第五話
「さて、我がエルーテルを救う皆さんに、私から一つずつ渡したい物があります」
エルーテルを救う為、決意を新たにした俺達にエルニア様がそう告げた。一体、何を渡すというのだろうか?
「渡したい、物?」と、鈴子が問う。声に出しては居ないが球也も、そして須原さんも同じ事を思っている様子だ。
「はい。先ほどもお話しましたが、本来ならばエルーテルを救って頂く為に、勇者である方にはそのお役に立てる様、強力な武器や防具、アイテムをお渡しするのですが、今回は私が不甲斐ないばかりにご用意出来ず、皆さんにはご迷惑をお掛けする事になりました」
そこで、深々と頭を下げるエルニア様。それを見て、須原さんが手をパタパタと振って否定する。
「そんな事は無いですよ。ほら、現地の人と話せる能力も与えてくださいましたし。それに、力は現地で鍛えますから大丈夫ですよ」
「そ、そうそう! 女神様からアイテムを貰わなくても、何とかなりますって、なぁ?」
「そ、そうですよ! それに強さなら凡ちゃんが居ますから、大丈夫ですって」
と、三人が必死にフォローする。おい、鈴子よ。俺が強い事と、エルニア様が武器やアイテムを用意出来ないのは、全く意味合いが違うからな。
と、その三人のフォローを受け、下げていた頭を上げるエルニア様。だが、その顔に悲壮感は無く、逆にどこか嬉しそうな顔を浮かべている。なんだ、一体?
「皆さんの優しさ、本当に嬉しく思います。ならばこそ、私も全力で皆様をお支えしなくてはなりません。そこで──」
「うむ、わらわの番、というわけじゃな♪」
「多比良姫様?」
ズイっとエルニア様の前に出る多比良姫様は、腕を組んで偉そうに胸を張る。
「多比良姫様の番、ってどういうことですか?」
「うむ。わらわの神威を、エルニア差し出そうと思っておるのじゃ。エルーテル救済の為にも、の」
「えぇ!? そんな事をして大丈夫なんですか?!」
エルーテルほどでは無いにしろ、多比良姫様たちが見守っている俺たちの世界も、土手のせいで滅茶苦茶になってしまった。すぐに元通りとはならないだろうが、元通りに修復するのに、力が必要になるだろう。その時、神威とやらが無くても大丈夫なのだろうか?
そんな心配が顔に出ていたのか、俺の顔を見た多比良姫様が、「フフン」と得意げに笑うと、
「な~に、心配せずとも、あの世界にはわらわの他にも様々な神々がおる。わらわ一人が神威を失った所で何てことは無いのじゃ。それに──」
「それに、何ですか?」
「親友が困っておって、その救済にわらわの世界の小僧と娘が行くというのに、餞別の一つもくれてやれなくて、何が神様じゃ!って思っての」
「多比良姫様……」
にこぱっと笑う多比良姫様。見た目は和服姿の幼い少女だというのに、やはりそこは神様、俺達の事をしっかりと考えてくれていて、とても嬉しかった。
そう思ったのは俺だけでは無く、俺の隣に立つ鈴子や球也も、「神様……」と一様に感動していた。あれ? 多比良姫様の事、神様だって紹介したっけ? まぁ、良いか。
「こほん。そんな目で見られると恥ずかしいから、あまり見るでないわ! それに、わらわの神威も、さっきお主らを呼び寄せた際にかなり消費してしまったからの。あまり期待せんでおくれ」
そんな俺達の視線に気付いた多比良姫様は、身を捩る。案外、多比良姫様は人見知りの所があるから、恥ずかしかったのか。いや、単純に多比良姫様が住むあの屋敷に誰も居ないだけなのかも。
「……という訳で、多比良ちゃ……、こほん、多比良姫のご厚意によって、微力ながら能力と武器を授けられる事になりました」
「おぉ!!」
多比良姫様の肩にポンと手を置きながら、エルニア様はニッコリと微笑む。だが、その頬に一筋の汗が流れているのは、多比良姫様の事をまた愛称で呼びそうになって、多比良姫様から睨まれたからだな。自分の神威を提供する多比良姫様は、多少意味合いは違うかも知れないけれど、エルニア様にとってスポンサーみたいなものだしな。怒らせると怖いし、スポンサー……。
魔王討伐の支援を受けられると聞いて、声に出して喜ぶ球也。声こそ出さないけれど、須原さんも鈴子もどこかホッとした様な、嬉しそうな顔をしている。ああは言ったものの、やはり何も援助無しにエルーテルに行くのは不安だったのかもな。
「──では、それぞれに力を与えたいと思いますので、私の前に一列に並んでもらえますか?」
☆
エルニア様の前に立つ俺達、その先頭は須原さんだ。
須原さんはエルニア様へと一歩近づくと、自然と跪いた。女神様の前に跪く勇者。なんとも絵になる光景なのだが、その勇者である須原さんは相変わらずのパジャマ姿なので、どこか締まらない。俺的には、須原さんのもっともプライベートな姿であるパジャマ姿が見れて嬉しいのだが、さすがにこれから救世しに行こうっていう恰好じゃないな。
その点はエルニア様も思っていたらしく、
「勇者様。そのお召し物も大変可愛らしいのですが、さすがに今回の旅路に於いては不都合もあるでしょう。これから差し上げる神具とは別に、何か準備させますから、その中からお好きな物をお召しになってください」
「……はい」
跪いた須原さんがそっと自分の恰好に目を落とすと、その後、何故か俺を見ては顔を赤くし、俯く。な、なんだろ? もしかして、俺がジロジロと見過ぎていたのがバレたのかっ!?
