41 Snow Storm
「やるよ」
という、イザベラの合図。彼女の声と同時にミケーレが飛び出し、彼の近くにいた零に炎を放つ。
零は氷の壁を作る。が、すぐに融かされて零は避ける。
「あの日と同じだとは思わない方がいい。俺の条件も悪いけどね」
ミケーレは言った。
すでに彼の手には炎の剣が握られていた。放たれた炎はあくまでも陽動にすぎなかったらしく、本命は剣。
――おそらく粘ることも許されないような状況か。やつのイデアがどこまで持つかも俺はわからん。
「知ったことか。互いに良くない条件なんだ、有利不利は戦ってみないとわからないだろ」
そう言った零は氷の万力鎖を作り出す。
――扱うものが違うだけで、おそらく俺とミケーレの能力はかなり似ている。違うのは高温か低温かの違いだけだ!
先に動いたのはミケーレ。街路樹の影から姿を現し、零の懐に飛び込もうとした。この程度、冷やしてしまえば問題はないと考えていた零。だが、その考えが甘かった。
氷の万力鎖は熱にあてられて解けてゆく。無防備になった零を焼き殺さんとばかりに、剣が伸びた。ミケーレもよく考えていたのだろう。確実に零に攻撃を当てようとして炎から蛇腹剣を作り出していた。
「くそ……」
咄嗟の判断で零は空気を急速に冷やす。これで液体空気を作り出し、熱を纏っているようなミケーレに向かってぶつけたのだ。
液体空気は竜巻のように渦巻き、ミケーレに命中する。が、対するミケーレも負けじと炎を噴射した。どうやら剣とは別に腕輪を作り出し、そこから炎を放っていたようだ。
冷気と炎。ミケーレが放った炎のほうが勢いが勝り、液体空気の渦はあえなく破られ――炎は零を覆うように襲い掛かる。
――間に合わない!?
零は目を見開き、のけぞるようにして炎を受け流そうとした。が、完全に避けることはできない。炎がわずかに零の右半身を焼く――
そのとき、零は自身のトラウマが蘇る。この感覚が、あの日の出来事に酷似している。
――幼い時だ。俺の顔半分を焼いた黒髪黒目の少年。この感覚を味わうたびに思い出すんだ……覚えている。あの熱さも、恐怖も……!
「……っ! やめろ……俺を焼くな……炎は……俺に炎を近づけるな……」
零は消え入るような声を漏らす。その声はミケーレにも仲間にも届かない。だが、それでよかったのかもしれない。零の顔はどう見ても怯えていた。
零の顔が見えたミケーレは顔をしかめた。
「やめるかい? トラウマを刺激することは好きじゃないし、人を殺すことも好きじゃない。君は……」
ミケーレは放った炎を消した。彼が何を察したのかは口にしない。だが戦闘中の険しい顔から一転し、ミケーレの表情はいつものけだるげで色気を醸し出すような表情となる。
「……敵に心配されるとは。俺のプライドが許さないし、これも仕事だ。見逃すわけにはいかないな」
零はそう言うと、できるだけ動揺していることを隠そうとして氷の万力鎖を手にする。その時にはすでに無防備となったミケーレの懐にまで飛び込んでいた。
――それにしても、こいつは何を考えている。俺と戦いたくないのか?
「騙し討ちかい?」
ミケーレは懐に飛び込んだ零への対応が遅れたようだった。
「違う。まあ、俺は条件さえ揃えばそういうことだってするぜ――」
油断していたミケーレ。零は至近距離からミケーレに液体空気を叩き込んだ。超低温にさらされたミケーレは一瞬にして凍り付いた。零は反撃を恐れてミケーレから距離を取り、辺りの空気の一部を液体空気に変えて周囲に浮かべた。
零の判断は正しかった。
ミケーレはあのとき、攻撃をやめたとはいえ腕輪まで消したわけではなかった。そこから炎を噴射し、氷は徐々に脆くなっていき――
ミケーレはすぐに氷から脱出した。
「そうか」
それだけを言ったミケーレは表情が再び険しくなる。炎の腕輪からさらに炎を噴射し、街路樹に引火させる。
「かかっておいで。騙し討ちでも闇討ちでもなんでもいいさ。鮮血の夜明団を名乗る時点で正義なんてないんだろう? 俺だってそうだ」
と言ったミケーレ。そのときの彼は手に炎の剣を握っていた。
「上等だ」
零はそう呟いて、ミケーレを液体空気で取り囲む。炎でかき消すことはできても、抜け出すことは不可能だ。近くの味方に影響が出ないように、だが厚く取り囲む。
対するミケーレはそれに対抗するように炎を噴射する。それでも、冷気はミケーレの体力を奪おうとしてくる。そう――零は液体空気で取り囲んだ範囲を中心として疑似的に雪を降らせていた。それも、猛吹雪になりうるような。
「同行していた相手が悪かったな。同情するぜ」
と、零は言った。
雨を降らせていたコーディは近くの空気の異変に気付く。
そのときにはすでに、雨は雪へと変わっていた。コーディの意志に関係なく変えられていたのであれば――
「あいつの仕業か……」
コーディはミケーレ達の方に目をやった。
そんなとき、死角からフィルが拳を叩き込む。特殊な能力が載せられていないとはいえ、彼の膂力は相当なもの。コーディはよけきれずに受け止めたと思えば鈍い音とともによろめき、剣を落とした。
「くそ……」
「目をそらしただろ。そういうことだ」
とフィル。
コーディは剣を拾い、イデアを展開しなおした。
これから何かが起こる。フィルがそう確信していたときだった。
「ふん、目などそらしていない。分からせてやろうか、俺が目をそらすことがありえないということを」




