25 Hammer of the Thunder God 2
炸裂する電撃。イーサンの体の一部が黒く焦げる。だが、イーサンは吸血鬼。手ごたえに慢心せず、シェリルは距離を取った。
彼女の目の前には灰の混じった血を流すイーサンがいる。多量の血を流したようだが、光の魔法を受けていない彼は少しずつ体を再生させていた。少し骨も見えていたというのに、イーサンはまだ息をしている。これが吸血鬼の耐久力と再生力。後ろで構えていたグランツも息を詰まらせていた。
「伊達じゃねえ……やっぱり吸血鬼ってバケモンなんだな……そいつらと争って良いことなんてねえだろうに……」
と、呟くグランツ。その言葉は本心からのものだったが、シェリルには届いていない。
戦うことになるのは恐らくシェリル。その後ろのグランツは援護することばかりを考えていた。
「いい攻撃だ。人間だったら死んでいただろうな」
皮膚の剥げた口でイーサンは呟いた。
彼がシェリルを見つめたとき、その背後にはトランプやルーレット、ダイスのビジョンがあった。そのうち、トランプ以外は消えてゆく。
「さて、嬢ちゃん。こいつが……ポーカーが指定されたからね、君はどれだけ攻撃しても僕に傷を負わせることができなくなった。何を賭けるか決めるまではね」
体を再生させながらイーサンは言った。
――嘘でしょ、そんなことは。この目で確かめないことにはわからない!
そんなイーサンの言葉を信用しなかったシェリル。メイスに電気を纏わせたうえで、全身の筋力を強化。イーサンの頭を粉砕せんと、殴る。だが――
「言っただろう。まだ君は僕に傷を負わせることができない。君が賭けるまでは」
シェリルの攻撃は、イーサンの周囲を取り囲んでいたトランプのビジョンによってはじかれたのだ。電撃を通すこともなく、シェリルの馬鹿力までも完全に防ぎ切ったのだ。
「ええっ、やっぱり筋肉で解決できないことってあったんですか。今まで凄く硬い相手とも戦ったんですが、電撃と併せてぶん殴ればだいたい通ったんですけどねえ」
と、シェリル。彼女はどこか動揺したようだったが、
「そんな顔して脳みそまで筋肉でできているのか。それで、君は何を賭ける。小指、腎臓、心臓。君の体の一部なら何でも賭けられるし、後から賭けるものを増やすことだってできる。レイズ、といった形で。僕は、片肺を賭けよう」
イーサンは言う。
「ギャンブル……やったことないけど面白そうな能力してるんですねえ。いいですよ、私は左腕を賭けます!」
と、シェリル。イーサンの胸とシェリルの左腕に血の色をした光がまとわりつき、それぞれが独特の感覚に襲われた。
「――それでは、オープン・ザ・ゲーム」
イーサンがそう言った瞬間にバールを手に取った。
まず、仕掛けたのはシェリルだった。メイスを振るい、イーサンに向かって叩きつける。先ほどと同じ威力にはならなかったものの、それなりに入るだろうと考えていたのだった。だが――
かすり傷程度だろう。イーサンの体に打撲の痕と少しの火傷を負わせることができても、その程度ではすぐに再生されてしまう。
シェリルはイーサンの攻撃を受け流し、そこから電撃を放った。吸血鬼を殴ってもあまり意味はなかったから。
「攻撃力は悪くない。だが、君には覚悟が足りないようだよ。嬢ちゃん」
と、イーサンは言った。
「覚悟……」
これが何の覚悟なのか。まだシェリルはわからなかった。
そんなシェリルの電撃を躱しながら、イーサンは彼女との距離を詰めた。そのバールでシェリルを殺さんと――バールを振りぬいた。
ゴッ、という音がしたと思えば、シェリルはのけぞっていた。が、彼女はさほど痛みが強くないことを悟る。イーサンに攻撃したときと同じことが起きている。
「なるほどね。わからないけど、もう少しルールを解析してみるよ。どうせ敵対している相手の情報なんて、信じられたもんじゃないから」
追撃するイーサンを、シェリルも持っていたメイスで殴打するのだった。それこそ、人間であれば頭がひしゃげるような力で。
やはりイーサンにはそれほどのダメージが入っていないようだった。少しふらつかせることができたものの、頭蓋骨が陥没したような手ごたえはない。シェリルは隙ができた段階でイーサンのバールのリーチから出た。
――やっぱり、左手だけじゃ足りないみたいだ。あいつの攻撃もそこまで痛くなかったあたり、まだ何かを賭けないといけない。
イーサンの能力はギャンブルを再現したかのような能力だった。ギャンブルでは基本、多くのものを賭けたのであれば、勝ったときに返ってくるものも大きいはずだ。
「れ、レイズ。左手に加えて左肺、左の腎臓、左目、左脚。これらを賭けます!」
と、シェリルは叫ぶ。
ここで負けてしまえばシェリルの失うものも少なくない。それをわかったうえで、彼女は――
「受けよう、その賭けを。リターンはそのうちわかるはずだ」
イーサンがそう言い終わらないうちに、シェリルは右手にメイスを持って左手に電撃を集めていた。そして――
「今すぐわかればいいですよね。私、こう見えて短気なんですよ?」
そのシェリルの目は本気だった。簡単に人の命を奪えるような人間の眼差しをイーサンに向けたのだ。
ほんの少し揺さぶられたイーサン。焦りから攻撃にうつり、バールを振りぬいた。受け流すシェリル。ここで、イーサンに隙ができた。
――これで片をつけられたら、こいつの肺が失われるってこと!
雷を纏ったメイスを振り上げて、振り下ろす。身体の半分近くを賭けたシェリルの攻撃は、先ほどまでのものとは段違いの威力だった。
ほとばしる雷。まばゆく、淡い青色の雷がイーサンを抉り、彼の肉や骨を露出させた。血と灰が辺りに飛び散った。
もし、イーサンが人間であれば、ここで勝負はついていたのだろう。




