第十七話 止めて上げて! 俺のライフはゼロよ!
≪うおっほんっ!! 一部って言ったじゃないですか。 さて次ですが……≫
大きな咳払いで、部屋に漂った微妙な空気を、有名な消臭剤の様に一変させる女神。
≪次は平さんが行ってきた悪い事、つまり悪行ですね。それを振り返りましょう≫
「……見るのが少し怖い気がする……」
≪大丈夫ですよっ。すでに過ぎた過去なんですから≫
「確かにそうなんだが……」
俺の覚悟が決まる前に、≪それじゃあ、行きますよぉ≫と、女神が掛け声を上げると、壁に映ったプロジェクターの砂嵐が、パッと入れ替わる。
そこは、先程の善行の時も出た小学校、のどうやら廊下の様だ。その廊下では、女子が三人、雑談をしている。
と、そこに二年生位の坊主頭の男子、——どこからどう見ても俺だ——が、忍び足で近寄っていく。その近くの教室では、女子に近付いて行く俺を応援するかの様に、小声でなにやら応援する男子、あれは確か、二年生の時にクラスメイトだった、竹中くんと中山くんだ。
(あ~、思い出した……)
見るのを恐れた俺の勘は、どうやら正しかった様だ……。その後に画面の俺が何をするのかを思い出したからだ。
画面の中の俺は、雑談している女子にひっそりと近付いて行く。
(おい、止めろ……)
画面の中の小2の俺に向かい、止める様に声を掛ける。が、そんなことは無意味だ。そこに映っているのはすでに起こった過去なのだから……。
そして、三人の女子の一人、赤いスカートを穿いた子の背後に忍び寄った小2の俺は、その女の子のスカートの裾に手を掛ける。
(……止めてくれ……)
だが、願い叶わず、小2の俺はスカートに手を掛けたまま、一気に腕を振り上げた。——そう、所謂スカート捲りだ。
相変わらず音は聞こえないのだが、スカートを捲られた女子は悲鳴を上げ、捲られたスカートを押さえ、他の女子は逃げる俺を非難し、俺は竹中くんと中山くんの元へ駆け込み、その竹中くんと中山くんは俺から逃げ出すという地獄絵図が展開された所で、映像が変わる。
≪う~ん、女の子には優しくしないとモテないですよぉ? さて、次は何かなぁ?≫
「……それは、当時の俺に言ってあげてくれ……」
その後の俺が、女子から総スカンを食らったのは、言うまでも無いだろう。
「……次は何が映るんだ……」
たった一つの悪行を見せられただけで、心に消えない傷を負わされた俺。しかし、無情にも映像は続くようだ。
次に映った映像では、住宅街が映っていた。なんの変哲も無い住宅街の映像に、俺は首を傾げる。一体こんな所で、俺は何をしたというのだろうか?
すると、中学時代の学ランを来た俺が、肩にバットケースを担いで歩いてきた。どうやら、中学校の部活帰りの様である。そう言えば、若干辺りが暗い。夕方過ぎの様だ。
とはいえ、その映像を見ても、俺に心当たりというものが全く思いつかない。一体何をしたっけ?
すると、映像の中の俺は、体をブルリと震わすと、急にモゾモゾとし始め、ソワソワとし、そして周りを見始めた? ん、何だ?
キョロキョロした後、家の塀に向かって立つ俺。……おい、まさか……!?
