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第一話 登校

 


「行ってきま~す」



 マフラーを襟元にねじ込みながら、家の玄関を出る。気持ちの良い位の快晴。朝のニュースで、今日は木枯らし1号が吹くと言っていたが、その木枯らし1号はどうやらとっくに吹いていたらしく、晩秋で散った銀杏の葉を、風の突き当たる電柱の根本や、家の塀へと押し込んでいて、そこだけ黄色く色付いていた。



「うぅ、寒い。中に何か来てくれば良かったな」



 俺の通う学校の制服はブレザータイプの為、所謂学ランと呼ばれる制服とは違い、胸元の防寒に乏しい。なので、冬になるこの時期から、うちの学校の生徒たちはYシャツの上にセーターやらパーカーやらを重ね着して、寒さを和らげるのだ。



「でも、母さんが洗濯しちゃったし、他の奴は民男兄ちゃんが着て行っちゃったしなぁ」



 そんなに持っていない私服の中で、その楽さによって、俺の私服ランキング上位に位置するパーカーだが、母さんがまとめて(と、言っても、三枚しか無いけど)洗濯した事と、兄である民男兄ちゃんが、間違ってぼくのパーカーを着て行ってしまった事で、数少ない俺のパーカーは在庫切れになっていた。



「まぁ、しょうがない。取り敢えずはマフラーで凌ぐとするか」



 首に巻いていたマフラーを、ブレザーの中にさらにグイっと押し込んだ俺は、最寄りの駅まで走り出した。



  △



 俺の名前は平 凡太 (たいら ぼんた)。都内の高校に通う一年生だ。

 サラリーマンの父、平 社員たかかずと、パートの母、平 仮名かなの間に出来た、三人兄弟の次男坊。

 家は都会でもなければ、かといって田舎でもない、暮らすには特に困る事の無い、駅に程近いベッドタウンという生活環境で、車で片道2時間も行けば海も山もある。が、周囲にこれといった観光地が有るわけでは無い。そんな普通な所。



 今日もそこそこに混んでいる電車に乗り揺られ、学校への最寄りの駅で降り、住宅街の中を抜けていくと、俺の通う高校が見えてきた。


 校門をくぐり、朝晩の寒さですっかり葉を落とした桜並木の下を、昇降口に向かって歩いていく。



「おはよ~」「今日は寒いね~」「勉強してきたか~?」「俺は諦めてるよ」



 と、そこかしこで、他の生徒同士が朝の挨拶の交わす声が朝を賑わす。そんな中、



「お、凡太じゃん! おはよう!」



 後ろから声を掛けられた。



「おはよう、球也。今日は主力組も朝練は無しか?」



 振り向くとそこには、俺と同じ坊主頭の癖に、やたらと爽やかイケメンな男子が、白く輝く歯をキラリと見せながら、挨拶してきた。


 彼は早井球也。俺と同じ一年生ながら、所属する野球部ではエースで四番を任されている。そこまで野球の強くないうちの野球部が、球也の存在だけで、ダークホースになるほどの実力の持ち主だ。


(マンガやラノベで良くある設定が、まさか目の前に居るんだからなぁ)


 球也の他にも、全国には高校生で160キロを投げる奴も居るくらいだ。球也位の奴なら、もしかするとたくさん居るのかも知れない。



「あぁ、監督がテストの時くらい、学生らしく勉強しろと五月蝿くてな」



 後頭部をガシガシ掻きながら、「それでも、勉強そっちのけでバット振ってたけどな」と笑うところがいかにも野球馬鹿な球也らしい。


 そんな球也とは、高校で友達になった。なんで俺なんかが?と思うだろうが、何と球也から声を掛けてきたのである。


『君、坊主だけど、もしかして野球部?』


 入学式が終わって、教室に戻った時に、後ろの席だった球也がそう言ってきたのが切っ掛けだった。……今、冷静に考えると、少し失礼な言い方だな。俺が坊主だったのは確かに野球部に入部する予定だったからだけどさ。


 俺の父親は、野球が大好きだ。主にビール片手にナイターを見る方だけど。なので、自分の子供達、つまり俺たち兄弟に小さい頃から野球をやらせていた。だけど、兄である民男たみおは勉強に、弟であるひとしは野球以外のスポーツ全般にそれぞれ興味を持った為、仕方がなく俺だけが野球を続けていた。


 小さい頃からやっていた野球だけど、それほど得意ではない。中学の時も野球部だったけど、一回もレギュラーにはなれなかった。高校に入ってからも変わらず補欠。だから、高校ではレギュラー、主力組になる事が取り敢えずの目標である。



「大丈夫か、球也。 今日の期末テスト、お前の苦手な数学があるぞ」

「大丈夫だって! 前の中間も、困ったら鉛筆転がせば何とかなったからさ」



 と、俺の肩に腕を回して、あっはっはと笑う。球也よ、それは選択問題しか使えないぞ?



「あ、球也くんだよっ」「ほんと!朝からラッキー!」



 俺らと同じように、校門から昇降口に向かっている女子生徒が、球也を見て色めき立つ。

 それも、しょうがない。 野球部のエースで四番、顔も性格も良いし、身長も180センチを越えているのだ。モテない方がおかしい。身長167センチの俺からしてみれば、180センチは正に夢の大台だ。エースで、四番、イケメンで、高身長。人生イージーモードだな。



「さて、今日も張り切って、鉛筆転がすか!」



 言っている事は最低なのに、何故か様になる球也に、すでに嫉妬なんかはぶっ飛んでいる。何をやっても勝てない相手には、嫉妬すらジャンピング土下座で逃げ出しているのだ。



「球也くん、カッコいいね!」「なんか、となりの学校の子が告ったみたいよ?」「「ええ~っ!?」」



 ……前言撤回だ、やっぱり非常に羨ましい……。



「ま、赤点追試だけは回避しようぜ、球也」

「おう!」



 そんなやり取りをしながら、俺たちは昇降口をくぐっていった。


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