40 The Fake
「ルナティカがこっちに来るらしい。よかったな、ユーリー。殺し合うことにならずにな」
檻の中のユーリーに向かってケイシーは話しかけた。
ケイシーたちが本拠とするビルの最上階。その一角にあるのが、ユーリーのいる部屋。部屋自体は鉄格子で隔てられているが、環境そのものは良い。高級な天蓋付きのベッドに清潔な室内。出ることはできないものの、本なども置かれており、快適に過ごせるようになっている。さらに室内に置かれた冷蔵庫には定期的に菓子類などが補充される。
「ルナティカが、か。お前さては俺がこっちに靡いたとでも言ったのか?」
ダンベルでトレーニングをしながらユーリーは言った。全盛期よりは痩せ衰えているが、そのまなざしは全盛期と変わらない。
「どうだかね。そろそろ分からせてやろうか、ユーリー。そもそも、これだけ不自由のない環境を提供したんだ。少しは感謝してくれ……」
と、ケイシーは言ってその場を去った。
このとき、ケイシーは胸騒ぎがしていた。ルナティカがやってくる日なのだが、彼女がただでここに来るとは思えない。
不安にかられたケイシーはポケットから携帯端末を出して電話をかける。
「イーサンか? 俺だ。念のためだ、ビルの近くにお前が雇った人員を割いてほしい」
約束の時間が迫る。車の助手席に乗せられたルナティカの姿をした恵梨は緊張で固くなっていた。
タリスマンの、そしてビルにとらわれたユーリーの命運は自身にかかっているのだということを考えればそれも無理はない。
「あんたが闇討ちすれば、その後に私たちも合流する。時間を稼いでくれればそれでいいから。もし、ここで足止めくらっても私は絶対に追いつくから」
車の後部座席に座ったジェシカはそう言った。そこにあるのは恵梨を死なせない意志。そして、ビルの中にいるケイシーを絶対に討つという意志。
今のジェシカは太腿にホルスターを付け、剣に加えて拳銃も持っている。
「わかってる。絶対にヘマはしないからね。あ……私を誰だと思ってるの」
そう答えて恵梨は車を降りた。
実は昨夜、タリスマン支部に電話があった。引き渡しの相手であるケイシーからで、「ビルにはルナティカ単独で入れ」とのことだった。これはルナティカに戦闘能力がないことを知っての命令のようだが。
一方のタリスマン支部はこの要求に対してルナティカの策で応じることにしたのだ。
「絶対に追い付くから。シェリルとか零が無理だったとしてもね」
ジェシカの声を受け、恵梨は緊張した様子でビルに入っていく。今のところ、彼女を狙う者は誰一人としていない。だが――車に同乗していたジェシカ、零、シェリル、フィルに気づいていないものがいないということではない。
恵梨が車を降りてビルに入っていった後のことだった――
車のガラスを銃弾が貫いた。どうやら、去らない車を怪しんだ者が撃ち込んだらしい。
「気づかれたか、応戦するぞ」
真っ先に零は言った。弾丸の雨にやられることは間違いない。車を出る前、零は氷の壁を作り出した。
4人は一斉に車を降りる。
「……30人はいるか。シェリル、フィル。手伝ってくれ! ジェシカはどうにかして正面から突破してくれ!」
と、零。もちろん零も応戦することは忘れていない。液体空気を作り出すと味方を避けてそれを放つ。キラキラと輝く液体空気の弾丸は近くにいた黒服の男たちを撃ち抜いてゆく。
それに続いたのはシェリル。弾丸が当たらなかった男たち――零の射程外にいた男に雷を纏ったメイスで殴りかかる。
流石はシェリルというべきか。殴れば一撃で男を死に至らしめる。
「ふふ……次は誰ですか? 銃で武装した方ならこの通りですよ」
不敵そうにシェリルは言った。それに怯んだ者もいたが、シェリルの外見を見て銃口を向ける者もいた。シェリルは体内に電気を通し――男たちが引き金を引く前に彼らの元に詰め寄ると、メイスを全力で横に振りぬいた。これは打撃だけが目的ではない。本当の狙いは――
ほとばしる雷で近くにいた男たちがバタバタと倒れていった。
何人もなぎ倒したシェリルの後ろから忍び寄る、短剣を持った男。彼に気づいたフィルはすぐさま短剣を持った男を撲殺する。
「大丈夫か?」
と、フィルはシェリルに言う。
「大丈夫。まだいるから気を付けて! ジェシカが突破できるくらいにはなったけど!」
シェリルは答えた。
彼女が言うように、ジェシカは手薄になったロビーに突入した。
ビルの近くを取り囲んでいた男たちは「しまった」とでも言いたげだった。
「よし、この調子でこいつらを片付けよう」
と、零。
そんなとき、急に雨が降り始める。この雨に零は見覚えがあった。見回りでジェシカが傷を負ったときの雨と同じ、誰かが降らせた雨だ。
零が辺りを見回したとき。彼の近くに3人のイデア使いの気配が迫っていた。
「見つけたよぉ! 1人は侵入を許しちゃったけどぉ、中で血祭に上げられちゃうかなぁ?」
この特徴的な声はイザベラ。彼女は零の後ろにいる!
「そんなことあるわけないですよ! ジェシカは強いんですから!」
シェリルはそう言って、不意打ちを仕掛けようとしたイザベラのモーニングスターを受け止めた。そのとき、彼女の目にイザベラの姿が映る。シェリルが見たことのない人物であることに変わりないのだが、彼女の瞳は赤い。吸血鬼と同じ色。
「……あなた、吸血鬼ですか?」
イザベラを振り払うとシェリルは言った。
「違うんだけどぉ。ていうか、目が赤いからって決めつけるなよ」
と、イザベラは言った。
そんな彼女の後ろにはコーディとミケーレがいた。彼らがいるからかイザベラは得意げになっている。
「ここで叩き潰してやろうか」




