31 Flash Back
外からの気配。
ルナティカはこのタイミングで襲撃が来ることを完全に予想していた。イデア使いの気配もそうだが、何よりルナティカの記憶の片隅に残っているものが強く訴える。
これから敵の親玉が来る。ルナティカを連れ去るか殺すか、どちらかの目的で。
『俺たちの参謀にならないか?』
誰が言ったのかもわからない声がルナティカの脳内で反響する。この声は――
「来る。人数は2人、どちらも私が知っている」
と、ジェシカ。その瞬間――炎の影が窓ガラスに迫る。ジェシカはその炎に見覚えがあった。
その炎は記憶に新しい。バーを襲撃したミケーレがジェシカの前で振るった力。それと全く同じもの――
「ミケーレ……」
ジェシカはそう呟いて剣を抜かないまま臨戦態勢に入る。
背中に展開された翅は水色に輝いている。これまでよりもずっと強い存在感を放ちながら。
ガラスが割られ、窓からミケーレが突入する。焼き切られた窓枠と窓ガラスが散乱する中で伏せるルナティカ。
一方のジェシカは一瞬だけミケーレが接地するのを待っていた。そして――
「人はね、変わるんだ。それが数時間のことだったとしても。私は変わるだけの経験値を得たんだ」
と、ジェシカは言った。
剣を抜かずにミケーレの動きを止めた。ミケーレには相当な重力がかかっている。やがて、重力に耐えきれなくなって膝をつき、更には両手を地面に付いたと思えば地面に這いつくばるような姿勢となった。ミケーレは重力下で自重を支えることもできなくなっていた。
「何もしないことを約束するなら解放してあげる。これ以上重力がかかるのもつらいでしょ?」
と、ジェシカは言った。
「俺がイデアを展開できなければそうだね」
と、ミケーレは言った。行動不能にされたのも同然だというのに、彼は未だに余裕を見せていた。そしてミケーレの言葉の意味は直に身をもって知らされることになる。
剣までは抜かなかったジェシカ。新たに得た力を過信しすぎていたのだろう。ミケーレを抑え込むくらいは造作ないと考えていた。
だが――ミケーレはその手に炎の剣を握り、重力に順応したかのように立ち上がる。いや、順応はしていない。震える脚で、どうにか立っている。
そんなミケーレの姿を見るなりジェシカはかける重力をより強めるのだった。瞬く間に、再びミケーレは膝から崩れ落ちるようにして這いつくばる。
重力をかけるジェシカはまた別の気配に気付く。これはジェシカも知っている。
憎むべき気配、怨敵の気配。ケイシー・ノートンはすぐ近くまで迫っている。
「……どうやらできてなかった、と。やれやれ、そんなんではいつまでたってもイーサンの借金は返せないぞ」
ドアが開けられた直後、中の様子を察したのかケイシーは言った。
すると、執務室の空気が凍りつく。この空間で絶対的な力を持ったケイシーの前で下手な行動はできない。少なくともルナティカとジェシカはそう考えていた。
が、そんな空気を打ち破った者が1人。
「関係ない話をするなよ。それに借金はイーサンが死ねば無くなるじゃないか」
重力の前に倒れ込んだミケーレは言った。
「もうひとつ。意識を逸らすな。そいつは、君の知るジェシカじゃない」
さらにミケーレが続けた瞬間、ケイシーは突如地面に膝をついた。ジェシカがやったのだ。
ケイシーを襲うのは上から押しつけられるような重苦しさ。ケイシーはかかる重力が何倍にもなっていることを自覚する。その時には既に両手も体も地面についていた。
辛うじて顔を上げれば、視線の先でジェシカがケイシーを見下ろしている。
「まだ命は取らない。けど、動けないくらいの重力はかけたからね」
ジェシカは表情ひとつ変えることなく言った。
「……くそ……選ぶのは俺だッ! 俺が――」
と、ケイシーが強引に立ち上がり、その能力を使おうとした瞬間。ケイシーは意識を失った。もちろん、能力を使うこともなく。やはり、意識を失ってしまえば能力の発動もできるはずがない。
呼吸はあるものの、肉体が耐えられるぎりぎりの重力を受けたケイシー。このまま重力を受け続ければその体も長くは持たないだろう。
ジェシカはケイシーにかけた重力を解除し、ミケーレの方に向き直った。ミケーレは気絶こそしていないものの、行動不能にはなっている。が、解除すれば再び戦うことになる。
「ごめん、さっきのは撤回する。あなたがケイシー・ノートンを殺すなら何もしないし、解放する。さて、どうする?」
と、ジェシカは言った。この時点で、ミケーレがどのような選択肢を取ったとしても彼を撃退できるという自信はあった。たとえ断られたとしても、耐えきれない重力をかけたうえで首を落とす――
「もちろん断るよ。俺にも俺の事情があるんだ」
間髪を容れずにミケーレは言った。
するとジェシカは剣を抜き、まずはケイシーの首を落とそうとした。だが――剣を炎が掠める。ミケーレが炎の剣から炎を噴射したのだ。ジェシカはそれに怯み、一瞬だがイデアを解除した。
ミケーレはそれを見逃さずに抜け出したのだ。これでミケーレを縛る枷はなくなった。
「しまった……!」
と、声を漏らすジェシカ。
もう遅い。ミケーレの身体は自由になっている。動揺しているジェシカに反撃する手立てがあるとすれば、再びミケーレを重力でとらえること。
――彼も対策くらいはするはず。私に対処できるんだろうか?




