第十話
パチパチと火が爆ぜる音と、言葉とは違う、だが鳴き声とも違う不快な声。そして怒号が伝わってくる中、俺達は近くにあった大きな木の幹に隠れて、作戦会議をする。
「んじゃ、これからどうするかって話なんだけど、皆はどう思う?」
本来ならこの場を仕切るのは勇者である須原さんなのだが、すでに戦いを経験している事、そして魔力の使い方に知っている事から、俺が纏める方が良いと須原さんから頼まれた。俺としては須原さんにお願いしたかったのだけど、「だって失敗出来ないじゃない?」の言葉で、俺は頷いた。
そう、これは俺達の初陣、初めての実戦なのだ! だから、念入りに作戦を立てる事にした。といっても、一介の高校生に過ぎない俺達が、まともに作戦を立てられる訳も無く、取り敢えずは無理をしないで行こうという事になった。“ガンガン行こうぜ!”なんて、所詮ゲームの中だけである。普通は“命大事に”だ!なにせ、死んだら生き返れないのだ。俺達も、そしてこの世界の人達も──。
「敵はどのくらい居るんだ、凡太?」
「ちょっと待って。……そんなに多くないな、ざっと二十匹ってところか?」
「どうして分かるの?」
「ん、ああ。それはね、相手の魔力を探知出来る魔法を使っているからだよ、須原さん」
魔力で上げた視力、そして、先ほど見たステータス画面で思い出した【マジックビジョン】と【マジックサーチ】で確認すると、ゴブリンだと思う、赤い光点が複数あるのが見える。その数ざっと、20。前にギルバードが教えてくれた。【マジックサーチ】での赤い光点は敵──自分に害する者だと。その赤い光点が、今襲われている村だろう場所に20か所も光っているのだ。
「そんな魔法まで使えるのね」
「簡単だから、須原さんも使えると思うよ。あとで皆に教えるから」
「そうね、その方が良いわね」
「効率も上がるし」と口に手を当てた須原さんに目を奪われると、「コホン」と一つ咳払いが聞こえ、慌てて視線を外す。
「えっと、どこまで話したっけ?」
「もう、しっかりしてよね、凡ちゃん!相手が20匹居るって話でしょ?!」
「あぁ、そうだった。それで、その20匹なんだけど、厄介なのが、ゴブリン同士がそれぞれグループを作っていて、そのグループ同士が距離を取っているって事なんだ」
「何が問題なんだ? 離れてるのなら、各個撃破でいいんじゃないか?」
球也が分からないという感じで首を傾けると、被っていたつばの大きな魔導士ハットも傾く。そんな、普段見慣れない球也の恰好が可笑しかった俺は、笑いを我慢しつつ、
「そうなんだが、それだと時間が掛かるだろ?そんな時間を掛けていたら、村の人が全員殺されちゃうよ」
「村に人が居るの、凡ちゃん!?」
鈴子がガバっと前のめりになって聞いてくる。地面についた右手の中指に嵌め込まれた神具の指輪がキラリと光った。
「あぁ、居る。多分50人位居るんじゃないかな」
俺は、【マジックサーチ】によって生み出された簡易マップ上の青い光点の数をざっと数えた。青い光点についてはギルバードから教わっていないが、赤=敵とするならば、青は恐らく味方、ないしは敵以外という事だと思う。その青い光点が、赤い光点から逃げる様に散り散りになって動いていた。恐らくゴブリンから逃げ惑っている村の住人達だろう。
「そんなに!? じゃあ早く助けにいかないと!」
「分かってる。でも、皆で一緒に戦おうとすると、対応するのに時間が掛かって、俺達から一番遠くの場所に居る人が間に合わなくなっちゃうかも知れないんだ」
「なら、個別に別れて戦えばいいんじゃない?」
「それだと、さすがにリスクが高すぎるわね。平くんはともかく、私達は一度も戦った事が無い、いわば素人。それが実戦でいきなり単独行動は危険よ。それに川合さんはシスターでしょう?相手を攻撃する術があるの?」
「う? そ、それは……。でも、じゃあどうするの? このままだと、助けられる人がどんどん居なくなっちゃうよ?!」
「そうだけど、私達がやられてしまったら、この村はおろかこの世界すら守れなくなってしまう。それは避けなければいけないでしょう?」
鈴子と須原さんが言い合うと、「ま、まぁ二人とも」と球也が落ち着く様に宥める。その様子に何故だか、さすが球也だなぁと感心してしまった。いやいや、今はそれどころじゃ無いな。
