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Dogma of Judas  作者: 墨崎游弥
後編 Will to Vision
38/76

36 Hostage

 タリスマンの町のちょうど真ん中にはアトランティスロードと呼ばれる道が通っている。それに仕切られて富裕層と貧困層とで住んでいるエリアがわけられていた。内側には主に貧困層が住み、ダウンタウンとスラム街、空き家が形成されていった。外側に住むのはほとんどが富裕層だ。


 そのアトランティスロードの外側のエリア。ビルがまばらに立ち並び、そこには病院もある。

 人通りがそれほどない中で、緑色の髪をポニーテールにした男が病院に入っていった。




 ケイシーの目の前で眠っているのは黒髪の男だった。髪は伸びているが、紫色に染めた――錬金術で染めた髪はそのままだ。

 男の綺麗な顔は以前の面影はあっても、暴れまわっていたときとはまた違った印象を抱かせる。今でこそ目を覚まさないが、ケイシーがタリスマンにいた頃は『殺す者』とまで言われていたほどだ。


「こうやって俺が通っているというのに、お前は目を覚まさないんだね。意識もないままやせ細っていくお前なんて見ていられないよ。もう一度、目を覚ましてくれ。ユーリー」


 彼の恋人であるルナティカより頻繁にここに通っている。気づいていなくとも、何度も顔を合わせている。

 ケイシーは今度こそユーリーが目を覚ましたときの顔を見られると思っていた。原因がイデアであることが告げられ、それが回復する可能性は他の原因に比べて高いのだから。ケイシーはそっとユーリーの手を握りしめた。


「ユーリー。覚えてるか? お前がタリスマン支部から逃げ出したとき。一応、俺もあのときはトロイの方についてたんだがな。内心ではお前に無事でいてほしかったんだよ」


 その言葉が本心からのものかどうかは、誰も知らない。その言葉を言われているユーリーだって知らないだろう。それでもユーリーはその言葉を聞いていた。

 少しずつユーリーの意識にかかった霧は晴れていく。元仲間にかけられていた能力の残滓も消え去り、力を使いすぎたことによる弊害も点滴で定期的に投与された中和剤で治っていった。


「……本当に?」


 ケイシーではない者が、この病室で声を発した。この声はユーリーのもの。

 ケイシーの表情がゆるむ。




 ♰




 ここは病室か。

 俺の身体には何本もの管がつけられている。点滴に限らず、口にまで。


 ……そういえば、俺の記憶は一体どこまでのこっているんだろう。

 最後に覚えているのは廃屋でトロイ・インコグニートがゲートに突き落とされるときだ。金髪の女に蹴られて、ゲートに落ちてゆく姿は脳裏にはっきりと焼き付いている。まるで昨日のことのようだ。

 ……昨日?


 俺は長い間眠っているような気がした。今がいつなのかもわからずに、ただここで眠っていたらしい。そのためだろうか。俺は生まれ変わったような気分だった。


 そういえば、俺の右手に何かの感触がある。目をやってみれば、俺の手を握っているのはミントグリーンの髪の男。そいつは俺に何かを話しかけているようで。


「……お前に無事でいてほしかったんだよ」


 その声だけを聴きとることができた。


「本当に?」


 声にいい予感がしなかった俺は思わずそう口にしていた。


 俺に声をかけた男の名前が思い出せない。どんな関係だったのかも。俺が知らないだけで、かつては仲間だったのかもしれない。


「本当だよ。ほら、お前が一度タリスマンから逃げることがあっただろう? そのときからお前の無事を願っていた……」


 男がそう言った。

 ……思い出した。今俺に声をかけている男はケイシー・ノートン。一度タリスマンから逃げるとき、こいつに見送られた。その後にわかったのは、こいつが俺を利用しようとしていたこと。要は、はめられていた。

 今ケイシーがこうやって俺のところにいるのは俺をまた利用するためか。


「なんでだ? お前の裏切りならよくわかる。多分、ルナティカも知っていると思うぜ」


 俺は言った。


「そうだ、ケイシー。これ以上俺にかかわってみろ。殺すぞ。なんなら今、この病室で殺してもいい」


 俺の能力はこの密室でこそ力を発揮する。殺傷力のある能力には間違いないと思っている。

 だが――俺の読みは外れていた。こうなる前のようにイデアを展開する方法を思い出せない。イデアという能力が失われたことはないだろうか。まさか、な。


「やれるのか? そんなはずはないだろ。俺の知り合いの錬金術師に聞いた話によれば……お前に投与された薬品はイデア能力を得る物質を解毒するものだ。それが投与されればどうなるか、身を以てわかってるだろ?」


 ケイシーは俺をあざわらうようにも見えた。

 ああ、瞬時に理解した。つまり俺は力を失った。これまで人を害虫のように殺していたあのカビを放つことはできなくなった。

 理解してしまえばその後に来るのは絶望。あのときであればケイシーを殺せたのかもしれないのに、今ではそれはかなわない。最悪だ。よりによって、目覚めたときに立ち会ったのがケイシーだとは。


「退院の手続きは済ませてくるから、お前は俺について来たらいいんだよ。いや、それを拒否したところでお前は抵抗もできない」


 と言ってケイシーは一旦部屋の外に出た。


 すまない、ルナティカ。俺はそっちに行けないみたいだ。


 絶望の中、俺は病室の天井を静かに見つめていた。



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