32 Burn it or Steal it
体が自由になったミケーレは炎の剣を持ち直し、ジェシカに突進する。対するジェシカはどうにか剣を受け止めた。だが、熱は確実に剣、さらには手に伝わってくる。ジェシカは実体を持ったような炎の剣を振り払う。
ミケーレはジェシカの判断を読んでいたらしい。振り払われるのと同時に体勢を変えて左手に炎の拳銃を持った。彼の考えは――
「支部長! 逃げて!ここにいたらあなたも撃ち殺されてしまう!」
ジェシカは咄嗟に叫ぶ。
ルナティカも事情を察し、書類を取って出入口の方へと回り込もうとした。そんな彼女にミケーレは狙いを定めていた。銃口は燃え盛る。そこから放たれる弾丸を受けてしまえば、おそらくひとたまりもない。外れたのならば、この建物は炎に包まれる。
――来ると思っていたよ。仕事だし契約だから、悪いね。
ミケーレは躊躇なく引き金を引いた。放たれた炎の弾丸は絶望を象徴しているかのよう。ジェシカはルナティカが撃たれたのだと確信した。だが。
「……くっ、もう一発だ! 弾なら無限にある!」
ミケーレの声。炎の弾丸はルナティカを撃ち抜いてはいなかった。ルナティカから少し離れた壁に着弾しているようだった。ルナティカはミケーレの射撃に助けられたのだ。
だが、流れ弾が着弾した壁は燃えている。この部屋を消火している暇などなく、いずれその炎は建物全体に燃え広がるだろう。
「逃げて? あんたも逃げるの、ジェシカ。火事なんだから私としても都合がいい。支部長命令だからね」
と、ルナティカ。
なぜ彼女がいともたやすくこの執務室を放棄できるのか。ここには失っては困るものが残っているというのに。
「逃げたら失うものが……」
「無いよ、そんなもの。これは焦土作戦だから」
ばっさりと言い放ったルナティカの目は真剣だった。
彼女はどうやら目的のためなら捨てるべきものを選ぶことができるらしい。
炎の弾丸を潜り抜けて2人は執務室を出た。
撃ち込まれた炎の弾丸はこの建物を焼いてゆく。幸い、医務室は別の建物。ルナティカは躊躇なく決断を下した。
2人が外に出たとき。まだミケーレは追って来ていなかった。気を失ったケイシーを助けているのだろうか。
「支部長。放棄したのも同然のここをどうやって元に戻すんですか……去年のあの戦いの後もかなり苦労したと聞くしまだ復興は……」
「建物はまた作ればいいし、資料は全部外部にオリジナルがある。ここが狙われていることは前からわかっていたから」
と、ルナティカは言った。
いつ狙われていることを知ったのかは明かさない。彼女が握っていた情報も、まだ明かされるときではない。
「外部に置いていいものなんです?」
ジェシカは尋ねた。
「さあね。けど、任せた2人は信頼できる人だから。鮮血の夜明団の会長シオン・ランバートに鮮血の夜明団春月支部の支部長神守杏奈。あの2人なら、多分大丈夫」
ルナティカは答えた。
「春月……?」
と、これまでに見せたことのない表情を見せたジェシカ。彼女もまた、春月に縁のある人物だったのだ。
「そ。最近はあまり大きな出来事も起きてないみたいだしね。構成員の実力も安定しているし任せられると思ったんだよね」
ルナティカは得意気な様子で語る。
事実、今の春月という場所は平和だった。が、情報があるだけで狙われる可能性もゼロではないのだ。しかも平和とはいってもあの町には少なくない人数のイデア使いがいることを、ジェシカは知っていた。
――本当に大丈夫なんだろうか。いずれこっちに資料を持ってくることにもなるんだろうし。
ジェシカも、春月という町の裏側は知っていた。
同じ頃。
燃え盛る執務室から逃げ出すミケーレとケイシー。ミケーレは意識を失ったケイシーを背負って出口を目指す。単独であれば窓を割って外に出ることもできるが、今はそうもできない。
「さて……煙も酷い。せめて紅葉がいれば煙はどうにかなるが……」
と、ミケーレは呟いた。
だが、文句を言ったところで何の意味もない。煙は少しずつ広がっており、それに遅れて火の手も広がっている。
ミケーレは歩いて行くうちに非常口のようなものを見つけた。鍵は締まっているようだが、ドアは壊せそうだった。この状況であれば、すぐに決断はできる。ミケーレは一度ケイシーを下し、その手に炎のハンマーを握る。
――こいつで壊す。俺にもそれくらいの力はある。
フルスイング。
音を立ててドアは破壊された。煙が広がりつつあった室内に外の冷たい空気が流れ込む。ミケーレは能力を解除してケイシーを背負うと、外に出た。
「ねえ、ケイシー。撤退するかい? 作戦のかなめだった君がこうやって意識を失っては進められていたはずのことも進められない。他次第だとは思うが」
と、ミケーレは呟く。
「まあ、返事はしないよね。俺から連絡してみるよ。イザベラとかイーサンなら何か指示くらいは出せるはずだ」
建物から少し離れたところにケイシーを寝かせ、ミケーレはポケットから携帯端末を取り出した。まず、連絡をとる相手はイザベラ。待機中の彼女なら攻撃されている可能性も低いと踏んでのことだ。
「イザベラか、俺だ。今回も駄目だったよ。幸いケイシーが死ぬことはなかったけど、今は意識がない。どうする? この後の攻勢は」
『ええ? 聞くまでもないでしょ。私たちが殴り込んであげるからねぇ……』
電話口のイザベラはそう答えた。
「君ならそう言うと思ったよ。じゃあ、タリスマン支部の建物が燃えているといわれたらどうする? 乗っ取って意味のある状態ではなくなっている」
『別に場所を乗っ取らなくてもいいでしょ。ルナティカを拉致できるだけでもいいんだからぁ。でも、ケイシーの状態次第では厳しいかも?』
「……結論をはっきりしてくれ。そうやってぼかしているから紅葉に嫌われるんだろ」
ぼそりとミケーレは毒を吐く。
『とりあえず撤退で。ギャリーが大丈夫っぽいからルナティカを拉致するように連絡しておくねぇ』
イザベラは何かを企んでいるようだった。どうせ、ろくでもないことを考えているのだろう。ミケーレは電話を切って再びケイシーを背負う。向かう先はイザベラたちが待機している場所。




