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第八話  

 

 ギャギャッ!と、今まで生きてきて一回も聞いた事の無い、鳥か何かの生き物の鳴き声が、まるで場違いな場所に居る俺達を馬鹿にするかの様に、真っ暗な森の中を響き渡って行く。



「んもう! 怖すぎるよ!」

「なんで、こんな森の中に居るんだ、俺達!?」



 俺の前を歩く鈴子と球也がキョロキョロと、真っ暗な森の中を警戒しながら文句を言うが、その文句には、俺も賛同の余地しかない。あのダ女神、なんでこんな所に俺達を送り込んだんだ!?


 ~   ~   ~


 エルニア様の部屋から、【空間移動門(ゲート)】を抜けて出た先、そこはまさしく真っ暗闇の森の中だった。暗くて遠く所か十メートル先すら見えないが、近くの様子を窺うと、俺達の世界でも自生していそうな木や、絶対に俺達の世界に生えちゃいけない奇妙な植物まで、そんじょそこら一帯が全て木、草、苔で埋め尽くされた森。


 上を眺めると、背の高い木々の枝葉が俺達から空を隠すように茂っていて、見える空はとても狭かった。これじゃあ、星を頼りに方向を決める事さえ出来そうに無い。

 さすがに文句の一つも言ってやろうと、後ろを振り向いた時には、すでに【空間移動門(ゲート)】はその存在を消していた。それを見て思い出す。魔王を倒さない限り、片道切符なのだという事を。



「取り合えず、灯りを点けましょう」



 一番最初にゲートを抜けた、この冒険の主人公である勇者の須原さんが、なにやらガサゴソと着ていた服のポケットを探り始めた。



「なになに、須原さん。何か持って来ているの? 懐中電灯?」



 その様子に、鈴子は須原さんへと近づいて行く。おい、鈴子よ。懐中電灯を持ち歩く女子高生なんて居ると思うか?



「さすがに懐中電灯は持って来てはいないけれど、何か灯りになりそうな物くらい有ると思うの。この服も鎧もエルニア様がご用意してくれた物だもの。こうなる事を予想して、何か入っていないかしらと思って……、あら?」



 鈴子に説明しながら、ポケットを探っていた須原さん。そのポケットに何かを見つけたらしく、取り出して見せた。が、暗くて良く分からない。何か、小さな箱みたいだけど……。



「なになに!? 何があったの!?」

「ちょっと待ってて……。たしか、こう……」



 鈴子の期待に満ちた声。さすがに懐中電灯では無さそうだが、何も無いよりかはマシとばかりに、須原さんの行動を注視する。と──


 ──シュッ


 どこかノスタルジックな音と共に生まれたのは、この大きな暗闇の前では、無力に近い様なとても弱々しい火。それが、小さな木の棒の先でチリチリと燃えていた。もしかして、それって……



「……マッチ、ね」



 須原さんが、特に感情の籠もらない、聞きようによってはとても呆れている声質で、手に持っているソレ──マッチ箱を俺達に見せた。



「マッチ?」「マッチ……」「……」と、マッチ箱を見せられた俺達が三者三様の反応を示す。さすがの球也も呆れているようだ。俺に至っては声すら上げていない。


「マッチでどうすれば良いのかな?」と前向きな、いや、現実を見たくないだけかも知れない鈴子が須原さんに問うと、須原さんは変わらない口調で、



「分からないけれど、これを頼りに歩けって事かしらね」

(いや違う! 絶対に違う!)



 成績優秀なはずなのに、どこか抜けている須原さん。舞ちゃんの事を尋ねた時も思ったけれど、須原さんは俗に言う天然さんなのかもしれない。


 そんな須原さんが、消えたマッチの消しくずを見て、



「取り合えずマッチはまだ有るから、これで何とか前に進みましょう」



 と、次のマッチを取り出すと、シュッと火を点けた。ほんと、大丈夫かな?



 ~   ~  ~



 結論、駄目だった。


 当たり前だ。こんな真っ暗な異世界の森の中、マッチの灯りだけで何とかなる筈も無い。にも関わらず、消しくずと化したマッチ棒を辿れば、元居た場所に戻れるんじゃないかって位にマッチ棒を消化してしまった。マッチ売りの少女でさえ、もっと大切に使っていたぞ!?



「……あ、これで最後みたい」

「え?」



 そして、その時は唐突にやってきた。マッチが無くなったのだ。最初の一本に火を灯してからまだ十分くらいしか経っていないのに、である。



「あ~、最後の一本なんだから、慎重に使わないと駄目だよね」

「ちょ、ちょっと待って! 今、何か燃える物を探すから──」



 最後の一本になるまで、その重要性に気付いていなかったかの様に言う鈴子。もっと早くその事に気付くべきだったのだが、それを指摘しなかった俺も悪い。だが今は後悔するよりも、何か燃える物を探す方が先決だ。とにかくマッチ以外に火種が無い俺達なのだ。その火種が無くなってしまえば、これから先、俺達の行く手を照らす物が無くなってしまう。なので俺は、暗闇の中でしゃがみ込んだ。マッチ棒なんかよりも、もっと長く燃え続けられる様な適当な何か──例えば木の枝あたりを探す為に。だが、下は固い土と落ち葉らしき感触しか伝わってこず、木の枝は見つからない。すると、「あ!?」と頭上で、須原さんが焦った声を上げる。



「なになに!? 何か居たの!?」

「……落としちゃた……」

「……え?」



 その声に驚いた鈴子が、パタパタと須原さんの元に行くと、消え入りそうな声で須原さんが悲しい報告をする。お、落としたって、まさか最後の一本!?



