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Dogma of Judas  作者: 墨崎游弥
前編 Unending Tragedy
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19 Liquid Air

「いくよ。その綺麗な顔が傷つく前に参ったと言ってくれると俺も嬉しいよ」


 ミケーレはジェシカの斬撃を振り払い、さらに剣から炎を噴出させた。あまりの暑さにジェシカは飛びのき、ミケーレの手元を見た。その能力を使っている本人だからか熱がっている様子はない。

 ジェシカを追うようにして彼女に詰め寄ったミケーレ。憐れむような視線をジェシカに向けながら両手で剣を振るった。が、ジェシカはその剣筋を見切っていた。両脚に力を込めて跳び上がり、近くの建物の屋根に移る。この距離からでは勝てない。ジェシカは早々に悟ってしまったのだ。


 ――あいつは、近寄っても熱すぎて攻撃できない。剣なんかで受け止められる以上、近距離でどうにかできるってことでもない。


 飛び道具があれば話は変わる。ジェシカはそう確信していた。

 そんなときにジェシカと零は目が合った。


「あまり苦戦するなら代わるぞ」


 と、零は言う。彼はギャリーをいなしている片手間でそう言った。ほとんど無傷に近い状態で、ギャリーが攻めあぐねているような状況だった。

 事実、戦闘における相性であれば零がミケーレと戦う方がいいとジェシカもわかっていた。が、ジェシカはそれが意味することをよくわかっていた。零がミケーレと戦うことは、ジェシカがギャリーと戦うこと。迷いの中でジェシカは決断した。


「……うん」


 と、ジェシカ。彼女自身も攻めあぐねていた状況だったこともあって、零の誘いには乗る。

 ジェシカはイデアを展開したまま飛び降りる。着地するのはギャリーの前。剣を持ったまま、ジェシカはギャリーの前に立つのだった。

 そして――ギャリーの振るう戦斧とジェシカの剣がぶつかり合った。


「ジェシカ……」


 ギャリーは目を見開き、戦斧で剣を振り払う。その様子は零と戦っていたときともまた違う、明らかに動揺しているような様子だった。

 ジェシカも同じ。動揺こそ隠しているが、ギャリーと戦うことについて未だに迷いを捨てきれていない。

 だが、ギャリーは意を決したのかジェシカの首を刎ねようと戦斧を振るい彼女に詰め寄った。が――ギャリーの持つ戦斧がジェシカの首を刎ねることはなかった。いや、ギャリーはジェシカの首を刎ねることができなかった。


「首を刎ねないの?」


 ジェシカは言った。彼女の首につきつけられた戦斧は震えている。

 ジェシカの声を聞いたギャリーはそこから圧を感じ取ったのか、急いで戦斧を持ち直す。


「くそ……なんだよ、お前を殺すこともできない無様な俺をそういう目で見るのか?」


 ギャリーはジェシカに攻撃することなく、そう言った。


「なあ、俺をそういう目で見るのか! ジェシカ! 夢もかなえられねえで、こうやってヤクにおぼれて! しまいにはお前が憎んでるあいつの元に行くんだよ! 頼むから俺を哀れむような目で見るんじゃねえ!」


 そう言うことに至った理由であれば、ジェシカにも想像がついた。ギャリーに起きたことはすべてエヴァルドから聞いていたというだけある。

 そんなギャリーを目の前にして、ジェシカは戦いたいというより救いたいという気が勝っていたのだった。


「だったら、私は何をしたらいいの。こんな状況で、敵としてあんたを見て……」


「殺せ。俺にはもう、希望も何もねえよ。このまま生きていたところで俺は他人に迷惑をかけるだけだ……」


 それは悲痛な叫びでもあった。ギャリーは戦斧を握りしめてジェシカに向かってきた。


「殺せと言っておいて……」


 ジェシカはそう呟き、ギャリーに応戦するのだった。

 斧の一撃をジェシカが受け止める。その攻撃は彼女が考えていたよりも重い。細身のギャリーでは想像できない力であるあたり、イデアでも展開しているのだろう。




 ミケーレの前に出て、不意打ちのように冷気を叩き込む零。一瞬だったがミケーレは動揺。氷の枷で右手を封じられた。が、ミケーレは炎の剣を炎の鎧に変化させ、氷の枷を融かす。枷は一瞬にして蒸発し、再びミケーレは自由となる。


「交代したってか。相性はともかく、いいんじゃない?」


 と、ミケーレは言って炎の鎧から炎を噴射した。それは常識外れの火力。零が反射的に作った氷の壁も一瞬で融かされる。そのとき、一瞬だが零は怯えたような表情となる。


 ――これならジェシカが苦戦するのもわかる。本当に、作戦だったとはいえバーに来たのが間違いだったみたいだな。


 炎を躱しながら零は体勢を立て直す。不利な相手ではあるが、零も戦わなくてはならない。零の両手には氷のナイフが2本現れた。


「ああ。これ以上ジェシカの痛ましいところは見たくない」


 ある程度距離をとった中で、零はナイフにさらに冷気を纏う。この冷気でミケーレに致命傷を負わせられれば――


 放たれた冷気。それは空気を液化させるほどの低温。零は冷気を一点に収束させてミケーレに叩きつけた。だがミケーレも対策を怠ったわけではない。炎の鎧から爆炎を噴き出し――液体空気は急速に気化してゆく。


「おっと、単純な氷だけじゃないのか――」


 と、ミケーレ。

 彼はそんな中で自身の能力の異変に気付いた。炎をこれでもかと噴き出したばかりに、火力が弱まっている。


 ――ああ、今日の酒は弱かったからね。


 ミケーレは冷気を受け流し、さらに零から距離を取る。そして。


「ギャリー! ライオネル! 退避するよ、このままじゃ俺が持たない」


 ミケーレは言った。彼の手の炎の鎧は少しずつ失われてゆく。黒い煙があがり、何かが燃えカスのようになっているようにも見えた。

 声を聞いた2人は戦っていた相手から離れ、町の闇の中へと姿を消した。


「……なんだ。イデアの消耗が激しかったのか?」


 と、零は呟いた。こんな終わり方は彼にとっても拍子抜けだった。

 戦いが中断され、零のもとにやってくるジェシカと恵梨。息の乱れもない零とは対照的に、ジェシカも恵梨も焦燥しきった様子だった。主に精神的な理由で。


「戻ろう」



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