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第十二話


シマリス族の女性と二人になってしまって少し気まずい俺は、村へと走り去り、見えなくなったシマリス族の男性、スクさんをいつまでも見つめるシマリス族の女性──ロルさんだったか──に話し掛けた。



「あ、あのう、済みませんが」

「──!? う、動かないで!」



話し掛けた途端、ガバっと俺へと振り返るロルさん。ロングスカートから出た尻尾が激しく逆立っている。どうやってスカートから尻尾を出しているのかしらん?



「あ、あなた、人族なんでしょう? この村に何の用なの!?」

「何の用って……。俺達、この先の森の中にいきなり落とされまして、それで森の中を彷徨っていたら、遠くから火の粉が飛んで来て、その火の粉の元を追って行ったら、この村が燃えていたんです」



この世界に来てからの足跡、といっても──といってもほぼ森だが──をロルさんに説明する。すると、ロルさんはプルプル頭を振る。小動物みたいで可愛い。



「そんなウソを吐いても無駄よ! この村を囲う獣の森は、人族はおろか、他種族でさえ滅多に近寄らない深い森! そんな所に人族が用も無く居る筈無いもの!」

「そ、そんな事を言われてもなぁ……」



困った。エルーテルを救う為に訪れた場所が、まさかそんな辺鄙な場所だなんて思いもしていなかった。そりゃ、ゴブリンに襲われている最中、怪しい人間の話なんて、信じてくれるわけ無いよな。


(ったく、あのオパーイ女神め。この世界を救った後、覚えてやがれ)


心の中でそう毒づき、あのオパーイをどうしてくれようか等と考えていると、「ドス~ンッ!」と大きな音がした。「きゃあ!?」と、その音で驚いたロルさんが、頭の先に付いた耳を押さえてしゃがみ込んでしまう。音のした方を向くと、火の粉が天高く舞い上がっていた。多分だけど、燃えていた家が崩れたんだと思う。



「な、なに! 今の音!?」

「恐らく、燃えていた家が崩れたんでしょう」

「──そんな!? まさか、スク!? リースちゃん!?」



火の粉が舞い散る方を呆然と見るロルさん。確かさっき、リースちゃんが大変とか言って、スクさんが向かって行った方向だ。



「うそ、でしょ?」

「ねぇ、リースちゃんって?」

「リースちゃんはスクの妹よ。二人兄妹でとても仲が良くて……」

「さっき、そのリースちゃんが大変とか言ってませんでしたか?」

「えぇ、リースちゃんが倒れて来た木の下敷きになっちゃったのよ! 私を庇ったせいで……」



スクさんとリースちゃんの事が心配で、俺が話し掛けているにも関わらず、ちゃんと答えてくれたロルさん。そうか、リースちゃんはロルさんを庇ったせいで。



「って、私ってば、何にも出来ないひ(よわ)な人族に、なんで話ちゃったのかしらね」

「……ちょっと待っていてください」



剥き出しの地面に座り込んでいるロルさんの肩にそっと手を乗せる。すると、ロルさんはビクリと体を大きく震わせた。



「ちょ、ちょっとどこに行くのよ!?」

「ちょっと、人助けをしてきます」

「──え? む、無理よ! 大きな木なのよ! 私達でも無理だったのに、あなたみたいな貧弱な人族には無理よっ!」

「やって見ないと分からないでしょ?」



最後にポンと自分の胸を叩くと、ニカっと笑い掛ける。そんな俺を呆然と見るロルさん。う~ん、やっぱり球也みたいなイケメンがしないと、絵にならないかぁ。



「じゃ、じゃあ」 自分のやった事がかなり恥ずかしくなった俺は、逃げる様にロルさんの元を後にした。目指すは、未だに火の粉が舞い上がる村の中だ!



   ☆



村の地理に詳しくない俺は、取り敢えずスクさんが走って行った方──村の奥、というより中心へと伸びる道を駆けながら、ステータス画面を開いて確認する。

すると少し先に、青い光点が集まっている場所があるのを発見した。恐らくそこが、さっき崩れた家が建っていた所か、リースちゃんが動けないでいる場所のどちらかだろう。


そう当たりをつけて走って行くと、燃え崩れた家の炎に照らされたシマリス族の人達が、何やら集まっているのが見えた。



「リース、しっかりしろキュル! 今、戦士の皆でこれを持ち上げるキュル!」

「お兄ちゃん、痛いよう……」



さらに近づくと、喧噪の中からそんな声が聞こえてくる。どうやら本命の目的地の様だ。

その集団へと近付く前に、俺はもう一度ステータス画面を開き、周囲に赤い光点、ゴブリンが居ないかを確かめた。だが、周囲はおろか、この村全体を表したマップを確認したけれど、どこにも赤い光点は見当たらなかった。


(須原さん達が残ったゴブリンを倒したのか。あるいは逃げたのか……)


俺が戦ったゴブリンはそこまで知能が高そうには見えなかった。だから、逃げたとは思えない。恐らく須原さん達が全て倒したのだろう。



「他の戦士はどこ行ったキュル!? 早くしないと、このままじゃリースが!?」

「落ち着け、スク! 今、呼びに言ってる! だが、おそらくゴブリンどもの相手をしていて、こっちに来れないんだろう! もう少し待ってくれ!」

「解ったから早く来る様に伝えてくれキュル!」



周囲の状況を把握した後、ステータス画面を閉じた俺の耳に、スクさんの切羽詰まった声が聞こえて来た。予断を許さない状況に、スクさんを始め、周りの皆はパニック状態に陥っている様だ。


