42 Abnormal weather
これは少し遡ったときの話だ。
シェリルとイザベラ、零とミケーレが戦いを始めたとき。フィルは距離を取ろうとしていたコーディを見逃さなかった。コーディとの距離を詰め、拳を叩き込む。
「やれやれ、俺は戦闘向きじゃないというのに」
といいながらコーディは杖で拳を受け止める。その瞳でフィルをにらみつけると杖を持ち直し――
杖に仕込まれていたものは剣だ。銀色に輝く鋭い剣が抜き放たれたのだ。そこからはコーディがペースを掴む。剣と拳。身体能力では互角でも、リーチが違いすぎたのだ。
フィルが間合いを詰めようにもそれは叶わない。剣をちらつかせ、コーディはフィルが手出しできない間合いを保っているのだ。
――さてはこいつ、戦い慣れしているな? 麻薬の売人とか聞いたが、本当は用心棒じゃねえのか?
隙をうかがっているそのときだった。
コーディはフェイントを入れてきた。フィルの読みが外れたのを見てコーディは剣を振るった。
フィルは痛みとともに頬を伝う液体の感覚を覚えた。それと同時に、雨が降り始めた。
「知っている……イザベラのアシストだってな」
血を拭うとフィルは言った。
「だがお前はたかがアシストに殺される。そういう運命だ」
吐き捨てるように言ったコーディはその身を翻し、再びコーディに斬りかかる。今度の狙いは首。フィルは咄嗟に拳で剣を受け止めた。
それでも剣はフィルの指に食い込んだ。このままでいてはフィルもさらに傷を負う。
「やってみろよ。俺のバックについてるやつに殺される覚悟があるならな」
と言いながら、フィルは剣を強引に振り払う。さらに。
「もちろん、覚悟はできてんだろうな?」
「できているに決まっている」
これは虚勢だったのか、それとも本気だったのか――フィルが予想する間もなく、雨は雪へと変わる。
これは、零が雨を雪に変えるまでのことだった。
不利な中。天候の変化に気を取られたコーディの隙を見たフィルはどうにか届くような攻撃に出ることができたのだ。
剣を拾ったコーディ。イデアも再び展開されている。が、降っているのは相変わらず雨ではなく雪。それでもコーディは勝ち筋を見ているようでもあった。
「ふん、目などそらしていない。分からせてやろうか、俺が目をそらすことがありえないということを」
と、コーディは言うと――彼の展開するイデアは初めて日との目に見えるものとなった。
それは雲というにはあまりにも派手で華やかで明るすぎた。ガスのようなものでもないが、虹色のキラキラと輝く雲のようなもの。
フィルはコーディの隠された能力の予想をつける。気象災害か、あるいは。
危険であることには変わりない。早々に可視化されたイデアをかき消そうと、フィルは服のポケットから炸裂弾を取り出した。すぐさま、そいつを投げる。それと同時にコーディも攻撃を仕掛けているようだった。
炸裂弾が炸裂する。
炸裂弾の範囲内ではコーディのイデアがかき消されてゆく。その範囲外では雨ではない何かが降ってくる。これは――鉄だ。コーディを中心にして広がった虹色の雲から鉄の雨が降ってきた。
――雹でも危ねえくらいだ。当たればひとたまりもないじゃねえか!
イデアを消されるのはフィルにとって良いことではない。が、鉄の雨に突っ込むことはあまりにも危険すぎる。遠距離攻撃の手段を持たないフィルは様子を見ることしかできない。これからコーディが消されたイデアを再展開すれば――
「くそ……今ほど俺の能力を恨んだことはねえ……」
と、呟くフィル。
――いや、残された方法ならまだあるじゃねえか。『逃げる』って方法が。
今、フィルを包囲するようにして鉄の雨が降り続いている。この中を突破するにはこちらも傷を負う覚悟が必要だった。
フィルの持つ炸裂弾は残り3発。これでどうにか逃げ切らなければならない。
鉄の雨をものともせずにコーディはフィルに迫る。
「手も出せなかったな」
その声とともに振るわれた剣。それと同時に、フィルは炸裂弾を投げた。
光とともにかき消される、周囲の鉄の雨。ある程度行動範囲が広がったのを見て、フィルは後ろに下がる。さらにそこで2発目の炸裂弾を使った。
――俺が逃げたことがわかれば、援護してくれるやつがいる。
フィルは鉄の雨が身体にかすりながらも、コーディとの距離を離す。コーディは能力を過信していたのだろう。
コーディの斬撃がとどかないと確信したフィル。今度は炸裂弾とは別に仕込んでいたもの――信号弾入りの拳銃を手に持った。それを上に向けて、撃つ。イデアとは関係のない信号弾から放たれたものは、空中で花火のように炸裂する。
それは、雨が降ろうが鉄が降ろうがある人の目には入っていた。
少し離れたところ。コーディに銃口を向けた者がいたのだ。
どうにかして鉄の雨が当たらない軒下に逃げ込むことができた。そのとき、フィルの耳に入ったのは1発の銃声。
――やってくれたか。
フィルは銃声だけで何が起きたのか確信した。
それと同時に――雨が止む。コーディの能力が解除されたか、彼が意識を失ったか。
「……天候を操るだけだと思っていたが、思いのほか危険なやつだったな。早々に殺してしまって正解だったかもな」
と、クリフォードは呟いて狙撃銃を下した。
ここはケイシーのビルの近くにあるビルの屋内。窓からは件のビルの正面が見え、クリフォードはその窓から狙っていたのだ。
「おい、人を殺して笑っているなんて少しばっかし趣味悪くねえか?」
クリフォードの護衛をしていたグランツは言った。
「……あ、そうか? よく考えてなかったけど、俺そういう顔だったのか?」
「おう。気にすることじゃねえと思うが」
そう言ったグランツはクリフォードが撃った方向を見る。まだ4人戦っている人がいる。それも、互いに近づきすぎている。クリフォードはここで撃つのをためらっていた。
「俺が考えすぎていただけだった。悪いな。それで、ライオネルの方も準備はできているらしいぜ」
グランツはさらにつづけた。
「手薄なところを狙うっていうが大丈夫か?」
「その辺については事前に話しているからな。問題はないぜ」




