24 Hammer of the Thunder God 1
吸血鬼の独特の気配がシェリルに近づいていた。その吸血鬼はイデア使いの気配も併せ持っている。
「やっぱり気づかれたね。早くグランツに知らせないと」
シェリルは聞こえないように呟き、服の中に隠し持っていたメモとペンを手に取って伝えるべき内容をつけ足した。そのメモは紙飛行機の形に折られており、飛ばせば任意の人に伝達することができるようになっている。
伝えるべき相手はグランツ。シェリルはグランツに届くようにと念じて紙飛行機を飛ばした。
「さて、吸血鬼はどう出てくるんだろう?」
と、シェリルは呟いた。
本来、吸血鬼は光の魔法や電磁波の波長を操る能力を使わなければ殺すことができない。例外として首を切り落として日光にさらすことで吸血鬼を殺したという例も存在している。だが、それはシェリルにできることではなかった。
――雷で焼き殺すことはできても首を切り落とすことは多分できない。私の武器はメイスだから。できれば、見つからないようにしてタリスマン支部まで向かわないと。
イデア使い特有の気配は吸血鬼と同じ方角にあった。そちらに進めば囲まれて最悪殺されることになるだろう。
シェリルは足音を立てないようにしながらタリスマン支部の方へ回り込む。新しいタリスマン支部にも裏口はある。シェリルが目指すのはそこだ。
建物の間を通り抜けながら、タリスマン支部の横に出る。相変わらず吸血鬼はシェリルを追ってくる。
「……どうやって私に感づいたの。あの攻撃で居場所がばれることなんてないのに」
と、シェリルは呟いた。
そんな彼女に迫り来る吸血鬼――イーサンだが、彼もまた様子を見ているようで積極的に攻撃してくる様子はない。
シェリルは無理矢理フェンスをよじ登り、タリスマン支部の敷地内に入っていった。裏口から入っている余裕などなかったのだ。
自室にいたグランツのもとに紙飛行機が飛んできた。グランツは空中に浮いた紙飛行機を掴み、それに書いてあった文章を読む。
「……シェリル? マジか。ケイシーのやつこっちに襲撃しようとしているのかよ」
グランツは吐き捨てるように呟いた。
おろしていた髪をまとめ、戦いの準備をすすめる。シェリルからの伝達を見るにケイシーたちはそれなりの人数でのこちらへの襲撃を決めたらしい。
――嫌な夢をみていた気がするんだよ。白昼夢かもわからねえが、何度も俺が殺される夢だ。シェリルとの伝達もうまくいかず、煙草の女に殺される夢だ。冗談じゃねえよ。
グランツは立ち上がり、シェリルの示した場所へと向かう。
まだ、時間はある。その間にやることは――ジェシカと恵梨をタリスマン支部に招集すること。グランツは携帯端末を出し、ジェシカと恵梨にメッセージを送った。電話してもいいが、2人にかけるのが時間の無駄だ。
「早く……シェリル! 敵がいるのなら早く合流しねえと!」
ぞわり。
グランツが不気味な吸血鬼の気配を感じたのは上だった。とはいっても、天井を隔てているような感覚。
――上か。見つからないでくれよ、シェリル。
グランツはイデアを展開し、足を急がせる。
そして――
「グランツ……よかった、無事だったんですね」
宿舎の裏口。たった今そこにたどり着いたシェリルはグランツの姿を見ると言った。
「どうにかな。ただ、嫌な予感がする。これは夢かわからねえが、時間を巻き戻す能力を持つやつがいる以上、夢と断言することもできねえ。この宿舎に、俺を殺せるようなやつが来る」
「襲撃ですよ。仕方ありません、それよりも相手は吸血鬼です」
シェリルが言うと、グランツは明らかに嫌そうな表情を見せた。
グランツには吸血鬼にまつわる嫌な思い出もあるが、それ以上にグランツは吸血鬼との相性を考えていたのだ。
「どうするんだよ。俺もお前も吸血鬼に決定打がねえだろ。せめて俺かお前のどちらかが光の魔法を使えたらよかったんだが」
「適性はそれぞれ違っているんだから仕方ないことですよ。それで、この支部に吸血鬼と戦える人はいるんですかね?」
「残念ながらいねえよ。外注するにしたって、もう間に合わねえ。首を落とせば基本的に吸血鬼も死ぬが、それができるのなんて――」
グランツの脳裏に浮かんだジェシカと恵梨の姿。あの2人はいずれも刃物を使っている。彼女たちであれば、渡り合えるかもしれない。
「ジェシカが来るまで時間稼ぎをするぜ。少しでもあの吸血鬼を消耗させる」
「はい! 死ななくとも手足ぐらいはもいでやりましょう!」
と、シェリルは言う。
――うん? ジェシカ? いや、まさかだけどジェシカってジェシカ・モスのこと? あの人って戦えたっけ。
シェリルが思い浮かべたのはジェシカの過去の姿だった。まだイデア能力にも目覚めていなかったが、この町を思っていたのは変わらない。今、彼女はどうしているのだろう。
上から。天井の上からの気配が近づいてきた。そろそろ件の吸血鬼が現れる頃だ。
グランツとシェリルはイデアを展開し、先制攻撃を仕掛けようとしていた。
「来るぞ!」
「はい!」
凄まじい電気をメイスに集中させる。殴れば感電するほどになったメイスを現れた吸血鬼――イーサンに叩きつけた。




