第四話
「それで、これから何をすれば良いのでしょうか?」
須原さんと共に行く仲間が決まった事で、改めてエルニア様に今後についての反しを振る須原さん。その後ろで、
「やっぱり凡太も行くんだな」
「うん、そうなった。ってか、球也。さっき俺の事、見て見ぬふりしただろ!?」
「ん? そうだったか?」
と、一緒に行く事を了承した球也と軽口を叩き合う。そこに、
「それはともかく、凡ちゃんも一緒に行ってくれる事になって良かったよ」
「そうか?」
「そうだよ。あのヘンテコだけどとても強かった動物を、凡ちゃんは簡単に倒しちゃったじゃない? これから行く所ってとても危ない所なんでしょ? だったら、強い凡ちゃんが一緒なら安心じゃない!」
と、こちらも一緒に行く事を決めた鈴子が、にこぱっと笑う。ちなみにヘンテコで強い動物とは、土手の呼び出したキメラの事だ。
「安心って。今回の勇者は須原さんなんだ。だから、須原さんが一番強いんだぞ?」
「えぇ~、そうかなぁ? それに、女の子に強いなんて言わない方が良いと思うよ?」
「え? そうなの!?」
「あぁ、そうだぞ凡太。そんな事を言って、喜ぶ子なんていない」
「ま、マジか!?」
「──こほんっ!」
自分の後ろで、まるでこれから始まる遠足が楽しみで仕方無い子供の様にはしゃぐ俺達を、注意する先生の様に強めに咳払いをする須原さん。その様子を苦笑いで見ていたエルニア様が、
「まずは私の力で、皆さんをエルーテルへと送り込みます。ですが、今のエルーテルの状態がはっきりと分からないので、その送り込む所が絶対に安全とは言い切れません。なるべく安全だと思われる所に送るつもりでは居ますが……」
と軽く俯く。「エルニア様……」と、その様子を心配気に見つめる舞ちゃん。
「そうですか。それで、現地に着いて、私達は何をすれば良いのでしょうか?」
「恐らくですが、近くに人の住む村か街がある筈です。なので、そこの住人にエルーテルの現状を聞いてください」
「住人、ですか。言葉が通じるのでしょうか?」
「心配には及びません。皆さんには、エルーテルで標準的に使われている、エルーテル共通語が理解出来るスキルをお付けしますから」
須原さんの質問を受けて、顔を上げて説明するエルニア様。その口からスキルという言葉が出て来た事に、「おぉ、スキル!」と騒ぐ球也。俺ほどじゃないけれど、球也もRPG系のゲームが好きなヤツなだけに、スキルという言葉は心躍るモノがあったのだろう。
そんな球也をよそに、須原さんは質問を重ねていく。
「現地の方にお話しを伺うのは分かりました。が、それとは別に、エルニアさんからも、魔王に関して、知っている事を全て話してもらえますか?」
「私から、ですか?」
「はい」
「そうですね……」と、その細い指を口元に持って行くと、少しの間考えるエルニア様。そのとても絵になる姿に、球也だけでなく同性である鈴子ですら、「キレイ……」とウットリしていた。すげぇな、同性すら魅了するのかと呆れていると、
「……私の世界、エルーテルでは定期的に魔王が生まれます。それは、世界の秩序を保つ為です。ある一定の種族だけが増えすぎてしまうと、世界の理が崩れてしまいますから……」
「なるほど……」
頷き、理解を示す須原さん。そこでなるほどと思えてしまうのは、俺みたいな感情だけではなく、その世界の理とか、そういう色々な物差しで物事を考えているからなんだろうな。
「今までの魔王は、私の召喚した勇者によって、期間の長短はあれ、討たれてきました。ですが……今回の魔王は、強過ぎる……。今までとは比較にならない程に……」
さらに説明を続けるエルニア様。が、話が現魔王の事になると、その体を小刻みに震わす。それはハッキリと魔王の脅威に恐怖しているのか、それとも、その魔王に殺されていくエルーテルの住人を思ってのことか。あるいは両方、だろうか。
「話は分かりました。それで、その現魔王ですが、どれほど強いのですか?」
須原さんが、そのキレイな手を顎にやり、ブツブツと考え事をしながらそう尋ねると、エルニア様は深く俯く。
「……エルニアさん?」
「……済みません。私は魔王を直接確認した事が有りません」
「……一度も、ですか?」
「……はい、一度も……」
しょんぼりするエルニア様。その心情はまるで須原さんに叱られたとでも思っていそうである。すると──、
「仕方ないのです! 狡猾なあの魔王は全く己の姿を全く見せる事無く、全ての悪行を部下や魔族にやらせているのですから! それに、エルニア様は先ほどまで、牢にも容れられていましたから!」
「……舞」
「──!? す、済みません!」
我慢ならないとばかりに、エルニア様の傍に居た舞ちゃんが立ち上がると、須原さんへと反論する。が、エルニア様がそっと窘めると、今度は舞ちゃんの方がしょんぼりとしてしまった。舞ちゃんとしては、エルニア様が責められている様に感じたのだろう。
「あら? 貴女は確か……」
だが須原さんは舞ちゃんの反論よりも、その存在自体に何かを感じ取ったのか、舞ちゃんをジッと見つめる。そして──、
「平くんと一緒に居ましたよね? 土手君にその身を狙われていたはず。そして、平くんに助けられてましたよね。そんな貴方が何故ここに?」
