37 The First Time with Despair
訓練所の一角、射撃場で宙を舞う紙切れが撃ち抜かれた。
「筋はいいじゃないか。射撃やってたのか?」
「かなり前にね。銃に触るのは4年ぶりかな。春月に行くときに入り口で取り上げられて以来、使ってないからね……」
と、ジェシカは答えた。
今はジェシカとクリフォードで射撃の特訓をしている。以前、ジェシカは父から銃の扱いを教わっており、射撃精度もかなり良い。彼女からすれば腕が鈍っているようだが。
身体の緊張を解くようにして、ジェシカは銃を下す。その手には、久しぶりに銃を撃った感覚がまだ残っている。それが思い出させるのは遠い昔、父とともに射撃の練習をしていた記憶。さらに、そのときに言われた「腕がいい」という一言も。
「クリフォードが言うなら、私も銃で戦えるかな」
「おう、あんたの能力との相性も悪くないからな!」
そうやってクリフォードに言われて表情を綻ばせたジェシカ。この調子で実戦にも使えたら良い。そう考えていた。
休憩しているときに、クリフォードは訓練所近くの怪しい気配を感じ取った。これは彼もよく知っているイデア使い特有の気配。さらに、侵入者――襲撃者はとんでもない殺気を放っている。ここにいる2人のうち、どちらかを殺そうとしている。
クリフォードはその気配の方向に銃を向けて引き金を引いた。銃に込められていたのは実弾。当たればそいつもただでは済まないだろう。
ほどなくしてジェシカとクリフォードの前に襲撃者が現れる。
黒くて長い髪。白塗りの顔。三白眼。そいつは、襲撃者は長身痩躯の男。ギャリー・ゴルボーン。ジェシカとは馴染みのある訳ありの男。
ギャリーはこめかみから血を流しながらもこちらを睨み付けた。その手には短剣が握られている。そして、ギャリーとジェシカの目が合った。
「……また、来たんだね。今度こそやめてくれると思ったのに」
ジェシカは震える手で拳銃を握りしめた。この拳銃でギャリーを撃ち抜く覚悟は、まだない。
「ギャリー、あなたは唆されたんでしょ!? ケイシーに雇われた輩に! 今の行動だってあなたの意思じゃないはず――」
ジェシカはギャリーにそう訴えかけた。彼女の言葉が少しでも通じると信じたクリフォードも引き金は引かなかった。それが、仇となった。
ギャリーはジェシカの言葉を聞き入れることなく彼女に短剣を突きつけた。
「違う……てめーは俺を馬鹿にしたんだろ。そうだよな……こうやって夢も叶えられなかった俺が哀れに見えて……!」
これ以上ギャリーがジェシカになにかを問い詰めることもない。拳銃を向けられなかったジェシカの首を掻き切ろうと短剣を振るう。ジェシカは咄嗟に斬擊を避けた。
「違う……私は」
ジェシカは現実から目を背けるようにして、ギャリーに重力をかけるのだった。
これでギャリーが死なないで行動不能になってくれれば。それだけを望んでいたのだが、ギャリーはいとも簡単に重力を潜り抜けた。耐えたというよりは、能力そのものが効かないようにも見えた。
実際、ギャリーはさらなる力を手に入れていた。展開するイデアもより強くなり、身体能力だってさらに強化されている。が、精神的には少なからず打撃を受けているようでもあった。
なにしろ、ジェシカの見たギャリーの目はひどく充血していたのだ。
焦ったジェシカは自身の身体をできるだけ軽くして、空へと跳びあがる。それと同時に展開していたイデアから翅の形を作り出す。
――射撃の練習中じゃなかったら応戦できたのに。いや、そうじゃなくて。この銃口をギャリーに向けられたら。
殺すことなど考えたくもなかった。
ジェシカの下では鉄パイプを拾ったクリフォードとギャリーが戦っている。機動力、パワーともに勝っているギャリーはクリフォードを追い詰めていった。さらに、追撃としてイザベラまでもが乱入する。彼女はジェシカを見上げて。
「降りておいでよぉ。私が相手してあげるからぁ」
ニタリと笑いながらそう言った。
「……何をしたの。ここまでギャリーを連れてきて、ギャリーの様子だっておかしいし」
「えぇ……そうしたら私たちが悪者になっちゃったみたいじゃなぁい。けど、いずれお前も知ることになるんだからぁ、知ってもいいでしょ。ヒントは――」
と、イザベラが言っている間。ジェシカはイザベラに銃口を向けていた。
「ギャリーは撃てないのに私は撃てるんだぁ? 続きなんだけど、ギャリーにはODとは違った形のイデアを追求してみたんだぁ。ちょっと精神にくるものだったけどぉ、こうしておいた方がお前に靡かないじゃなぁい?」
イザベラは言った。
その瞬間――銃声。撃ったのはジェシカだった。
――人を撃つのはこれが初めてだ。案外、軽いんだね。人を傷つける引き金は。
拳銃の銃弾はイザベラの左目を眼帯ごと貫いた。
頭を貫通されて死なない者など、吸血鬼くらいだ。吸血鬼ではないイザベラの頭を撃ちぬいたのだから、ジェシカはイザベラの死を確信した。が、イザベラは倒れない。後頭部と目から血を流すだけで。そして、彼女はむしろ笑っている。
「ねぇ! 忘れてるでしょぉ!? イデア使いは体内にイデアを展開して欠損した部位を補うことができるってのぉ! 忘れてるから困惑してるんでしょぉ! 私がこうやって立っていられるの!」
イザベラはジェシカを挑発するように言葉を吐きつけた。
「空からの狙撃じゃなくて、地面に降りて剣で戦えば私を殺せると思うよぉ」
さらにイザベラは続ける。
これがただの挑発だというのは冷静になっていればわかること。だが、ジェシカは今冷静ではいられない。
射撃場の端に立てかけている剣を取ればいい。その程度だと言い聞かせ、ジェシカは地面に降りた。イザベラの様子を伺い、少しずつ剣に近づこうとする――
「いっておいでぇ、ギャリー」




