18 If you play with fire, you get burned
しばらく談笑を続けながらも、ルナティカとジェシカはミケーレたちを見張っていた。ルナティカは2人の不穏な様子を見て警戒することを決め、ジェシカはミケーレの隣にいるギャリーを気がかりに思っていた。
彼らはいつ動くのだろう。
「……いい? これは我慢対決だから」
と、ルナティカは小声で言った。彼女のグラスに入ったカクテルは全く減っていない。ここに来ることの提案をしたのは彼女だったが。ここでジェシカはルナティカの目的をそれとなく察した。
「わかっています」
ジェシカは答え、チーズをつまんだ。
この緊縛した状況で少しでも精神的な負担を減らそうとつとめるジェシカ。だが、それは何の意味もなさない。せめてギャリーがここにいなければ意味を成したのだろう。
「失礼します、あちらのお客様からです。当店オリジナルカクテルとなっております、ドゥームズデイです」
店員の声とともにジェシカの前に置かれる黒いカクテル。ここで零も不穏な様子に気づいた。表向きでは喜んで受け取るふりをして、零はこのカクテルを注文した人を目で追った。
強い酒を飲む赤髪の男――ミケーレ。彼だ。
「……支部長、ジェシカ。来るぞ」
零はミケーレの姿を確認すると言った。不穏な様子を見せるミケーレを見ながら、零も警戒心を強めるのだった。
そして――
「君、綺麗だね。名前何ていうの?」
ミケーレはジェシカに近寄ってそう言った。彼が何を思ってそういった行動に出たのか。ジェシカは思わず剣を取ろうとしたが、零がジェスチャーで「取るな」と伝える。
「ジェシカ・モス……じゃなくて。あんたも名乗るのがマナーでしょ?」
ジェシカは言った。
「おっと、失礼。ミケーレ・ジュスタ、それが俺の名前」
甘い声で囁いたミケーレは自然にジェシカの手を取り、彼女をバーの外に連れ出した。ジェシカは何が起きたのかを考える余地もなくただミケーレの前に立ち尽くす。
「ねえ……さっきから変なカクテルを私のところに持ってきたり口説こうとしたり……何がしたいの?」
「俺なりの愛情表現……というわけでもないんだけどねえ。終わったなら出といで、ギャリー、ライオネル」
と、ミケーレが言ったとき。バーの中からはギャリーが、近くの物陰からはライオネルが現れた。このとき、ジェシカはライオネルの姿を見て絶句した。ライオネルは、彼女はタリスマン支部に所属していたはずだった。
ライオネルはジェシカの姿を気にすることなく紫色のスライム状のイデアを展開する。ジェシカを敵であると認識しているのは明白だった。
「え……どういうこと?」
声を漏らすジェシカ。まだ、状況の整理ができていない。ミケーレの手でバーから連れ出され、そんなときにさらに2人ミケーレに加勢した。武器もない。相手は3人。ジェシカは追い詰められているにも等しい状況だった。
これから何をされるのだろうか――
「大丈夫、変に抵抗しなかったら何もしないから。ね、君が何もしなかったらいいんだ」
そう言いながらミケーレはその手に炎の鞭を持った。彼の不穏な様子を見て、ジェシカは警戒心を余計に強めた。さらに、彼が呼んだギャリーのことも気にしている。
そんなときだった。
「離れろ! ジェシカも下手に動くなよ!」
ジェシカとミケーレ、さらにライオネルやギャリーを隔てるように現れた氷の壁。これは、零がやった。
バーの出入り口に佇み、ミケーレを睨みつけた零と、彼の後ろでジェシカの剣を握る恵梨。2人が加勢に来たようだった。
「何なんだ、君たちは。俺、ジェシカにしか用がないんだけど」
ミケーレは言った。
「私に用? 口説いたとかそういうのじゃなくて最初から用があったんだね。その用って何」
「もっと時間かけて説得するつもりだったけど、いやあ。参ったね。さすがに俺とかケイシーについてくるとか考えられないよねえ。今更だけど」
そう続けるミケーレ。彼自身はそう言っているが、未だにジェシカはその意図が読めなかった。
「……ありえない。ケイシーに襲撃までされた私をどうして引き込もうとするの。まだ別に目的があるんでしょ」
ジェシカは言う。
「やれやれ、君思ったより勘がいいね。引き入れられないことが残念だよ――」
ミケーレがその手に持っていた炎の鞭は炎の剣へと形を変える。そして――彼が剣を振るうのと同時に氷の壁が壊された。
「これで俺が簡単に君に手を出せるようになった。どうする? 氷の壁でジェシカを守ろうったってあんまり意味はない。俺がこうやって壊しちゃうからね」
「よく考えて行動しなよ。ジェシカにも武器はあるんだよ」
ジェシカの後ろで恵梨が言う。零とジェシカに隠れながら、恵梨は剣を手渡していた。これでジェシカも戦えるようになる。この状況を打開することはできる。
ジェシカは威圧感を放つミケーレに臆することなく剣を握り、イデアを展開した。
「ごめんね、ミケーレ、ギャリー、ライオネル。そっちには行けない」
そうジェシカが呟き、足を踏み出して剣を振るう。斬撃を避けるミケーレ。彼の持つ炎の剣は風圧で揺らぎ、形をとどめるのでやっとのようだった。
「そっか。残念だ。こうなってしまった以上、俺も本気を出さないとね」
揺らぐ炎が安定する。炎が一定の形状に保たれるようになったのだ。




