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Dogma of Judas  作者: 墨崎游弥
前編 Unending Tragedy
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28 Heavy Smoker

 宿舎に侵入した襲撃者はひとり。陰気な女――紅葉は閉ざされたドアの前で煙草をふかしていた。


「隠れても無駄たい。私の能力なら煙が届くとなら場所もわかる――」


 この紅葉に気付いた者がひとり。宿舎の廊下に出たフィルだった。見知らぬ、それでいて敵意をちらつかせる紅葉を見たフィル。すぐさまイデアを展開し、彼女に忍び寄る。


「ばれとおよ。そげなこつして煙の中入ってくるとは自殺行為やけんね」


 彼女がそう言ったとき。

 フィルの目の前で煙が爪の形となり、切り裂こうとした。どうにか避けたが、その仕組みの片鱗を見て軽く絶望する。


 ――煙なら、煙のある範囲がリーチ。俺がリーチ外から一方的に殴られるだけじゃねえか。


 絶望に歪んだフィルの顔。

 その瞬間、紅葉の攻撃がフィルの顔をかすめる。すでにフィルは紅葉の能力の範囲内にいたのだった。

 煙の広がる速さは想像以上に速い。これも紅葉が操っているからなのだろうか。


「くそ……室内ってだけで分が悪い。能力は……」


「ふん、見ぬい取ったっちゃね。ま、合っとるかどうか確かめさせはしないし、あんたはこれでやられるだけ……」


 紅葉はフィルに明らかな殺意を向けていた。フィルよりも小柄だというのに、威圧感だけはすさまじい。フィルは紅葉から見下ろされているかのような錯覚を覚えた。

 逃げなければ。ただそれだけを直感していた。


 廊下を少し進んだところにはドアがある。ドアの鍵は開いているはずだ。

 フィルは紅葉から目を離さずに後ずさる。少しでもドアに近づくために、そろりそろりと――


「逃がさんよ」


 紅葉の声とともに伸びる煙の手。彼女の操る煙はどうやらかぎづめの形以外にもなるようだった。焦るフィルは、思わず紅葉に背を向けて走り出す。

 ここから出なければならない。狭い場所で煙を操る相手と戦えない。そう悟ってしまったから。駆け引きなんて無駄だと悟ってしまったから。


「はあ……はあ……零くらいか……? あの女と戦えるのは」


 もはや逃げることしか考えられなかった。あるいは、だまって彼女に殺されるか。

 逃げて、宿舎の外に出る。紅葉を迎え撃つのはそれからだ。


 そんなフィルを追うようにして、紅葉の操る煙の手が伸びてくる。

 紅葉にとって、外に出てフィルを直接討つようなことは必要ないようなことだったらしい。煙の手を確認したフィルは頭の中が真っ白になっていた。


 そんなときだった――


「煙が刃物になるから気を付けて! 後ろに下がれば攻撃は躱せるから!」


 フィルの耳に入ったのは恵梨の声。

 彼女の声を聞いた瞬間、フィルは安堵する。未来予知ができる彼女の指示には相当な説得力がある。

 フィルはバックステップで後ろに下がった――それと同時に、開け放たれた窓とドアから煙の刃がフィルに迫る。が、その攻撃は外れた。

 さらに煙の刃がフィルを追撃しようとするが、今度ははじかれる。金属と木が何かをはじく音が辺りに響いた。


 恵梨だ。彼女は突如フィルの前に姿を現し、迫っていた攻撃をいなした。

 恵梨はバーでの一件のあと、タリスマン支部には来なかったのだが――


「襲撃者、いるんだよね? 多分能力からしてあたしは有利に戦えるはずだから、任せて」


 フィルの前に姿を現した恵梨は言った。


「……任せるぞ。相当面倒な相手だが」


「それはフィルにとっては、でしょ。あたしの能力だったら、多分戦える。紅葉さんは予測不可能なところが怖いだけ。あんなの、初見殺しに過ぎない……!」


 と、恵梨は言った。

 彼女の言葉が意味することをいまいち理解できないフィル。そんな彼をよそに、恵梨はこれからフィルを追ってやって来る敵を待ち伏せていた。


 ――ジェシカは支部長室の方に向かった。これであたしと紅葉さんがジェシカを巻き込むこともないんだろうけど。


 来る。恵梨の脳裏に浮かぶ、敵の顔。

 敵は恵梨のことを知っている。が、まさかここで会うことになるとは思っていないのだろう。


「フィル。できれば逃げてほしいんだ。あたし1人でどうにかなるから。フィルにはフィルが戦わなきゃいけない人がいるはずだし」


 と、恵梨は言った。


「くっそ、めんどくせえ。ただ一方的に殴られる相手じゃねえのなら俺もその相手のところに行くか。無事を祈るぜ、恵梨」


「そっちこそ。あたしは大丈夫だから」


 その場を立ち去るフィルをよそに、恵梨は不敵な笑みを浮かべていた。


 ――あたしは有利に立ち回れる。たとえ紅葉がどんな手を打ってこようと。


 そして、その時はやって来る。

 聞こえる足音。その一足先に辺りに広がり、かぎづめの形を成す煙。


 攻撃。恵梨は振り払う。それがすべて見えていることは、恵梨の大きなアドバンテージ。実体をなくしてゆく煙とは反対側。恵梨はそちらも見切って薙刀ではじく。


「おら来いや! あたしとサシ勝負だ!」


 吠えるように恵梨は叫んだ。彼女の周りには桜吹雪のようなものが舞っている。これは彼女の敵――紅葉がまだ知らない恵梨の能力。


「だれかと思ったら恵梨やん。どうしたとね、こんな春月から離れたところに来て」


 その声とともに、四方八方から煙の刃が迫る。が、攻撃の薄いところはわかっている。上だ。恵梨は薙刀を持ち替えて、跳躍。上から迫っていたわずかな刃を薙刀で斬った。


「ええ? あたしの親友に付き合ってこっちに来たんだよね。あんたも、この土地の人間を気取ってんじゃないよ」




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