46 Party to Remember
フロアには血だまりができている。その上に転がっているのは霧雨紅葉の遺体。恵梨が殺したのだ。傍らに佇むのは恵梨。紅葉を殺すときに使った薙刀は持っていない。
「紅葉にはばれてしまったけど。もしかしてあたしの変装が良くなかった?」
恵梨はそう呟いてウィッグを拾う。幸い、血液はついていない。返り血は恵梨の服についているが、さほど気になるものではない。これから潜入を続けるかどうかを迷いながら、恵梨はエレベーターの前に立ち尽くしていた。
「私を迎えに来た執事。また来るのかな。正直どうしたらいいのかもわからない」
予想外のことだから。ばれてしまった後のことは考えていたが、今はその斜め上の事態。包囲されるようなこともなく、誰もいないフロアに1人きりにされている。
ビルの最上階。
ユーリーがいる部屋とは別の、外が見えるガラス張りの部屋にケイシーがいた。趣味の悪い椅子に足を組んで腰かけて近くに置いてあった携帯端末を手に取る。
――遅い。何かトラブルでもあればわかるが、ユーグに限ってそのようなことは。
不安に駆られながらユーグに電話をかけた。
数コールでユーグは電話に出た。彼は至極冷静な口調だった。
「何かあったか? 約束の時間を過ぎることは予想していたが、仮に何かあったのでは俺も動く必要がある」
と、ケイシー。
『ことはすべて順調に進んでおります。何も問題はございません、ケイシー様』
ユーグの抑揚の少ない声が返ってくる。
彼の口調はいつもそうだ、とケイシーは思い直す。ほんの少しの不信感を抱いているものの、疑うには早いと決めつける。
「本当にそうか? 俺は、ひいおじいちゃんの関係者のお前を疑うことをしたくないんだよ」
『ご冗談を。関係者とはいえ、ほとんど他人に近いではありませんか。ですが私にも契約がありますからね。これから何があろうと対処していきますので』
淡々と言うユーグ。
『……いえ、問題がないということは撤回いたします。敵襲です、窓を割って入ってきました。そいつを今すぐ排除するので紅葉に引き渡します』
と言って、ユーグは電話を切った。緊縛した様子だったことはケイシーにも伝わったが。
「勝手な真似をしやがって……外ばかりだと思えば窓からか。中は手薄だというのに」
ケイシーはそう呟いて携帯端末を机に置いた。
状況を確認するために、モニターを見る。リモコンを操作し、カメラの映像を切り替えてみた。するとそのうちの1つに映り込んだのは割れた窓ガラスと血痕。
ケイシーはモニターに備え付けられていたカメラを動かした。そのカメラを通じて見えたものは人の死体。刃物で殺されたにしてはあまりにも雑な殺し方だ。どちらかというと何かに噛み千切られた跡のようにも見える。
「俺自ら出向くべきか? いや、ユーグは……」
侵入者の存在を知り、ケイシーは多少慌てていた。
それと同時にケイシーが気がかりに思ったのはあるものの在処。それはケイシーの能力を支える代物。いわゆるセーブポイントともいうべきだろう、遺物『ジョシュアの右腕』。仮にその在処がばれてしまえば。
――あの場所はユーグもイーサンも知らない。知っているのは俺だけだ。だが、偶然にでもそれを知るヤツが現れたら。
考えていた以上に追い詰められた状態だった。
――賭けるか。セーブポイントには触れさせない。世界は俺を中心に回っている。
「主人公は、俺だ」
と言ったケイシーはドアを開けて部屋を出た。このとき、ジョシュアは10年前の出来事を思い出した。
♰
なぜケイシーの曽祖父は年齢のわりに若いのだろう。すでに100歳はゆうに超えているというのに、それを微塵も感じさせない。ケイシーの祖母だってそうだ。
12月31日の聖夜祭。ケイシーの一族――ノートン家はとある高級ホテルの一室に集まっていた。ノートン家には限らず、彼らと交流のあったディドロ家の者も。広々とした部屋に置かれたルームサービスの食事を囲みながら、誰もが談笑していた。日は沈み、外の照明が雪を優しく照らしている。
そんなとき、ジョシュアが立ち上がってケイシーに向かって手招きをする。
「来るんだ。大事な話がある」
と、ジョシュアは言った。
ケイシーは頷いてジョシュアの方へと歩いてゆく。そんなケイシーを目で追っていたのは赤髪の少年、ユーグ・ディドロ。
2人が向かったのは部屋の外、バルコニーだ。外は雪が降り積もるほど寒かったが、誰にも聞かれずに話せるところはここしかない。それに加え、バルコニーを隠すように木が生えている。
「ごめんね、ケイシー。私はどうということないわけだけど、君は吸血鬼の血が混じっただけの人間だからね。手早く終わらせようか」
ジョシュアは震えるケイシーに優しく声をかけた。
「さて、単刀直入に言うけど君も遺伝してしまったようだね」
ジョシュアは続けた。
遺伝。それは遠い昔、イデアという能力に目覚めたジョシュアの血を引いた者もまたイデアに目覚めるということ。もちろんケイシーも例外ではなく、彼自身のイデアである白骨のビジョンが時折現れるのだ。一応、制御自体はできるようになってきてはいるが。
「うん。ということは、俺を呼び出したのはそのイデア関連のこと……」
「察しが良くて助かるよ。私が分析した結果、君は親族の身体の一部を必要としているらしい。だが、臓器移植でもしない限りそれは難しい。身体を切断する真似もあまりしたくない。そこで、私が右腕を提供する。吸血鬼だが、この固定液に付け込めば切断したパーツも保存できる」
ジョシュアはそう言いながら、紙袋の中身を取り出した。取り出したものはホルマリン漬けの標本を入れるようなもの。そして、中には液体が詰まっている。
「開けてくれ。そうすれば私の腕を中に入れる」
と言って、ジョシュアはケースに目をやった。
ケイシーは恐る恐るケースを取り、蓋を開けた。そこから広がるのは、強烈なニンニク臭。その臭いが広がったと思えばジョシュアは眉間にしわを寄せた。そして――ジョシュアはイデアを展開し、緑色のスライムで右腕の一部を溶かして切断した。
雪の積もりかけたバルコニーに腕がごとりと転がった。
「早くやるんだ! 急げ!」
と、ジョシュア。
その気迫に押され、ケイシーは腕を拾ってケースに入れると蓋を閉めた。これで、日光に当てなければ失われることはない。
「よかった。私は腕の再生を待つ。君はそれを荷物の中に隠して、何もなかったように家族のところに行ってくれ。私も後で合流する」
「……わかったよ」
ケイシーはそう言うと、別の窓から部屋――家族たちのいない部屋に入った。
♰
――あれは、セーブポイント以上の価値がある。少なくとも、俺にとっては。
※聖夜はクリスマスではありません。冬至みたいなもんです。