少し経つと、俺は再びキョロキョロとし、何かをしまった後にそそくさとその場を後にする。俺が去ったその家の塀には、何かで濡れた跡が……。
≪……最低ですね……≫
「ごめんあやまるからもうやめてくださいおねがいします」
その場で正座をし、光の玉に向かって土下座をする俺。すでに俺の体力ゲージは残されていない。
しかし、
≪それは聞けません、平さん。あともう一つ見てもらわなければ≫
「なぜ、俺がこんな仕打ちを受けなければならないのですか?」
涙を流し、訴える。俺が一体何をしたというのだろうか。ただオパーイを愛していただけなのに……。
≪済みません。これからキチンと善行を行ってもらう為には、過去の悪行を本人に見てもらい、悔い改めてもらうってのが良いと思ったので≫
そう言った女神の口調には、若干どころかたっぷりと、俺を虐めて楽しい感が感じられる。
「あど、何回ごれを味わえば、ごの地獄から抜げ出ぜるのですくゎ……?」
涙に鼻水に冷や汗、おまけにヨダレまで流して質問した俺に、
≪まぁ、そう泣かずに……。あと一つだけですよ≫
「あど、一づ……?」
≪はい。——あ、始まりましたよ?」
「ぅあ……」
まるで、生まれたての赤ん坊の様な声を上げて、流れ始めた映像に目をやる。あと一つなら、なんとか耐えられそうだ。
そこは、先程と同じような住宅街。その街並みを見る限り、どうやら家の近くの様だ。
その推測が正しかったようで、小学生の俺が道を歩いている。坊主頭だから、恐らく小学校高学年みたいだ。
その小学生の俺は、どこからか拾ってきたらしい、木の棒を振り回している。……子供って、木の棒とか拾うの、本当に好きだよね……。
暫く道を歩いている俺。恐らく家に帰っているのだと思う。すると、歩くその先の道端に、一個の石ころが落ちていた。
(……これ、か……)
それだけで、この後に一体何が起こるのかを察した俺。この後に起こるソレは確かに悪行である。
道端に落ちている石ころを見つけた映像の俺は、嬉しそうな馬鹿面を浮かべてその石ころを拾う。そして、木の棒を持つ反対の手とは逆の手でその石ころを持つと、ジャグリングよろしく、手の平の上でポンポンと跳ね上げていた。
もう、お分かりだろう、この後に起こる事を……。
≪……特に何かしそうな感じはしませんねぇ?≫
光の玉を明滅させて、女神はそう口にした。どうやら、女神はまだ分からないらしい。
そんな時、映像の中の俺は徐にその場で立ち止まると、ギュッと石ころを握る。そして手の平を開くと、先程よりも高くその石ころを上空へと放り投げた。
≪——えっ、まさか!?≫
さすがの女神も解った様だ。その後の展開を……。
映像の中の俺、上空に放り投げたその石ころを睨むと、きらりと目を光らせる。そして、木の棒を両手に持つと、当時野球少年の憧れだった外国人助っ人が打席で見せる、独特な構えになると、
カキーンッ!
重力に引き寄せられる様に落ちて来たその石ころを、あろう事か打ちやがったのである。
住宅街のど真ん中でそんな事をすれば、どうなるかなんて明白だ。
ガシャーンッ!!
近くで聞こえる、ガラスの割れる音。見れば、数件先にある家の二階の窓に大きな穴が開いている。場所が場所なら、人生初めてのホームランになっているだろう飛距離を叩き出していた。
ガラスの割れる音を聞いて、顔を青くさせる俺。キョロキョロと周りを確認し、盗塁練習でも見せた事の無い速さで、その場から逃げ出していった所で、映像は終わった。
≪……≫
「……」
≪……≫
「……何か言ったらどうなんだ?」
≪……いえ、別に……≫
女神のその言葉には、罪を咎める含みは無く、むしろ憐憫の感情が含まれていた。
「——いや、俺はもっと悪い事もしていたと思うぞ?!」
≪……例えば、どんなのです?≫
「……そうだ、な。……あ、そうだ! 昔な、近所に俺にしか吠えない生意気な犬が居てな。あまりにも俺にしか吠えないから、ムカついた俺はその犬の顔にマジックペンで太っとい眉毛をかいてやったんだよ。そうしたら、その犬の飼い主が見ていたんだろうな。俺ん家に凄い剣幕で怒鳴り込んできてよ。何とかその場は謝って、お引き取り願ったのだが、その後母さんを見たら、泣いていたよ。……そうさっ、俺は生みの親である母さんを泣かしたことがあるんだ!!」
さぁ、どうだっ、俺って極悪人だろと言わんばかりに光の玉に言うが、
≪……平さん、貴方って人は……≫
と、女神の声にさらに憐憫の度合いが増すだけであった。