第九話
友人から、「ローファンタジー」ではなく、「ハイファンタジー」なのでは?と指摘されてしまったのですが、どうなんでしょう……?
もしかすると、近日ハイファンタジーに変更しているかもしれません。
暗かった森の中。その空が今、オレンジ色に染め上がる。決して夜明けという訳では無く、その証拠に、火の粉の向かってくる先に進めば進む程、焦げ臭くなってきたからだ。幾ら異世界ファンタジーとはいえ、夜明けと共に焦げ臭くは上がらないだろう。
オレンジだった空が紅く濃くなるにつれ、周囲も明るくなり、周りの状況が明らかになってきた。
ゲートを出た先に広がっていたこの森は、俺達が思っていた以上に鬱蒼としていた。前にテレビで見た、南米や東南アジアのジャングルの様で、蔦や下草が覆い茂り、倒木が行く手を遮り、高い木々が空を隠す。こんな森の中を、何の道標も道具も無いまま俺達は歩いていたのかと思うと、その現実に背筋に冷たいものが流れた。
だが、今思うのはそれじゃない! 向かう先から舞う火の粉、そのさらに先だ!
「あれ、何だろ?」
そうして、赤く染まる空を目指して走ってきた俺達、その中、須原さんの後ろを行く鈴子が指差したのは、空に上がる黒い筋。──黒煙だ。しかもそれが幾筋も見える。 火元が複数あるって事だ。
「何か大きな物が燃えているんだわ! もしかすると、エルニアさんの言っていた。人の住む村か街かも!」
「村!? それって誰かが住んでいる家とかが燃えているって事!?」
「!? それはマズいな! 急がねぇと!」
黒煙を見て、推測を口にした須原さん。それに鈴子と球也が応え、俺達は走る速度を上げて行った。
そんな中、俺は知らず唾を飲み込む。もし、村が燃えているとしたら──キャンプファイヤー的なイベントじゃないとしたら、何者かがその村を襲っているという事、それを示している。という事は、ソイツ等と一戦交えるかもしれないという事だ。
(世界が滅びるって時に、キャンプファイヤーなんてしねぇよな……)
という事は、答えは一つである。その事実に、俺は密かに身を固くした。
☆
「──見えた!」
先頭の須原さんが、声を上げる。その視線の先──木々の間から見えたのは、赤く燃える炎と、オレンジ色の空、上がる黒煙。そして、複数の動く影──。
「──止まって!」
「え!?」「な、なに!?」「お!?」
俺は皆に制止する様に伝えると、戸惑いながらも三人とも止まってくれた。そうして最後尾に居た俺に振り向いた三人に、「付いて来て」と手で合図すると、こくりと頷いたのを確認して、近くの大きな木の幹に隠れる。
「どうした、凡太?」
最後に来た球也が傍に座りながら質問してきたので、俺は率直に答える。
「魔物が居る」
「「「──!?」」」
三人が息を飲む。──魔物──。それはこのエルニア様の世界を脅かす存在であり、この世界を救いに来た俺達の“敵”。俺達が戦うべき相手。その敵が近くに、あの森の燃える地点に居る。
「ほ、本当か!? 見間違いじゃねぇのか?!」
「確かだ、球也。魔物が見えた」
「そ、それってこ、怖いヤツ!?」
「いや、そこまで怖くは無い奴だ。俺の知っているヤツと同じなら、あれはゴブリンだな」
「ゴブリンか」「あぁ」 ゲームも良くやる球也には、ゴブリンの名を出しただけで解ってくれたが、あまり詳しくない鈴子が「なになに!? 強いの、それって!?」と怯えているので、
「うんとな、鈴子──」と球也が説明していた。
(ゴブリン、か。まぁ、初期に戦う敵としては、チュートリアルみたいなもんだけど)
ゴブリン相手なら、今の俺達なら油断さえしなければ余裕で倒せるだろう。エルニア様から授かった神具に、スキルもある。自分自身の力を知る上でも、戦いに慣れるという意味でも、十分すぎる相手だ。だが、この世界はゲームじゃない。死んだら本当に死んでしまうし、相手のゴブリンも、ゲームの様に弱い相手だとは限らない。現に土手が開いた下らないイベントで、ミケが相手にしたゴブリンは明らかに強かった。あのゴブリンはネームドの様で別格だとは言っていたが、今見えているゴブリン達がそうじゃないとは言い切れない。全てが不確定な今、確実な安全性を選択しないと、とても危険だ。
(だけど、いつまでも戦わない訳にはいかないもんな。ここは一つ、覚悟を決めて──)
「あの、平君。ちょっと良い?」
「ん? な、何かな、須原さん?」
こんな時でも、律儀に手を上げる須原さん。その様子がとても可愛らしくて、俺はゴブリンなんかよりも俄然緊張をしてしまう。
「私達は魔王を倒すのが目的よね? ならば魔物を全て倒さなければいけないという事は無いはず。 ならば、ここは迂回して──」
「いや、それは無理かな、須原さん」
「どうしてですか?」
「エルニア様も仰っていましたが、今の俺達は魔王を倒すにはまだまだ全然弱い。まぁ、あのゴブリンに負ける程では無いと思いますが、それでも弱いと思います。だから、アイツ等を倒してレベルを上げないと」