(周りにゴブリンは居ないし、取り敢えず人命、じゃなかった獣人救助に専念すっか)


喧騒と混乱が辺りを支配する中、「はいはい、ちょっくらゴメンよ~」と、人込みを掻き分けて行くと、「んだよ、押すなよ!」「うわ、に、人族!?」と、新たな喧騒が生まれる。俺はそれを無視すると、集団の中心へと割って入った。

そこにはしゃがみ込んだスクさんと、スクさんを少し小さくした、スクさんに似た獣人の女の子の姿があった。この女の子が、スクさんの妹のリースちゃんで間違いないだろう。リースちゃんの足先は見えず、代わりに倒木がその存在感を放っていた。



「な!? に、人族!? お前、どうしてここに居るキュル!?」

「どうしてって、そりゃあ、人助けに決まってんだろ?」

「な、何を言って──」

「まぁ、良いからそこを退いて」

「あ、ちょっと!?」



突然現れた俺に驚いたスクさん。そのスクさんの肩に手を乗せて、その場から軽く退かせると、倒れていた女の子の傍に座り込む。スクさんと同じ様に驚いた女の子は、ビクリと体を震わすが、俺はお構い無しにさらに近づくと、女の子の足を挟み込んだ倒木を見る。


(う~ん、これなら何とかなるかな)


倒木の幹の太さは、俺が思いっきり手を伸ばして輪っかを作った程度の太さ。そんなに太くは無いけれど、それでもこれを退かすなら、かなりの人手が居るだろう。──普通の人ならば──。



「これは痛かっただろうに……。待ってな、今、退かしてあげるからさ」

「お前、何を言って──」

「良いから良いから」



倒木に挟まれた足が痛むのか、時折顔を顰めるリースちゃんに、「もう大丈夫だからね」と不安を取り除く様に伝えると、文句を言ってくるスクさんを手で制しながら、俺は軽く準備運動をする。なにせ、この世界に来てから初めて重い物を持つのだ。見た目ではイケると判断したけど、俺達の世界とは違って木の性質が違って物凄く重かったとしたら、どこかを痛めかねない。日頃の運動不足がたたるサラリーマンでもあるまいし、こちとら現役の高校球児なのだ。準備運動不足で、腰を悪くするわけにはいかない。あのダ女神じゃないけれど、男にとって腰はかなり重要なのだ。……奥さんをお姫様だっこする為かな?


ペッペッと、両手に唾を吹き付け準備万端整った俺を、何故か白い目で見る周囲のシマリス族の人たち。あれ? こっちの人って、これやらないの? 不衛生?


ちょっとしたカルチャーショックを受け流した俺は、倒木の下に手を回す。そして、「フッ」と力を入れようとした時、「平君!」と、鈴の音の様なキレイな声。



「お、奥さ──、コホン、須原さん!」



思わずフライングゲットし掛けた俺は、なんとか踏み止まってその声の主の名を呼ぶと、その声の主──須原さんはパタパタと俺の元へと走って来た。そして、そのままシマリス族の集団をモーゼの様に割ると、なんと俺の胸へと飛び込んで来た!



「す、すす、須原、さんっ!!?」



意外と硬かった須原さんの着ていたライトアーマーのせいで、そのお胸様の感触があまり伝わらなかったが、それ以上に須原さんの体温と、サラサラな黒髪から漂う香りで、俺の頭は思考停止してしまう。お、女の子の香りって、ほんと最終兵器だよね?



「良かった! 無事だったんだね! ほんと、心配したんだから!」

「は、はひっ!」



ただ空気が漏れ出ただけの、情けない返事を返す俺。だが、許して欲しい。憧れの人が向こうから抱き着いて来れば、男の子ならば全員、こうなってしまうだろう。なにせ、善行進化で精神力を上げている俺でさえ、こうなってしまうのだから。

須原さんを抱き返すわけでも無く、ただ呆然となされるがままの俺。その姿に、近くにいたリースちゃんが何故か若干引いているのが伝わってくるが、そんなもの気にしない。俺はこの極楽を心の底から味わうだけだ。



しかし、良い時間は長くは続かないと昔の人が良く言ったもので──。



「ちょ、ちょっと、なにキュル!? この人族は! どっから湧いて出たキュル! もういいキュル! 取り合えずリースから退くキュル!」



と、空気を読まないリスが一匹、必死に俺らを退かそうとする。そのリスを見た須原さんが、「あら?もしかして平くんが守っていたの!? すごい! さすが平くんね!」と、俺の両腕を握り締めると、ピョンピョンと嬉しそうに跳ねた。普段見せない須原さんの行動に、もうやられまくりの俺。もう駄目、俺、今死んでも良い……。我が生涯にひとかけらも悔いは無いっ!


だが、どこの世界にも邪魔をするヤツと言うのは存在するもので、リス野郎が一匹、俺の尻をグイグイと押し、この幸せな空間から出て行かせようとする。



「お、おい、止めろって!」

「うるさいキュル! さっさと退くキュル!」

「おい、ちょっと──」

「いいから退けっ、人族!」



──プチン



「早く退け──」

「邪魔すんじゃねぇ~!!」

「キュル~~~!!??」



ドゴン!という音とともに、リスが一匹、少し白けてきた空に向かって飛んで行った。が、当たり前だ。健全な一人の男子高校生の夢の時間を邪魔したのだから。


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