。吸血鬼というだけあって、その衝撃も相当のものだろう。が、今に限ってはその衝撃もすべてチップとして賭けられている。
――ダメージが賭けられるなら配当に応じたダメージになるということ。多分だけどJackpotを引けば即死させることだってできるかもしれない。言われていないけど!
鞭での攻撃を躱し、シェリルはイーサンの赤い瞳を見る。そして。
「Jackpot!」
シェリルはそう叫んでバールに電気を纏い、イーサンに振り下ろす。が、イーサンが動揺することもなく。
「その程度で僕を即死させられるとでも……確かに、僕じゃなければ死ぬだろうね。君の攻撃での配当だと」
パネルの回転が止まる。止まった場所は20と書かれている。ここで勝ったのはイーサン。シェリルは身構えた。
鞭で叩かれるような衝撃。シェリルはその痛みと衝撃でのけぞった。だが、それほど強い攻撃には感じられなかった。
「でも今勝ったのはあなたです。その割にダメージあんまりないような……?」
シェリルが避けたからか、それともイーサンが様子見したからか。
困惑しながらシェリルがイーサンの方を見る。彼の後ろに展開されたボードは止まったまま。これから賭けろ、とでも言いたげにも見える。
「避けたからね。全く、君がルールの裏まで読んでくれて嬉しい限りだ」
と、イーサンは言った。
だが彼の言葉とは裏腹にその目は笑っていなかった。「次は殺す」と暗示している。
――だからこそ、勝たなきゃいけない。できれば彼を即死させるやり方で。
「僕は次にJackpotに賭ける。君は?」
「MULTI PLIERでいきます。吸血鬼を殺す最適解だと踏みまして」
シェリルは言った。
イーサンはこれでシェリルの戦略に気づいたらしい。少しルールを知っていた彼女が最大の配当――攻撃を手にするために。
「――避けないとねえ。僕の方から君の賭けを減らしていくしかないみたいだ」
と、イーサンは呟いた。
互いに大きな賭けに出た。まず動いたのはイーサンだった。水の鞭を蛇腹剣のような形状に変え、それを鞭のように振るう。水の鞭とは違い、これは少しでも触れれば痛みが伴うもの。当たり所次第では鞭以上に、洒落にならない。
シェリルは水の蛇腹剣を利用しようと、バールで蛇腹剣を受け止めた。そこから電気を流す――が、電気が流れた感触がない。
「え……こういうのって汗とかが混じってるものじゃないんですか……?」
シェリルはそう呟いて蛇腹剣を振り払い、距離を取る。
純水は電気を通さない。水を操る敵と戦う上でシェリルもよく理解していたつもりだった。そのうえで水を操る敵と戦い、彼らの操る水に不純物が含まれることくらいは理解していた。だが、問題はイーサン。イーサンの場合操る水がどうやら純水らしい。
「抜かりはないさ。こうやって僕は何人もの雷系の人を返り討ちにしてきた。ハイリスクローリターンな賭けでね、命を散らしていった」
イーサンは言った。
「操ってたものが水じゃなくて血液だったら通っていたかもね。君は相手が悪かったよ。不意打ちでも倒せない、攻撃も通りにくい。君は強かったよ」
すでに彼は勝利を確信しているらしい。だからだ、Jackpotという確率の低い方法をあえて取ったのは。本当はもっと小さなダメージでシェリルを倒すことはできるのだ。
一方のシェリルも自分が圧倒的に不利な状況に置かれていることを自覚していた。
人間よりも圧倒的に硬い相手に、いかにしてダメージを与えるか。それが勝利の鍵ということも。そして――イーサンの攻撃を躱して、40倍近くになる打撃を受けないように観察していた。0には何をかけても0だから。
「次に当たれば、君の首は飛ぶね」
その声とともに蛇腹剣が不規則にうねる。本物の武器ではない分、動きはより不規則になっている。だが、それと同時にイーサンの動きも大振りで隙だらけだった。
――多分、チャンスは巡ってきた。吸血鬼が光に弱いんだから、強い光で行動不能にできるかもしれない。
うねる蛇腹剣をかいくぐり、シェリルはイーサンとの距離を詰める。ここならば大振りな蛇腹剣を当てるのは格段に難しくなる。
「まだ首は飛んでいませんよ」
その声とともに――閃光。落雷よりもまばゆい閃光が部屋全体を包み込んだ。
シェリルの予想通り、イーサンの視界はほぼゼロ。シェリルも少し目がくらんでいるが、攻撃するなら今だ。バールにはとんでもない威力の電撃が込められている。シェリルはそれを思いっきり振りぬいた。
「……これが狙いか!」
イーサンは絞り出すような声を出す。無傷だが、未だ目は見えていない。まだシェリルには攻撃のチャンスが残っている。
「いつからこれで終わりだと思っていたんですか?」
その言葉とともに、シェリルは雷を落とす。さらに、殴打。生身の人間であればグチャグチャになるほどの攻撃を加えたのだ。
――まだ止まっていない。まだいける。
シェリルはさらに雷を落とそうとしたが――
何かがシェリルの首に当たった。それは、イーサンが操っていた水の蛇腹剣。