俺達がエルーテルに来る前、エルニア様はこう言っていた。俺達は歴代の勇者に比べ、遥かに弱い、と。エルニア様からは一人につき一つずつ神具を授けられた。だが、俺の前に召喚された勇者は、神具を三つも四つも授けられたという。それなのに、魔王に勝てなかったのだ。だとすれば、その勇者と比べ、悲しくなる程に神具の数が少ない俺達が魔王に適う筈も無い。
ならばここは一つ、ゴブリンの連中を倒してレベルアップをしなくちゃいけないのだ。死なない為に。誰も死なせない為に。そのおあつらえ向きな相手が今まさに目の前に居るのだ。倒さない理由は無い。──それに、
「あのゴブリン達、人を襲っているみたいです」
「!? そ、それは本当ですか!?」
「はい。見えましたから」
小さな人影。それらが、何かを追いかけ回しているのを確かに見た。それは俺達と同じ人型ではあるが、俺達と比べると、些か小柄だった。こっちの人達は身長が低いのかもしれない。
「見えたって、私には見えませんでしたが?」
「それは……、魔力です」
「魔力、ですか?」
「はい。この世界には魔力という僕達に馴染みの無い力というか、要素みたいなのがあって、それを使って視力を上げたんです」
このエルーテルに来てから、何があっても良いように、魔力を巡らせて五感を高めていた。でも視力と聴覚、そして嗅覚以外は使わないと思って、途中で止めていたけど。
「……それが、平君の力……。学校を襲ったワニの化け物、そして土手くんが企画した怪しいイベントの時、変な怪獣と戦っていたけれど、それと何か関係があるのかしら? 私の前に召喚された勇者だって言っていたし」
「そ、そうですね。まぁ、他にも有りますが」
須原さんに嘘を吐きたくないけれど、それでも全部を話したいと思わなかったから、ゴニョゴニョと中途半端に答えていると、
「そういえば、あの時の善行ポイントって何かしら?」
「!? そ、それは!?」
「どこでそれを!?」と聞こうとして、寸前で止める。あの時だ。俺がエルニア様に、持っていた善行ポイントを渡そうって話した時だ。
(ま、参ったな。あの時の俺は、何とかして須原さんの力になろうとしか考えていなかった)
いつかは聞かれると思ってはいた。なにせ、ただの高校生が学校を襲ったリザードマンを追い払い、街はおろか、国全体すら規律が歪んでしまった中で行われたデスマッチで、キメラまで倒したのだから、聞かない方がおかしい。それも魔王を倒すまで一緒に居る仲間、そして須原さんは勇者、俺達の代表者だ。俺達の事を知っておく必要がある。
別に答えたっていい。いやむしろ、良い機会が来たのだと思うべきなのだ。だけど、俺はそれに対する答えを持ち合わせていなかった。──いや、答えが出なかったのだ。
理由は簡単。俺が勇者召喚から逃げた事で得た力だと、知られたくは無かったのだ。それを誤魔化す言葉を用意出来なかったのだ。それを納得させるべき心の強さを持っていなかったのだ。
須原さんには、俺も勇者候補だったと伝えた。だから、何となく、俺の力に関しては察してくれる部分もあるかも知れない。でも鈴子と球也には何も伝えてはいない。鈴子も球也も事情を聞きたかっただろう。でも聞いては来なかった。その優しさゆえに。そして俺は、聞いてこなかったという事に甘えていたのかもしれない。だから、先延ばしにして来た。それが今やって来たのだ。
なるべくなら答えたい。須原さんに隠し事なんてしたくない。でも、隠したい。弱い部分なんて、好きな女の子に見せたくない。格好の良い所だけ見て欲しい。男なら誰しもが持っている、男としてのプライドだ。
「……う、う~ん」と悩む俺。それを見たのか、須原さんがフッと表情を和らげると、
「まぁ、良いわ。後で平君が話せる様になったら話してくれる? 今はまず、目の前の事からやりましょう」
「そ、そうだね」
(た、助かったぁ~)と、安堵の息を漏らす。別に悪い事をしている訳じゃ無いけれど、善行進化を使って須原さんと仲良くなろうと考えていた俺としては、どこか後ろめたさがあるのだ。須原さんはああ言ってくれたけれど、俺としては、こと善行進化に関しては当分話す気にはならないと思う。
「それで、その魔力という力は、今の私達でも使いこなせそう?」
「う~ん、どうだろう? 慣れとかあると思うし、ぶっつけ本番じゃない方が良いと思う」
「そう、残念ね」
顔を俯かせる須原さん。その顔は本当に残念そうだ。な、ならば!
「じゃ、じゃあさ! これが終わったら教えるよ!」
「え、本当!?」
「う、うん! 約束する!」
思いっきりフラグを立てる俺に、須原さんはニコリと笑うと、小指を差し出す。
「うん、約束ね平君! じゃあ、指切りしましょ!」
「う、うん!」
「指切りげんまん……」と、僕の小指に自分の小指を絡めて楽しそうに口ずさむ須原さんの顔をまともに見る事が出来ず、小指越しに伝わってくる須原さんの温もりに照れ、顔を背けた俺の目は、俺を冷やかしたくてウズウズしている鈴子と球也の顔を捕らえた。あ~、何て言って、誤魔化そうか……。