23 Rewinding
ケイシーの一言はルナティカを困惑させた。わかってはいたのだが。
「殺すつもりなんでしょ、どうせ。だったら――」
執務室のデスクの下。たとえ銃を撃てなくても。たとえ戦うことができなくても。ルナティカはここで決断していた。
「殺されるのはあんたの方だ」
ケイシーの隙を見て、ルナティカは手りゅう弾を投げた。ケイシーさえもその存在を知らなかった手りゅう弾が炸裂する瞬間、ルナティカは言う。
「ヘンリクが作ってくれたんだよね。見たことないでしょ?」
手りゅう弾は音を立てることもなく炸裂。内部に封じ込められていた魔力と物理的なエネルギーが執務室の半分を破壊する。破壊されるのはケイシーも例外ではない。
凄まじいエネルギーの中に見たのはケイシーの展開していたイデアだった。ケイシーはその死の間際、能力を使っていた。
その瞬間、ルナティカはとてつもない違和感を覚えた。
記憶が混濁する。敵襲に気づくそのときまで、あらゆる記憶と感覚が巻き戻されてゆく。
――そうだ。ケイシーを討つには能力をどうやって攻略するかどうかにかかっている。単純に殺そうとするだけでは、その死の間際に能力を使われてやり直しになってしまう!
ルナティカはケイシーの能力について理解した。これまでに知らなかった彼の能力の詳細を。
ケイシーの力によって時は巻き戻された。宿舎での戦いも執務室での衝突も。すべてがなかったときに戻っていた。彼が殺されるその瞬間、能力を発動して少し前の時間にまで巻き戻したのだった。
「さて、襲撃前に言っておくことがある。俺の能力を他人に知られることは気分が悪いんだが、俺の能力についてだ」
ケイシーたちは彼の仲間とともにタリスマン支部の近くにいた。
能力を使ったケイシー以外はその後に起こることを知らない。それを知るケイシーは少し慎重になっていた。
「まず、俺の能力はセーブポイントが必要。これは元タリスマンの連中も知らん。言っていないからな。セーブポイントの詳細はまだ言えない。俺に人生を預けるヤツがここにいればゆくゆくは教えるだろう。いるとは思わないが」
「信頼していないってことかい、僕たちのことを。ケイシーらしい」
イーサンは言った。
「能力について話している時点である程度の信頼はあるぞ。それでだ。もし俺が失敗することがあれば、俺がここまで時間を巻き戻す。まあ、試行錯誤ってわけだが。イザベラとコーディとライオネルは一旦ここに残れ。多分、外からも来るだろう。紅葉とイーサンとギャリーは宿舎へ。ミケーレは俺と来い」
「連れて行くなら俺よりイーサンがいいだろうに」
ミケーレは呟いた。
「いや、どの割り当てが正解か試行錯誤しているんでな。次に駄目だったらイーサンを行かせようと思う。これでいいだろ?」
と、ケイシーは言った。
「まあ……そうだな……試行錯誤?」
不穏な顔でミケーレは聞き返す。
「なんでもない。とにかく、行こう。今度こそタリスマンを乗っ取ってやる。俺は正しいんだよ、あんな戦いもできないルナティカよりもずっとね」
バタフライエフェクトという言葉がある。ちょっとしたことで、未来は大幅に変わるということだ。
今。ケイシーが一度経験した襲撃のときとは違うことが一つだけあった。それはある人物――タリスマン支部の近くに現れたシェリル・アーヴィングという女の存在。
「……あの人は、ケイシー・ノートン。もし話が本当なら、私の兄さんを殺したってことになる。やっと見つけた」
シェリルはメイスを握りしめ、そこに発せられた電気を集中させた。
「やるよ。ここでケイシーを討つ――」
電気の塊が打ち上げられ、上空のわずかな雲へ。そこにたまった電気が地上へ向けて放たれた。狙いはケイシー。これが当たれば即死にまで追い込める――
雷の光を察知したケイシーはすぐさまイデアを展開し、雷を受け止めた。
「……やれやれ。どうやらタリスマン支部の外にも俺達の敵はいるらしい。それも、俺を直接狙うくらい殺意があるやつだ。どうするかい、イーサン」
ケイシーは言った。
「心配するなよ。僕がその敵を殺してくる。降りかかる火の粉は払っておかないと駄目だろう?」
イーサンは不敵そうに答えた。彼の本当の実力を知るケイシーは。
「お前なら任せられる。生け捕りでも殺してもいい。どうするかはお前に任せるよ。さて、俺達は襲撃に集中しようか。しかし、やっぱり支部長は言いくるめるのも困難だな」
「いい知らせを待っていろ。僕ならやれる……」
ケイシーはそう言って、攻撃してきた人――シェリルの方へと向かっていった。




