プロローグ The testament
「タリスマンの町ってどんなところなんだろうね」
「悪いところではないかな。治安はよくないけど、住人は皆頑張ってる。ゲートができたとか、そういう噂も聞いたけど」
タリスマンの町近郊の商店の前で言葉を交わす2人の女。2人は治安が悪いとも、吸血鬼が出るともいわれるタリスマンの町に向かっている途中だった。
「ゲート……ああ、あのイデアっていう能力に覚醒するやつね、近くから出てくる空気を吸ったら。あたしみたいになるんだよね」
「みたいだよね。形状は違っても使い手には見えるっていう。そろそろ行こうよ」
金髪の女は商店で購入したボトル入りの飲み物をバッグに入れてヘルメットを被る。
やがて2人はタリスマンに向けて再出発するのだった。
荒廃したタリスマンの町に2台のバイクが止まる。それに乗っていた2人の女はそれぞれヘルメットを脱ぎ、町を見回した。
ひどい有様だった。活気はなく、ところどころ崩壊した建物が立ち並ぶ。ストリート・ギャングたちの様子はなく、かわりに浮浪者が町にひしめいている。こんなはずではなかった。
「嘘だろう……5年前はこんな町じゃなかった」
金髪で赤いライダースジャケットを羽織った女――ジェシカ・モスは言った。
数年間離れていたとはいえ、ここまで変わるものなのか。何より――生まれ育った家に人の気配がない。何かを察したジェシカは無言で家に入るのだった。
「……生活感がない。けど、この手紙は」
ジェシカが見たものは父ジャレッドの遺した手紙。それに記されていたものは、彼自身の死と命を狙っていた者の存在。さらに、その傍らにはジャレッドの遺体の写真が置かれていた。ジェシカはこのような形で実の父の死を知ることになろうとは思いもしなかったのだ。
窓から顔を出し、茶髪に桜の髪飾りをつけた女――平尾恵梨を呼ぶ。
「ただごとじゃなさそうなのはわかったけど。一体何があった?」
恵梨は家に入りながら言う。
「父さんが殺されていた。いつなのかはわからないけど、殺されたらしい。こっちの写真の記録は、鮮血の夜明団……ホノカたちがいたところだね」
ジェシカの声は震えている。帰郷すれば会えると確信していた父親が何の知らせもなく殺されていたのだ。それもいつなのかわからない。彼女が旅立った――父の言いつけでタリスマンの町を離れたそのときが、父と顔を合わせた最後の時だったのだ。
部屋は、綺麗に整理されている。以前に家出少女や売春婦を泊まらせていたときとは雰囲気から全く違う。以前よりは綺麗に掃除されているが、それは家として綺麗というレベルではなくモデルハウスなどと近い。
――こんなことになってしまったけど、腐乱死体を直接見なくてよかったと思うのは間違いなんだろうか。私にはわからないよ。
「ジェシカのお父さん、恨まれるようなことでもしていたのかな」
恵梨は呟いた。
「いや、そんなことは特に。でも、鮮血の夜明団にとって不都合なことには変わりなかったんだと思うよ。父さんは、タリスマンのコミュニティの中心にいたから。そのコミュニティも鮮血の夜明団からは煙たがられていたし、過激な人がいれば……確かに。インコグニート支部長もそういう人だった」
と、ジェシカは言うとこの町を出たときの鮮血の夜明団を思い出す。
会長はトロイ・インコグニートだった。組織としてのまとまりはあったようだが、コミュニティの間では相当嫌われていたのだ。
「ジェシカ。ここに書いてある会長の名前、インコグニートじゃないよ。ルナティカ・キールってさ」
「ルナティカ・キール? ということは支部長が変わった。失脚でもしたのかな、あの人。いや、インコグニートについてはどうでもいいけどなんで変わったのかは知りたいね」
そう言うと、ジェシカは恵梨の方に向き直る。
「タリスマン支部に行ってみようよ。支部長が変われば話は違う。この家にも来たんだろうから、事情も知っているはず」
「大丈夫なの? タリスマン支部とは……」
「大丈夫。殴り込みを仕掛けるつもりで行くから。私1人でレムリアを旅できるほど強いしさ!」
ジェシカはそう言って微笑んだ。
彼女が思い出すのは恵梨と出会ったとき。春月とは違った場所から単独でやってきたジェシカに驚いていた恵梨の前でイデア能力を披露し、彼女を驚かせた。春月のさらに東側からやってきた吸血鬼を単独で斃した。
確かに、ジェシカは強い。
「それなら安心かな。殴り込みならあたしとジェシカが組めば最強だもんね!」
「でしょ!? どうせ鮮血の夜明団の連中なんて話を聞くようなやつらでもないし」
ジェシカと恵梨は言葉を交わしながら家を出る。これから向かうのは鮮血の夜明団。そこで起きた出来事など、2人の知るところではなかった。
トロイは消えた――もうこの世界にはいない。
新しい支部長は新しく建てられたタリスマン支部の一室で、調査結果を見ていた。状況は悪くない。だが、懸念することがあれば。
「ケイシー・ノートン。死んだとも捕まったとも聞いてない。彼は一体、何を」