「コホン」と皆に聞こえる様に咳払いをして、皆の視線を集める事に成功すると、俺は思っていた事を心の中で整理しながら、「──そこで、一つ提案があるんだけど」と切り出す。
「なに、凡ちゃん?」
「うん。その前に確認するけど、俺達のやるべき事は、この世界を脅かす魔王を倒してこの世界を守る。この世界に逃げ込んだ土手を捕まえて、俺達の世界を元通りに戻させる、で良いんだよね?」
「えぇ、それで問題無いと思うけれど」
「あ、でも、この世界に住んでいる人も、出来るだけ助けてあげなくっちゃね! だって、この世界を救うって事は、この世界に住む人達を助けるって事でしょ?」
「あぁ、そうだな。鈴子の言う通りだ!」
「そうね。私達はこの世界を救う為に来たのだもの。なら、困っている人達もしっかりと救わなければいけないわ」
俺の確認に、須原さんが頷き、鈴子が補足し、それに球也と須原さんが同意した。鈴子の言う様に、この世界の住人を出来る限り助けるというのは、確かに大切だ。この世界を救った所で、この世界に住む人が誰も居なければ、この世界を救った意味が無い。
「うん、分かった。この世界の住人を出来るだけ救う。それも、俺達がこの世界でやるべき事だなって、それを皆に確認したかったんだ。でもまさか鈴子が、核心をつく様な事を言うとは思わなかったけどさ」
「な、なに~!? 幾ら凡ちゃんだからって、それは酷すぎるよ!?」
「あはは!」
ぷく~と頬を膨らませて抗議する鈴子に笑って誤魔化しながら、俺はもう一つの、譲れない、俺自身の最大の役割、いわば使命を心に刻み付ける。
(それに、俺は持てる力を全て使ってでも、皆を死なせない。絶対に!)
それが、俺がみんなと一緒に来た、最大の理由なのだから。
「──それで、俺達の目的を確認したのは良いんだけどさ。結局、凡太は何を言いたかったんだ?」
三人を代表する様に球也が聞いてきたので、俺は片手を後頭部に回して、片目を瞑った。
「この村を救う為に、俺だけみんなと別行動ってのはどうかな?」
☆
ゴウゴウと燃える、丸太で組まれたウッドハウスのような家。そこから立ち上る炎が、森の暗闇はおろか、まだ夜明け前の空を赤く照らし出す。村だからか、森に比べて広くなった夜空には、赤色と黄色の二つの月が浮かんでおり、その事が、ここが自分達の住む世界とは違う場所なのだと、俺に強く印象付けた。と、同時に、今は傍に居ない、勇者とその仲間を思う。
(三人とも、ちゃんと出来ると良いけど)
~ ~ ~ ~ ~
「それは無茶だよ!」「そうだ、凡太一人でなんて!」
「単独行動をとる」と俺が言うや否や、鈴子と球也が反対する。なので俺は、安心させる様に努めて軽く、
「大丈夫だって。俺が、あのキメラと戦って勝ったのを見たろ? あのキメラに比べれば、あんなゴブリン如き、平気だって。それに村の人達を助けるにはこれしかない──」
「──平君」
納得しない二人を説得する中、ただ一人、反対する事をしなかった須原さんは、顎に手を添えて何かを考えた後に、俺の目を見る。
援護射撃キター!とばかりに鈴子が期待しながら、「須原さんからも何か言って──」と言い終える前に、「大丈夫、なのよね?」「って、えぇ!?」とアッサリと裏切られた。
「──あぁ。大丈夫」
「なら、それでいきましょう」
「でも!?」
「平くんがそう言うのなら、大丈夫よ。それに、こうしている間にも、村の人が魔物に襲われているのよ、川合さん。グズグズしては居られないわ」
「そうだけど!」
「平君、約束してちょうだい──」
鈴子の抗議を手で制しながら、須原さんが俺に向けた顔は、真剣そのものだ。
「──絶対に死んでは駄目よ?」
「うん、大丈夫。須原さんも、皆も無理はするなよ!」
「えぇ」
「おう! 任せとけ!」
「うぅ~、凡ちゃんが居ないと少し不安だよ~……」
~ ~ ~ ~ ~
そうして、襲われた村に住む人達を効率良く救う為、須原さん達と別れた後、ゴブリンと単独で戦う事にした俺は、すぐさま【ムービング】を使って、村の反対側へと移動を開始した。