アワアワと、何か良い言い訳が無いかと考えている俺をよそに、
「さて、それでは勇者──、……何と及びしましょうか? 男性の方は勇者と呼ばれる方が喜ばれる事が多かったのですが、女性の方はお名前で呼ばれる事を好んだ方もいらしたので。希望は有りますか? 特に差し支えなければ、このまま勇者とお呼びしますが?」
「……そうですね。お呼びし易い形で良いと思います」
「そうですか。……ならば、勇者と。では改めて勇者よ。そなたには、エルーテル救世の補助として、こちらの勇者の剣と、【剣聖】のスキルを与えます」
そう言ってエルニアが、持っていた金の大錫杖を「シャラン」と鳴らす。すると、何処からともなく生まれた光が、エルニア様の前に収束していき大きな塊になったかと思うと、ビカッ!と強い光を放つ。
「きゃっ!?」「うあっ!?」と、須原さんの後ろで列を組んでいた鈴子と球也がその強い光に驚くが、跪いていた須原さんは声一つ上げずに、ただ頭を下げている。そんな須原さんに、
「お待たせしました、勇者よ。これが救世へと赴く貴女の神具──つまりは勇者専用の武器、という事になります」
「私専用の、武器……」
光の中から生まれたソレを両手で包む様にそっと掴むと、顔を上げた須原さんに差し出すエルニア様。それを、まるで慈悲でも受けるかの様に手を伸ばし、受け取った須原さんはまじまじとソレを見る。
それは細剣だった。革の巻かれた握りと細剣特有の護拳は白銀で出来ているのか白い輝きを放ち、鍔とそこから伸びる刀身は、同じ白銀で出来ているのだろうが、白の中に微かに藍色を感じる不思議な色合いをしていた。
その細剣を受け取った須原さんは徐に立ち上がると、エルニア様に一つ礼をしては、スッとその場を離れる。そして、細剣の握りを掴むと、
「──ふっ!」
一拍吐くと、振り下ろす。その無駄の無い剣捌きに思わず目を見開く。
「ふっ!しっ!はぁっ!」
その後も連続して、まるで細剣の様子を窺う様に、その藍色に光る刀身を下ろし、薙ぎ、突く。その所作にはまるで、新しいオモチャを与えられた子供が戯れる様に、いや、それ以上の無邪気さが感じられ、そして、どこの絵画にも負けない程の美しさと犯し難い気品があった。
「……きれい……」と呟く鈴子。その声で区切りをつけたのか、「ふぅ」と軽く息を吐いた須原さん。振っていた細剣の刀身を見つめながら、
「凄い……。それはそうと、どうして私がフェンシングを嗜んでいる事をご存知なのですか?」
「それは──」
「──わらわに決まっておるじゃろ」
「神様……」
「わらわの世界の人間の事なぞ、全て知っておるわい。お主が何を好み、何を疎み、何を食べ、何をし、そして、何を望んだのかも、な」
「……そう、ですか」
スッと細剣を下ろした須原さんが少しだけ顔を下に向けたのは、一体何を思っての事だったのだろう。
が、それも一瞬だけ。すぐに顔を上げると、そこには柔らかい笑みを浮かべていた。
「有難う御座います。これがあれば、女神様の世界を救うのも、少しは楽になると思います」
「そう言って頂けると、こちらも嬉しいです。その勇者の剣を持って、私の世界──エルーテルを救ってください。宜しくお願い致します」
「はい!」
力強く返事をした須原さんは、いつの間にか用意された白い鞘にその刀身を滑らせる。すると、こちらもいつの間にか傍に居た舞ちゃんに「どうぞ、こちらへ」と、どこかへと案内されると、フッと二人の姿は掻き消えた。あぁ、着替えに行くのか。じゃあ、あのパジャマ姿はもう見れなくなっちゃうんだな。う~ん、残念。
宇宙の様に光の点が、まるで宝石の様に辺り一面で光り輝くこのエルニア様の部屋は、ただ広いだけの空間だと思っていたのだが、どういう構造になっているのかは分からないけれど、見えないだけでどこかで仕切られているのかもしれないな。
「じゃ、じゃあ、次は私の番かな!?」
お宅訪問の様に、ジロジロキョロキョロと辺りを窺っていた俺の耳に、張り切り興奮し、しかし何処か緊張感をも感じられた鈴子の声が届く。振り返るとエルニア様の前には、胸の前で手を組んで、エルニア様に期待を込めた視線を送っている鈴子が居た。
その視線を受けたエルニア様がコクリと頷くと、
「そうですね、勇者の従者。でもその前に、まずはあなたの適正から視てみましょう」
「適正、ですか?」
「はい。適正です。貴女が何を得意とし、そして何を不得意とするのか、それを探る必要があるのです。そうしないと貴女が必要とする神具が分かりませんので」
「はぁ、そうなんですか」
エルニア様の説明を受けて、鈴子はポカンとした顔を浮かべている。あー、ありゃ言われた事の三分の一も理解してないぞ。
それがエルニア様にも伝わったのか、「コホン」と小さく咳払いをすると、幼い子供に言い聞かせるかの様に、ニッコリと微笑んだ。
「そうですね。貴女たちに解り易い様に言い換えるのなら、【ジョブ】を調べるって感じですかね」