15 The Avenger
ケイシー・ノートン。
かつてタリスマン支部に所属していたイデア使いである。彼のデータそのものはタリスマン支部に残っており、一応は死亡したという扱いになっていた。実際、零もケイシーはすでに故人であると考えていたのだった。
「ケイシー・ノートン?」
ジェシカは聞き返す。彼女が入団した頃にはすでにケイシーはいなかったのだから、知らないのも無理はないだろう。
「タリスマン支部の元メンバーだそうだ。行方がわからなくなっていて、表向きには死んだことになっているらしい。まあ、支部長は裏があると言っているみたいだが」
零は答えた。
「裏……例えば、そのケイシー・ノートンが生きていたり、とか?」
「ああ。支部長も同じことを言っていた。あんただったらどうする? ケイシーが生きていたら」
零に聞かれたジェシカは少し黙り込む。実感はわかないが、おそらくケイシーがジャレッドを殺した。そうであれば――
「父さんと同じ苦しみを味わわせたい。因果応報って言葉があるように、そいつにわからせてやりたいよ。でもね、それをやってしまうと復讐になる。復讐が何かを生むのかなって」
と、ジェシカは答える。彼女の中の迷いは大きくなるばかり。謎はそれなりに解けているが、彼女の中で別のものが膨れ上がっていたのだった。
ジェシカはぐっと拳を握りしめた。
「わからないよ。あれで納得いくのかなって思ったのに。いざ知ってしまったら、憎しみばかりが増す。私はそれがよくないとわかっているのに」
「ジェシカ。少し落ち着いてくれるかな。ケイシーが生きているかどうかは私が確かめることができる」
迷うジェシカに向けて、エヴァルドは声をかけた。このとき、彼の手に握られていたのはインスタントカメラ。先ほどまではこの部屋のどこにもなかったものだが――
「一体何を?」
と、零。
エヴァルドの持つカメラはイデアによるもの。これを使って彼は何かをしようとしているらしい。
「念写だ。見ていればわかるよ。これも私が去年目覚めた能力だ」
エヴァルドがカメラのシャッターを押すと、異様な光が発せられたと思えば幽霊らしきものがカメラから飛び出した。そして30秒ほど経つと、カメラから1枚の写真がでてきた。床に落ちた写真を拾い上げたエヴァルドはそれを見ると無言で零に手渡した。
写真を見る零。彼はうつりこんだものを見て血相を変えた。
「何かの悪戯か? ケイシーは生きているかもしれない。しかもこの風景はタリスマンじゃないか」
そう零が言っている間。ジェシカも外の異様な気配に気づいた。
その気配は運命さえも歪め得る強大な力の気配。ジェシカの知るどんな使い手をも上回る威圧感でもある――
ジェシカは剣を取った。
「――見ていたのか、エヴァルド。ジャレッドと一緒に殺しておくべきだったが、そこまでは遡れないなあ」
艶のある低い声が響いたかと思えば――屋根が突き破られ、1人の青年が降ってきた。彼の髪はミントグリーン。写真の人物と同じ特徴を持っている。
「ケイシー・ノートン……」
零は思わず声を漏らす。すると。
「よく知ってるね。タリスマンのデータでも見たか? それとも、俺をつけていたとか、そういうオチだったりするのかな?」
その青年――ケイシーは言った。すでに彼の後ろには白い骨のビジョンが現れている。いつでも戦う準備はできているということ。そんな彼を見たジェシカは怒りと恐怖を押さえながら言う。
「ねえ……あんた、さっきジャレッドって言ったよね。あんたが、ジャレッドを殺したの?」
辺りに緊張が走る。ジェシカは息が詰まるような思いでケイシーの目を睨みつけた。
「そうだよ。タリスマンの乗っ取りに支障が出るからね、消えてもらった。ちゃんと自殺に見せかけるために10回はやり直したけど、ボロが出たか。しかも時間が経ってから」
ケイシーは言った。もはや隠すこともできず、隠す意味すら失っているようだった。が、ここでなぜぺらぺらと喋るのか、と疑問に思う零。ふと、零はジェシカの方を見た。
――乗せられるなよ。ここで下手に乗せられたらケイシーの思うつぼだ。
零はただ、ジェシカが下手に動かないことを祈っていたのだが――
「あんたは、それが恨みを買うことだとわかってやっていたの?」
ジェシカはその場から動くことなくそう言った。彼女も激高する一歩手前のようだったが、まだ状況から判断はできている。その一方でいつでもケイシーに斬りかかることができるような状態でもある。
「そっか。人って大切な人を殺されたり凌辱されたりすると、恨むね。忘れていたよ、恨みとは無縁の人と付き合っていたから」
意味深な言葉を発するケイシー。ジェシカは困惑し、またもや斬りかかるタイミングを逃す。
「誰なの……そういう人って。意味が解らない。気持ち悪いよ……」
と、ジェシカ。
「俺の友人。究極の気まぐれで、執着の類が全くない。実際、人ですらないけど俺はうまくやれている。俺のうしろにそういうヤツがいるわけだが、それでも俺に刃を向けるかな?」
ケイシーはジェシカと零の殺気を感じながら言う。2人がその気ならばケイシーもそれに応じるつもりだった。もっとも、そうでなくてもエヴァルドの命は狙っている。
「やめておく。けど、いずれあなたを殺しに行く。ここではまだ、戦えない」
ジェシカはそう言って剣を下す。この選択肢を取ったのも賭けだ。ケイシーという、未知数の力――それも強大と言い切るべき力を持った存在を前にしては。
「言ったね? 君が何者かは知らないが、いったんここから引くよ。その言動を取られてはエヴァルドを殺せても俺が持たないから」
と、ケイシー。彼は律儀にもドアを開けてそこから外に出るのだった。
ケイシーが去った後、ジェシカと零は緊張から解放された。先ほどまではいつ誰が殺されてもおかしくない状況だったのだ。
「ありがとう、おかげで命拾いしたよ」
エヴァルドは言った。
「命拾いだなんて。でも私も久しぶりに会えてよかったです、エヴァルドさん。いつ襲撃されるかわからないし、護衛をつけてもらいましょうか?」
と、ジェシカ。
「護衛……あいにくだが私には雇う金もない。トロイの下の連中が護衛につくなら願い下げだよ」
「そこは心配いりませんよ。タリスマンは人手不足です。護衛なら本部から呼びますので」
今度は零が答える。すると、エヴァルドは渋々うなづいた。
「ジェシカ。エヴァルドさんをタリスマン支部に連れて行った後に見回りを再開しよう」