そして、作戦会議をした最初の場所からちょうど反対側へと移動し終えた俺は、ムービングを解くと、辺りを見渡す。今の所、ゴブリンも村の人も居ない。仲間も──。
自分が言い出した事なのに寂しく感じてしまうのは、ここが自分達の世界じゃないという不安からなのか、あるいはただ単に、寂しがり屋なだけなのか。それにしても、最後に鈴子が言ったのは、間違いなく本心だったな。泣きそうな顔だったし。
「そんなに心配しなくても、あの三人なら、ゴブリンなら問題無いと思うんだけど」
勿論、油断してはいけないのだが、それでも俺達は、この世界を救う為に遣わされた勇者御一行。それが最初の村の敵相手に全滅しましたじゃ、クソゲーどころの話じゃない。ゲームじゃないからイレギュラー的な事もあるかも知れないが、相手はあのキメラでは無く、ゴブリンなのだ。なら、全く歯の立たない相手じゃないだろう。
「それに、皆には神具もあるしな」
この世界に遣わされる前、エルーテルを救う為にとエルニア様から渡された、勇者とその従者専用の武器、神具。その中でも、須原さんがエルニア様から受け取った、《勇者の剣》と呼ばれた細剣を振るう須原さんを見たが、あれならゴブリン相手なら、なんの苦労も無く倒せるだろうと確信している。
あの時の須原さんは本気で振っては居なかった。にも関わらず、その剣捌きは凄かった。速さ、鋭さ、隙の無さ。どれを取ってもあの時──学校にリザードマンが現れ、それを撃退した時の俺の強さを上回っていた。あの時の俺でさえ、旗のリザードマンを楽に倒せたのだ。なら、ただのゴブリンなど敵では無いだろう。球也と鈴子は見てないが、今の須原さんなら一人であってもゴブリンに後れを取る事は無い。実際にゴブリンと戦ってみれば、鈴子の不安もすぐに消えるだろう。
「さて、俺もさっさとゴブリンを倒して、皆と合流するかな」
寂しさを紛らわせるようにわざと口に出して、心を少し落ち着けた後、アイテムボックスを開く。このアイテムボックスは、キメラ戦の時の様に黒い空間として現す事も出来るが、それとは別に、宝箱として目の前に出す事も出来るし、ステータス画面から、文字として表示する事も出来る様になっていて、とても便利だった。
そのアイテムボックスを宝箱として目の前に出した俺は、蓋を開けると中をガサゴソと漁る。意識すればすぐに見つかるが、アイテムボックスがこの世界にとってどれほどの物か判断出来ない以上、もし万一、村の人にでも見られて面倒な事になるのが嫌だった。宝箱として出した理由もそこにある。もし村の人に見られた場合、僕は近くにあった宝箱から、物を出しているんですよ~と、言い訳が出来るだろう。
多比良姫様から渡された物や、エルニア様が持たせてくれた生活用品、貨幣などがある中、一際強い存在感を放つ、一振りの刀。それこそが俺のお目当ての物。
「お、有った!」と箱から取り出したのは、あのキメラですら一刀のもとに斬り伏せた、真っ白な鞘に収められた一振りの刀。その銘、“風華雪月”。多比良姫様から渡された、“神具”を貰えなかった俺が今持っている唯一の武器。
アイテムボックスから風華雪月を取り出して、アイテムボックスを消すと、俺はそっと風華雪月を鞘から抜き放つ。
キン──と音が鳴ったと錯覚してしまう程、白く光る刀身。刀に詳しく無い俺が見ても、刀身に浮かぶ波紋の美しさに、つい見惚れてしまった。
「今は、お前だけが傍に居る“仲間”だな」
そう言って、鞘に戻した風華雪月を、エルニア様が用意してくれたベルトに差し込んだ。俺の今の恰好は、中世のヨーロッパの人が着ていそうな、丈夫な麻で編みこまれたチュニック。その下には、同じ様な素材で出来たズボンを履いている。須原さんや鈴子、球也と違って、とても庶民風だ。その服の上から、簡素なレザーアーマーを身に付け、腰にベルトを巻いていた。
俺だけ神具も何も用意されていないのは、嫌がらせでは無く、ただ単にエルニア様の神威が足りなかっただけだ……と思いたい。今着ているこの服装も、俺のジョブが判明しなかった為、仕方なく舞ちゃんが用意してくれたものだ。
「ま、下手な神具より、お前の方が頼りになるよな!」
落ち込みそうになっていたので、それを誤魔化す為に、鞘の上からそっと風華雪月をなぞると、──ㇼンと鳴った気がした。