43 Devil's Experiment
ビルの内部には不穏な空気が流れていた。引き渡された人物に異変はないが、正面からの侵入者がいる。さらに――
「え……」
窓の外から迫り来る影。それは窓に激突し、窓を突き破る。もともと窓を蹴破るつもりでいたのだろう。
襲撃者ライオネルは着地するなりそこにいた従業員に視線を向けた。
従業員からはイデア使い特有の気配がする。ここの持ち主から雇われているつもりではあるようだが、その本質をライオネルの前で隠すことはできない。従業員が戦闘体勢に入ろうとする瞬間を見計らい、ライオネルは携えていた巨大な猛禽を消して狼を従える。
「……騒ぐんじゃねえぜ。騒いだらてめえの首が取れちまうぞ」
と、ライオネルは言った。
すると従業員の態度は一変する。それはライオネルがただものではない雰囲気を放っていることからわかったことだろう。
「ひっ……どうか見逃してください! そもそも私は……」
従業員は顔を青くしてそう言った。
「命乞いはいい。黙って細胞のサンプルを寄越せ。そんで細胞を保管するアンプルのラベルに書く名前を教えるこった」
怯えた様子の従業員を前にしてライオネルはさらに続けたのだ。笑みを浮かべ、変な動きをすれば手に持った鉄パイプで撲殺するとでも言わんばかりに。さらに彼の傍らには2頭の狼が控えている。
ひとたまりもない、と悟った従業員は口を開いた。
「ふ、フレッドだ……」
手を挙げ、後ずさりながらフレッドは言った。
「オーケイ。そうそう、そちらさんのマニュアルでは襲撃があれば近くの従業員が時間稼ぎをするんだったな。応援が来るまでは」
ライオネルの口振りにフレッドは不信感を覚えていた。このビルに招き入れられたこともない人物がなぜ知っているのか、と。そして、フレッドは裏切者の存在を予感した。このビルにはハイリロ支部の敵がいる。何人いるのかもわからないが、ライオネルが内部の事情を話しただけで察してしまったのだ。
勘の良さはときに精神に悪影響をもたらす。
「なぜ知っている! お前は何だ!? まさか――」
ひとりで混乱に陥ったフレッド。彼はわけもわからないままイデアを展開する。その見た目は、拡声器。フレッドは拡声器に向かい。
「ひ、ひれ伏せ! 頭から崩れ落ちろ!」
パニックの中で吹き込まれた声。それは確かな力となってライオネルにふりかかる。
ライオネルは頭から床に叩きつけられた。なぜこうなったのかは理解できていない。が、起きたことならばわかる。ライオネルは動けなくとも狼は無傷。
「……いけ」
と、ライオネルは囁いた。すると狼はフレッドに突進し、彼の体を噛みちぎる。
ライオネルの見えていない方で男の悲鳴が響き渡る。
狼は服の上から鋭い牙を突き立てる。その牙が肉に食い込み、肉が引きちぎられる。肉が引きちぎられると今度は血が噴き出した。
やがて、フレッドの悲鳴は聞こえなくなった。狼に噛み千切られながら絶望のうちに息絶えたのだろう。
床は血にまみれ、その中には体のあちこちを食い千切られた男の残骸が横たわっている。
どれも酷いものだ。服もビリビリに破られて、傷からは骨や内臓までも見えている。肉を喰らうこともない創られた狼が捨てた肉片がそこら中に転がっていた。
頭を強打したライオネルはふらつきながら立ち上がる。怪我はないが、予想外の攻撃は食らってしまった。
ライオネルはフレッドの残骸を一瞥して呟いた。
「ま、こうなるのは決まってたんだよなあ。マニュアルのことも、あいつに頼んで特例扱いにしてもらっている。だからだよ、応援部隊が来ねえのは。仮に時間稼ぎできていたところで無駄だったんだよ。ま、聞こえてはねえだろうが」
ここでライオネルは一息ついた。
まだここでやることはある。ライオネルは狼たちをもとの姿――紫色のスライムに戻すと、さらに右手に実験器具入りの箱を持った。
「質には端から期待してねえ。とにかくサンプルが、素材があればいいんだよ」
ライオネルはフレッドの肉片を拾ってメスフラスコに入れる。続いてスライム――『試薬』も。
メスフラスコに蓋をすれば今度はその中身を撹拌する。ライオネルがメスフラスコを振れば肉片と『試薬』は混じり合う。
もはや人の体の一部だったと思わせないようになってきたとき。ライオネルは蓋を開けて中身をビーカーに開けた。
その後に測定器をビーカーに挿す。先端からスライムを吸い上げる測定器はフレッドの細胞のデータを画面に表示した。
「悪くねえな。クローンとしてもサンプルとしても」
と、ライオネルは呟いた。
このときのライオネルは倫理観などを無視した実験を行うマッドサイエンティストの顔をしていた。
表示された数値の変動がなくなってきたときに、ライオネルはさらに試薬をいくつか加えた。そうすることで、血が混じったような色は消えてゆき、緑色のスライムとなる。
ライオネルはビーカーの中身を床にすべて流した。すると、スライムはみるみるうちに人の形をとってゆく。身長はフレッドと同じ。肌の色も髪色も目の色も。新しいフレッドがここに姿を現したのだった。
「おはよう、フレッド。この前ビルにいたときと同じく男前じゃねえか。さっきみてえにピーピー騒がねえのも最高だ」
ライオネルはにやりと笑いながら言った。
「じゃ、アレを探してくれ。俺の無意識が混じってんだ、よーくわかるはずだぜ?」
そう言ったライオネルはフレッドがその場からいなくなるのを確認し、携帯端末でとある相手に電話をかけるのだった。




