11 A chain is no stronger than its weakest link
「ジェシカは入院。蛆虫での治療を受けてから医療錬金術での治療ということになった。欠損とかじゃないからリハビリはほとんどいらないかも」
ルナティカは診断書を見ながら言った。
ここはタリスマンの病院の待合室。町の様子がよく見える7階で、ジェシカもそのフロアに入院している。ただし、面会はまだできない。
「蛆虫……」
恵梨は呟いた。
「壊死とか腐敗によく使われるんだよね。蛆虫って腐ったものしか食べないから。それに壊死は錬金術での治療が難しいらしい」
「ええ……」
恵梨の顔は気持ち悪いものでも見るようだった。件の治療法は恵梨にとっては聞きなれないものだが、レムリア全体で見てみればそれなりに知られているものだ。
「治療法はともかくジェシカが戦線離脱か……」
零が口を挟む。彼も申し訳なさそうな顔をしていたが、実際彼は悪くない。ジェシカは相手と状況が悪かった。
ビルの一室に入っていく3人。中で待っていた男は彼らを見て表情を変えることはしない。
「ボス。とりあえず薬売り付けてきたし、人手も増えた。少し一筋縄ではいかないようだが」
コーディは言う。彼が紹介したのはギャリー・ゴルボーン。廃屋で能力に覚醒した時のような顔ではなく、彼の本来の顔を見せている。病的に白い肌に緑色の瞳。黒くて長い髪。やつれている様子がなければ美男ともいえるだろう。そんな彼の四肢は氷の枷で拘束されていた。
「生意気そうな顔をしているね。いやあ、こういう子っていろんな意味で虐め甲斐があるんだよ、×××に……失礼」
と、イーサンはギャリーの姿を見るなり言った。
「あ? 虐めるってなんだよ。構成員になるっつっても俺は奴隷じゃねえからな!」
ギャリーは噛みつくように言う。だが、それも圧倒的な余裕を持つイーサンには届かない。
「可愛いなあ。僕とケイシーの元でせいぜい頑張ってくれよ……」
イーサンはギャリーに近寄り、彼の頬を優しく撫でた。壊れそうな貴重品にでも触れるように、そっと。
「イーサン。その枷を外してやれ。やっと全員集まったんだ、作戦会議をするぞ」
窓際に立っていたケイシーは言った。既に彼の手はいつでも閉められるようにとカーテンを掴んでいる。
「そういえばそうだった。実際、僕たちは寄せ集め。無秩序の名前を冠するとはいえ、最低限の規定は持っておきたいからね」
イーサンは答えた。
彼がやる気になったところで、ケイシーはカーテンを閉めた。部屋の中に広がる闇。イーサンはその闇に引き寄せられるように長机の上座に座る。彼に続き、次々とここにいる者達が席につく。
「僕を入れて8人。揃ったか……」
と、イーサン。
「ねえイーサン。アレの帰りにいい茶葉を買ってきたから紅茶でものみながら会議しなぁい? 別に堅苦しいものでもないんだしい」
イザベラは言った。そのタイミングでか、と言いたげな視線が彼女に集まるが、彼女はそれを気に留めない。
「良いだろう。僕とミケーレのにはラム酒を入れておいてくれ」
「そおだね。今回ばっかりは私のわがままだしい?」
イザベラは席を立つと入り口近くに置いた袋から茶葉を取り出して紅茶を淹れ始めた。
紅茶の淹れ方にも拘る彼女を待つ7人。イザベラを放って会議を始めるようなことはしなかった。彼女を放っておけば、後でどのような仕打ちを受けるかわからない。このことはケイシーから全員に伝えられていた。
もちろんイザベラの態度が気に食わない者がいないというわけではなかった。たとえばコーディの正面に座った黒髪の女――霧雨紅葉。彼女は目を伏せながら煙草の煙を吐き出し、イザベラを睨みつけた。イザベラはそれに気づいていなかったが。
「淹れたよお。待たせてごめんねえ」
そう言ったイザベラはそれぞれの前に紅茶を置く。
「今度こそ始めよう。新入り、先ずは名乗ってくれ」
イーサンは赤い瞳をギャリーに向けた。すると、ギャリーは口角を上げて立ち上がる。
「俺か……ギャリー・ゴルボーン。コーディがヤクを売り付けたのがこの俺ってわけだ」
と、ギャリーは言った。
「あー、今度は暑苦しい奴が来たねー。君、酒とか好き?」
緊張感を持ったギャリーに続き、ミケーレ・ジュスタという赤毛の男が言った。ミケーレには緊張感といったものが全くない。
「ンなもん飲んだこともねーよ。いや、あってやっすい密造酒くらいだ。あんな不味いモン飲めねーよ!」
ミケーレはからかうつもりでギャリーに声をかけた。が、ギャリーは律儀にもそれに答えた。
「そうか。残念。飲み仲間が増えると……」
「ミケーレ。話が逸れている」
鋭い視線を向け、ケイシーは言う。ここで仕切り直さなくてはならない、という空気が辺りを包んだ。
「私とコーディとギャリーでタリスマンの戦力を削ったってことは言っておくねえ」
と、イザベラ。
「やるじゃないか。報告はそれだけでいいかい?」
イーサンがイザベラに尋ねる。
「さあ? 他に聞いてみれば? ライオネルとか」
そう言ったイザベラは紫髪の女に目を向けた。無言で話を聞いていたライオネルはその視線に気付き。
「俺からの報告はトロイの隠し財産と、タリスマンの新入りについて。どっちから聞きたい?」
「オイ、その新入りっつうとイザベラにやられたやつ……ジェシカか?」
ライオネルの発言に間髪を入れず、ギャリーが言う。
「惜しいな。あと一人、恵梨ってやつがいる。まあ、俺の話のメインはジェシカの方だが。あいつは、父親を殺した奴を探している。ケイシー、無事でいられる保証はねえぞ」
そう言ったライオネルはケイシーを見た。ケイシーはライオネルの警告を受け入れているようだったが、その一方で余裕も見せている。自分は死なない、自分は殺されない、死という運命もねじ曲げればいいという余裕を。
「どうも。新入りについてはそういうことか。俺にとってそんなのは小さなことだ。隠し財産はどうだ?」
「廃棄所跡の廃墟だよ。ある場所はな。まあ、廃墟そのものがタリスマン支部の所有になって今調査が進められているらしい」
ライオネルは答えた。
「そうか……まあ、乗っ取れば隠し財産も手に入れられる。当分は、タリスマンを攻める。その前にやるのがギャリー。お前の戦闘訓練だ」
「わーったよ。あの氷使いに勝てるくらいにならねえとな……」
と、ギャリー。
彼に視線が集まりながらも会議は続く。互いの思惑は違ってもケイシー、イーサン、イザベラという強者からの圧力もあって、表面上は上手く会議が進んでいた。
だが、同じ目的を持っていても彼らは一枚岩ではない。それぞれが隠す思惑はじきに露わになるのだろう。
――鎖は一番弱い部分が強度を決める。思想は違おうと、我々は鎖。弱い部分は強くしなければならない。
ライオネルは2つの姿を持っています。