「さ、探そう! ね!?」「う、うん!」「ど、どこら辺!?」「暗くて見えん!」



 俺達は須原さんの傍に寄るとしゃがみ込んで、落としたマッチ棒を探す。今はそのマッチ棒だけが頼りなのだ!だが、暗くて全然見つからない。



「おい球也! そっち探したか?」

「え、なんだって──」


 ──パキッ!



「あ……」



 ~  ~  ~  ~



 時折聞こえてくる、正体の分からない鳴き声も、どこか先ほどよりも大きくなっている様な気がしてきた。


 最後の希望(マッチ)を失った俺達は、真っ暗な中、先頭の須原さんの勘を頼りに進んで行く。もう俺達に灯りという物は無い。暗闇の中、進むしか無いのだ。


 そんな俺達は、相手の肩に片手を乗せながら歩く事にした。真っ暗な中、せめて(はぐ)れない様にと考えた結果だ。



(前が須原さんだったらなぁ)

「ん?何か行ったか、凡太?」

「いや、なんでもねぇよ」



 前を歩く球也が振り向いた。暗くて顔までは見えないが、その様子だけは何となく解る。そんな俺と球也は結構大人しく歩いているのだが、問題は──



「ここって、怪物が居るかもしれないんだよね?」

「イヤァ! 今、あの奥で何かの目が光ったぁ!?」

「ひっ!? 何か踏んじゃったかもぉ……」



 鈴子である。ハッキリ言ってかなり五月蠅い。だがそれもしょうがない。幾ら勇者とその一行だとしても、普通の女の子だ。こんな真っ暗な中を歩けば、怯えてしまうもんだ。


(でも、須原さんは一言も発しないよな。さすがは女神に選ばれた勇者って事か)


 鈴子とは対照的に、須原さんはさっきから悲鳴一つ上げていない。さすがは勇の者、である。


 そんな中、魔力を使って上げていた五感の一つ、聴力が何かを拾う。なにか、お経の様な……。

 それは鈴子の前、須原さんの方からだ。まさか、何かのモンスターか!?


 軽く身構えた俺の耳は、少しずつハッキリとその音を聞き分ける。ん、なんだろ?お経じゃないな。なんか、聞いた事のある様な……。


(どっかで聞いた様な……。どこだっけ? ──あ、授業だ!)


 ポクポクチーン!と、答えが出た瞬間、その音がなんだかハッキリと解った。



「……半径×半径×3.14……。底辺×高さ÷2……」



 面積の求め方だ。しかも円や三角形などの比較的簡単な、小学校で教わるやつだ。そして、声の正体も解った。須原さんだ。須原さんも怖くて、それを紛らわせたくて面積の求め方を呟いていたのだ。


 勇者とはいえ、女の子。しかもこんな暗い中を先頭に立って進む怖さもある。だけど俺達に心配掛けまいと、我慢していたのだ。恐らく、自分がマッチを落としてしまった責任を感じて。


(くそっ! 魔法かなんか無いか!?)


 好きな女の子にそんな我慢をさせていたのか!と、自分に対する怒りが増す。須原さんの力になると決めて付いて来たのに、何も出来ない事の歯痒さを感じた俺はステータス画面を開いた。ちなみに皆、自分のステータス画面を開く事が出来る。このエルーテルに来る前に、エルニア様からそれぞれ説明を受けたからだ。俺は前から開く事が出来ていたけど。

 そして、その時に言われたのは、お互いのステータスは見えない、という事。「だって、女の子には秘密にしたい事があるじゃない?」とエルニア様は見えない事に関してそう説明をしていたけれど、他に何か理由がある様に感じた。何が?というのはハッキリとは分からないが。


 開いたステータス画面、その中に使える魔法の一覧というのがあったけど、【マジックビジョン】【マジックサーチ】、そして、【ムービング】と【ファーストエイド】と書かれている他には、何も書かれてはいなかった。マジックビジョンとマジックサーチ、そしてムービングは解るが、ファーストエイド? ……あぁ、キメラ戦で使った回復のやつか。あれ、魔法だったんだな。


(俺の好きなラノベとかなら、生活魔法とかいって、そこ等辺の魔法は標準装備なはずなんだがなぁ)


 お目当ての魔法が使えない事に肩を落とす俺。──すると不意に、目の端にチリついたモノが横切る。それはまるで火の粉のような?


(まさか、消し忘れたマッチのせいで森火事に!?)


 バッと後ろを振り向く。もし、俺達の捨てたマッチ棒が原因で森全体が燃えでもしたら、行く先も分からない、どこに逃げて良いのかも分からない俺たちにとって、とても危険だ。


 だが、俺の心配は杞憂に終わる。後ろには火の粉の類は見えず、さらに言えば、火の粉は俺たちの後ろからではなく、俺たちが進もうとしている方向から降り落ちてきているからだ。もし俺たちの捨てたマッチのくずが燃えたのだとしたら、俺たちの後ろ側からのはず。前から降ってくる事はあまり考えられない。



「ん?なんだ、コレ?」 火の粉に気付いた球也に、「何か、燃えてる?」と、答える鈴子。そして、「急ぎましょう!」須原さんの声が真剣なものへと変わり、俺達は火の粉が舞い来る前方へと走り出した!


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