1 Contact
タリスマン支部に来客があった。
2人組の女は臨戦態勢でもあるかのような気配を放ちながら受付の男の前に立つ。その威圧感を読み取った受付の男――フィルは「面倒だ」とも言いたげな顔で口を開く。
「何の用だ……じゃない。何の用ですか?」
「タリスマン支部の今の状況を教えてほしいんだけど。4年前からかなり変わっているみたいじゃない。町は荒廃しているし、私の家にこんなのがあったし?」
ジェシカはそう言いながら、家の机に置かれていた紙をフィルに見せた。それにしっかりと書かれているのはルナティカの名前だった。フィルは目を見開いたかと思えば椅子から立ち上がる。そして。
「待ってろ。ルナ……支部長を呼んでくる。別にあんた達に危害を加えるつもりはねえから!」
フィルは焦った様子で建物の奥へと走っていった。
「なあんだ。殴り込みとかそういうのにならないわけか。どうせタリスマン支部だからクソみたいな対応かと思ったのに」
「インコグニートの体制だったらそうだったかもね。あいつは……」
そう言いながらジェシカは口ごもる。
彼女たちがタリスマンに戻ってくるまでの間に何かがあったのは確実だ。それも、トロイ・インコグニートが支部長でなくなるようなことが。
――何があったのだろう。
暫くすると建物の奥から支部長――ルナティカ・キールがフィルに連れられてやってきた。
「待ってたよ。黄色い家の次の所有者。ジャレッドさんの身辺調査をしてやっとわかったんだから」
ルナティカの口からジェシカにとって思いもよらない言葉が出た。
「支部長さん。身辺調査のことはわかった。でもね、タリスマンのコミュニティにかかわってこなかったあんた達がどうして今更? それとも、インコグニートが何か変なことでもしてたの?」
と、ジェシカはきき返す。友好的なルナティカとは対照的にまだ心を開いてはいなかった。そもそも、鮮血の夜明団――そのタリスマン支部などコミュニティを脅かすような存在でしかなかったのだ。
「トロイ・インコグニートねえ。そいつがひどいことをしていたのは私たちも知っている。今タリスマンが荒廃しているのも半分はそいつのせいかな。詳しく話すと長くなるけど、ジャレッドが殺されたのもその一派のせいだって言われている」
ジェシカの表情が変わる。隣にいた恵梨もそうだった。
「ねえ、支部長。1つ質問するけど、どうやってインコグニートっていうヤツと交代した? あたし、そこだけが引っ掛かるなあ」
恵梨は口を開く。ルナティカの返答次第では死が待っている。今、互いの間に戦う気がなくても、言葉によってはここが戦場と化すだろう。
その様子をフィルは黙って見守っていた。
「反乱だよ。私がトロイ・インコグニートを告発して、同じ時期にユーリーが反乱を始めた。外部の協力も得て、どうにか支部長の交代までこぎつけられた。余談だけど、トロイは精神がおかしくなって――もうここにはいない。二度と戻ってこないだろうね」
ルナティカは冷静な様子で言った。
「そ……そうだったんだ。あの支部長の味方じゃないことには安心したけど、1つ気になることがある。父さんを殺したのは、誰?」
「それは……遺書から見ればヘザーということになっている。けどね、ここにずっといた私からしてみればその殺し方はヘザーなんかじゃないし、自殺とも取れないわけ。あまりにもわからないことが多すぎるんだよね、悔しいことに」
と、ルナティカ。
「ジェシカ。あんたはジャレッドの死について何か知りたいと思う?」
「父さんの死……そりゃ知りたいに決まってるけど、知ったところで何かあるの? 自分の利害を考えるのなら……」
ジェシカはきき返す。まだ信用できてはいないルナティカから提案されたあまりにも都合の良すぎること。ジェシカはまず、疑いを持った。
「ある。さっきも言ったように殺し方がヘザーってやつのそれじゃない。それにトロイよりヤバいやつが野放しになっているから、そいつを見つけ出さなきゃいけない。で、私たちはその人手が欲しい。その剣を見た感じ、どうにか戦える人ではありそうだけど」
と、ルナティカは言った。
「あんたの見立ては間違ってはいない。そうね、偶然か狙っていたのかしらないけど、私は父さんを殺した人を知りたかった。私がこの手で殺すか、裁かれるに任せるかは考えていないけどね」
ジェシカはそっけなさそうに答える。
「そうなんだ。もしあんたがこの鮮血の夜明団にいれば、私の権限でどっちの方法でも復讐ができる。選ぶのはあんただ。かかわるか、かかわらないか。殺すか、生かすか」
「条件付きで入らせてもらえる?」
と、ジェシカ。
「さっきのはよくわかった。それともう1つ。タリスマンの復興に私を全面的にかかわらせて。私、こう見えてこの町のコミュニティでは知られているから。それから、恵梨もね」
ジェシカは続けた。すると、ルナティカは目を丸くする。
「へえ。これまでに見なかったと思えば。まあ、ジャレッドの娘さんならわかるよ。でもね、戦闘員としてはどうかわからないし、そればっかりは入団試験をクリアしないといけないんだよね――」
ルナティカは言う。このとき、ジェシカが感じたのはルナティカの後ろの気配。フィルとは別の――
「今、人手が足りないのは事実だけど、強さだけは見ておきたいんだよね」