39 Fate Shuffles the Cards
かつかつと足音を立てながらジェシカは臨時の執務室に向かう。支部長や参謀としての仕事に追われるルナティカに会うためだ。
焼け落ちた本来の執務室とは違った簡素な扉を叩き、ドアを開けた。
「あっ……忙しいところで、ごめん」
と、ジェシカ。
彼女が臨時の執務室を訪れたとき、ルナティカはライオネルと話をしていた。細身の男の姿をしたライオネルは書類をルナティカに出しているようで。
「いいよ。少し待ってくれれば。なんなら、今から話に入る?」
ルナティカは言った。
「うん。私からも報告したいことがあるし。それは後でいいんだけど」
と、ジェシカ。
ルナティカとライオネルが話していたことはまだわからない。が、ジェシカは机の上に置かれた書類――とある研究所から持ち帰られたレポートを見てそれとなく内容を理解した。その内容もあまり見ていて気分のいいものではない。
「で、これが俺とグランツが持ち帰った資料の一部。イーサンのやつ、こんなことを研究してる連中とつながりがあったのか。倫理的にアウトだろ、やってることが」
ライオネルが言った。
彼の持ち帰った資料に書かれていたのはイデア使いについての研究をまとめたもの。そこにはイデア使いの寿命や覚醒方法、専用の強化薬などについて書かれていた。
「……ここ。寿命って書いてあるね。イデア使いの寿命は通常の人間の半分程度って書いてあるけど私たちもそうだよね」
と、ジェシカ。
「俺が知っている限りでは。つうか、あのタワーで盗み見たデータでは全員が55歳までに死んでるんだよな。55歳まで生きるのも稀って書かれててだいたいは40前後で死ぬんだと。やつら、どういうやり方で調べたんだか」
ライオネルは呟いた。
「ここまでは私も聞いた。それで、私たちが話すのはこれからどうするかってこと。ケイシーとイーサンを捕まえるなり殺すなりするのは前提。ただ、問題は彼らの所有していたタワーの扱い。どうにも、あのタワーでも実験みたいなことをしていたらしくて」
「しかも、これからのレムリア大陸や鮮血の夜明団に有益なものがな。倫理もへったくれもねえが」
ルナティカとライオネルはさらに続ける。
事は思いのほか複雑だった。ケイシーとその近辺の仲間だけかと思えば、他のところともかかわっているらしい。
「それで、ジェシカの方の報告は?」
と、ルナティカ。
言わなくてはならない。口に出すことも、あの瞬間を思い出すことも抵抗があったが。
「私とクリフォードが射撃訓練をしていたときに襲撃が来た。イザベラとギャリーだけだったし、撃退はできたけど。それでギャリーを殺してしまった、ってところは報告しなくてもいいかもしれない。問題はそのあとなんだよ。やっぱりギャリーは何かの薬を使っていたみたい」
ジェシカは言った。
すると、ライオネルの表情が険しくなった。彼自身、ギャリーに投与されていた薬には心当たりがあったのだ。
「やっぱりそうだったか……俺がいた間は1種類しか使ってなかったみたいだが。何か変わったことは?」
と、ライオネルは聞き返す。
「目の充血があったし、死ぬ前には呂律が回らなくなっていた。どう見ても薬物中毒なんだけど、イデアも身体能力も大幅に強化されていた……」
ジェシカは答えた。
「そうだったのか。おそらく、あれが薬の投与実験だろうな。今回の成果を報告でもされてしまえば、最悪犯罪者集団なんかに薬が渡るぜ。そりゃ、無秩序になっちまうだろうよ」
ライオネルが言っているのは皮肉だろうか。
そんな2人の言葉を聞きながら別の書類を見ていたルナティカは、これからの動きについて考えていた。
――頼れるところは鮮血の夜明団。その中でもデータを託した人たちは信頼に値する。それに強い。調べ上げて鮮血の夜明団で包囲できれば。
そんなとき――ドアをノックせずに開けたシェリル。彼女はひどく焦りながらこう言った。
「ユーリー・クライネフが病院から消えていました。意識を取り戻したとの連絡は受けていたのに、一体……」
彼女の言葉を聞いて真っ先に動揺したのはルナティカ。そう、ユーリーはルナティカの恋人だ。
「そんな……私は行けなかったけど、必ず誰かが様子を見ていたよね? どうして……」
と言いかけて、ルナティカの脳裏に浮かぶ2人の顔。ケイシー・ノートンとイザベラ・リリエンタール。2人は少なからずユーリーに執着している。もし、誰かが連れ去ったというのならあの2人が最も怪しい。
ルナティカは焦る気持ちを押さえながら言った。
「いや、そんなことより。目星はつけられるし、潜入できるならしたいところ。連絡がつくかわからないけど、私から彼らに接触してみる」
そう言ったルナティカは机の横に置かれていた携帯端末を取った。メモにのこしていた2人の電話番号を入力し、電話をかける。
イザベラは電話に出ない。次はケイシー。ルナティカは震えながら端末を耳に当てていた。
『珍しいな。やっと俺達の方に来てくれるのかな?』
電話越しの声は思いのほか明るかった。が、それはルナティカの神経を逆なでする。
「行くよ。ただ、日程その他全部私に決めさせて。行きたくもないあんたのところに行くんだよ。それくらいやっていいでしょ?」
と、ルナティカ。
『いいだろう。余談だが、ユーリーはこっちにいる。よかったな。また一緒になれる』
その声は不愉快だった。ルナティカが演技をしていなければ端末を投げるか叩き壊したくなるほど。怒りを抑え込みながら、ルナティカは言った。
「3月20日。時間は13時。私はそちらに向かうから」
その日は以前から計画していた殴り込みの日。ルナティカも彼女なりに考えて決めたのだ。
『了解。待ってるよ。ああ、そうだ。タリスマンという名前から不信の対象だという。俺達の支部は新しく、ハイリロ支部と名乗る』
その言葉を残し、ケイシーは電話を切った。それを確認したルナティカはくすりと微笑んだ。
「まさか私が向かうはずがないでしょうが! こうやって招かれたんだ、ぶっ潰すのに最適なタイミングだよう!」
と、ルナティカは言った。
「支部長を囮にしちゃんうんですね!? 度胸が段違いじゃないですか!」
先程の焦りが嘘であるかのようにシェリルは言う。
そんな彼女の様子を見ながら、ジェシカはシェリルのかつての振る舞いを思い出す。もうひとりの幼馴染みはこうやって、隣で――
――タリスマンを出ていく前。シェリルは落ち込んだ私を何度も励ましてくれたっけ。気持ちはわかってもやり方はずれてたけど。
「ちがうからね。私の策は多分そんなもんじゃない。ライオネル、ジェシカ、シェリル。私に力を貸して?」
ルナティカはそう言ったのだ。




