33 Keep your friends close and your enemies closer
重力から解放されたギャリーはひどく疲弊していた。立つこともできず、頭痛と吐き気、めまいが彼に重くのしかかる。イデア能力を使っていたにしても、この疲労に至る要素とはいえない。
と、ここでギャリーの脳裏に浮かぶジェシカの顔。少し前に彼女は――
「あいつ、俺を殺すこともできたよな? なんで敵なのに俺を殺さねえんだ……」
ギャリーは呟いた。
ギャリーとジェシカは敵同士だし、やろうと思えばジェシカがギャリーを殺すこともできた。それでもジェシカはギャリーを殺さずに情けをかけた。
「そんなに俺が可哀想に見えるのかよ……」
「うん? ギャリーは大丈夫そうだって聞いたけど?」
不意にギャリーの耳にイザベラの声が入る。
タリスマン支部の外で待機していた彼女はしびれをきらしたのか、ここにやってきたようだった。が、白いその顔には焦りや怒りといったものは現れていなかった。
「ていうか、顔色悪いじゃん。いつも悪いけどさぁ。ねえ、何があった?」
イザベラは言った。
「特に、何も。つうか、お前もジェシカと同類か!? 踏み込んでくるんじゃねえよ、うっとうしい」
「ふふ……そうやってうっとうしがるお前を××するって考えると興奮しちゃうなぁ……別に踏み込んでる気はないんだけどぉ。っていうか、そうじゃなくてさぁ。ルナティカを探すよぉ」
と、イザベラ。
「おい、それはお前の思いつきか? 俺はやれねえからな。どうせここの支部長には護衛がいる。それに俺は、立つだけでも精一杯だぞ。遂行できねえなら最初からやらねえほうがマシだ」
「そっかぁ。残念。ま、ジェシカのやつは新しい能力を得たみたいだもんねぇ。返り討ちにされちゃうし、私だって戦いたくないし。ま、ただで戻れるとはおもわないでよねぇ」
イザベラは言った。
彼女の悪だくみなど、ギャリーの知ったところではない。ジェシカと再び戦うことにならずに退くことができた安堵だけを味わっていたギャリーには。
ふらつく足取りのギャリーを支えながら、2人はタリスマン支部の外に向かって歩いてゆく。
集合場所にはコーディとライオネルがいる。合流して、状況を確認しなければならない――
「紅葉もイーサンもケイシーもやられた。深追いするべきじゃなかったってこと?」
このときからさかのぼること10分。イザベラが待機場所をあとにした直後だった。
「やれやれ、イザベラは戦うことがあれば俺に合図するらしい。事実、俺と組んだら強くなるからな」
コーディは言った。
「合図? どうするんだ? 閃光弾でも打ち上げんのかよ」
「そうするらしい。俺は閃光弾を確認すれば雨を降らす。当然遠隔でのサポートに徹するから俺は手薄になるわけだ。そのときは護衛を頼むぞ」
「わかったよ。俺も死ぬのは嫌だし、死なねえ程度には頑張るよ」
渋々と返事をするライオネル。
そんな彼女もイザベラが去ったこの場所近くの様子を探っていた。こちらを狙う気配はない。あるのは通行人の気配。そこにまぎれた者もいない。
「……やる気あるのか? 真面目にやれ、真面目に。俺達のしていることは遊びなんかじゃない。わかっているだろう!」
不機嫌そうな口調でコーディが言う。その瞬間――コーディの左腕が齧り取られた。
「!?」
腕の傷口からは栓を外したボトルから液体が流れ出るように血が出てきた。地面に血液が滴り落ち、コーディは激しい痛みを知覚した。
彼の視界の外にいるのは赤黒い狼のような獣。その傍らに転がっている、齧り取られたコーディの左腕。そして――コーディと先ほどまで会話していたライオネルは、笑っていた。ここでやっと、コーディはライオネルの異変に気付く。
「貴様……こういう目的だったのか! 殺してやる、イザベラの顔をもう一度見る前にだ!」
コーディは激昂し、杖に仕込んでいた剣を抜く。
「俺にその剣が届くと思ってんのか? てめーが肉片になる方が先だぜ!」
コーディをあざ笑いながら、ライオネルは自らのイデアから黒い狼をさらに2体つくりだす。狼たちはコーディに向けて突撃してゆく。
対するコーディは狼に応戦するべく剣を振るう。刃はどうにか通るが、すぐに再生されてしまった。少しずつ後ろに下がりながら、どうにか狼の猛攻をしのいでいる。当然、コーディが他に目をやる余裕などない――
――気づいてねえな。たかがチンピラじゃねえか。こんなの、俺でも勝てる。
コーディに悟られることなく、ライオネルは彼の後ろに回り込んでいた。拳銃を抜き、コーディの背後で引き金を引く。
コーディが銃声に気づいたときにはすべてが遅かった。コーディの身体を貫く弾丸。そちらに注意がいったことで、狼の猛攻を許してしまう――コーディの身体は無惨にも噛み千切られてゆく。
「――くそっ! 俺が死ねるわけが……」
意識がもうろうとする中、コーディはどうにかイデアを体内に展開した。倒れゆく中でコーディが目にしたのは、裏切者の顔だった。
「そりゃ、てめーのイデア次第だぜ。死ぬような怪我でもイデアを体内に展開できれば死なねえ。そういう前例はいくつもある」
と、ライオネル。
これ以上長居する理由もない。近くからは別の気配が近づいている。別行動していた者であれば見つかる可能性だってある。ライオネルは展開していたイデアを消してその場を後にする。