「そ、それはその──」
さっきまでの勢いはどこへやら、しどろもどろになる舞ちゃん。そんな舞ちゃんに須原さんは、何かに気が付いたとばかりにポンと手を打つと、
「もしかして、貴女は──妹、さん?」
「……え?」
「違うの? じゃあ、……平君のストーカーなの!?」
「……はい?」
(初めて見た……)
俺の傍に居る時の舞ちゃんはゆったりと過ごしているのだが、やはり何処か緊張感というか、ピンと張り詰めた空気があった。それは恐らく、俺を頼むというエルニア様の命令を忠実に守ろうとする表れだったのだろうけれど。
だからあんな、言葉は悪いけれど間の抜けた顔をする舞ちゃんは、かなり珍しい。──というより初めて見た。あんな顔もするんだなぁ。
「だって、平くんの傍にいつも居るでしょ?なら、妹さんだと思ったのだけれど、それが違うとしたら、あとはストーカーしか無いわよね。 ならば貴女には言いたい事があるわ。ストーカーなんてやめなさい。それだけ容姿が整っているのだから、真正面から堂々と告白した方が良いわ。確かに告白するのは怖いし、とても勇気のいる事だけれども、それでも前に進むにはそれしか無いわ。大丈夫、もし平君に振られてしまったとしても、あなたならまた新しい恋を見つける事が出来る。私が約束するわ」
「え、え、っと」
話についていけない、というよりも理解が追い付かないといわんばかりに困惑の表情を浮かべる舞ちゃん。すると、その舞ちゃんの肩にそっと手を乗せる人が居た。鈴子だ。
「マイマイ、もしかしてとは思っていたけれど、ひょっとしてマイマイは凡ちゃんの事が好きなの?」
「え、そ、そうなのか!?」
鈴子の間違った指摘に、驚く球也。どうやら話がおかしな方向に進んでいる気がする。いや、確実にヘンテコな方向へと向かっていた。どうしてこうなった?
すると、「こほん」と可愛らしい咳払い。エルニア様だ。
「私よりも、エルーテルの住人に直接聞いて頂いた方が、何か掴めるかもしれません。彼らもただ闇雲に戦っているだけではありませんから」
そう言って、話を正しい方向へと導き直す。その遙か後ろでは、多比良姫様がお腹を抱えていた。間違いなく、笑っている。
「なので、勇者様。まずは近くにある、人々の住む場所を目指してください。そして、そこの住人から魔王討伐への活路を切り開いてください。……私に言えるのはそれだけです」
「……はい、分かりました」
エルニア様が深々と頭を下げ、それに須原さんが応える。その顔はどこか気合いの籠もった顔付きをしていた。
「須原さん、改めて宜しくね~♪」
「須原さん、これから宜しく!」
「うん! こちらこそ宜しくね!」
そんな須原さんに、鈴子と球也が手を差し出すと、フッと顔を緩め、手を握る須原さん。
(さて俺も)と、須原さんの元へと向かおうとした時、俺の元にススッと近寄ってきたエルニア様が、まるで耳打ちするかの様に小さな声で、
「それはそうと、凡太さん。 魔物と戦えないトラウマはどうしたのですか?」などと宣う。
そう、俺は幼い頃に見た夢のせいで、魔物というか、そういったものがとても苦手になっていたのだ。ラノベやゲームでは大した影響は無いんだけど、それがこと現実のものとなると、途端に足が震え、呼吸が荒くなる。正直立っているのもやっとな状態に陥ってしまうのだ。そしてその事はエルニア様も知っている。俺が勇者としてエルーテルを救うのを断った理由がそれだからだ。
「リザードマンの時はどうしたんですか?」
「あ、あの時は無我夢中で……」
「それで治るトラウマなら、そんなに大した事無かったのでは?」
と、女神として言ってはいけない事を素知らぬ顔で言うエルニア様。
(このダ女神、やっぱりオパーイを揉んでやろうか? 須原さんの手前、そんな事は出来ないけどさ!)
思わず手がワキワキと動いてしまった。だが、エルニア様の言う様に、そんな簡単にトラウマが無くなれば、誰もそれをトラウマとは呼ばないだろう。ではなぜ、俺はトラウマを簡単に克服できたのか。それは、あのリザードマンと戦う以前にまで遡る。
あの時の俺は、学校を襲ってきたリザードマンに心から恐怖していた。トラウマのせいで。でも、善行進化で強くなったこと。俺しか奴らに対抗出来なかった事。そして舞ちゃんのサポートもあって、俺は何とかリザードマンと戦り合えたのだ。だが、トラウマはその恐怖によって確実に俺の心を蝕んでいた。綱渡りな状況であった。そんな中、あの都市下さんからの感謝で得た善行ポイントを使って、俺はご都合主義のレベルを上げた。その事が、俺のトラウマに対し劇的なまでの変化を与えたのだ。
もはや、なんでもありのご都合主義。そのご都合主義で得たスキルの中に、俺のトラウマを簡単に吹っ飛ばすスキルがあったのだ。その名も、“トラウマロスト”。
それに気付いた時、俺はとても喜んだ。と、同時にとても申し訳無い気持ちになった。このスキルがもっと早く出ていれば、いや、このスキルがあればエルーテルを救う事が出来ていたんじゃないか、と。だが、あとで何を言った所でタラレバなのだ。
その後、俺は得た“トラウマロスト”を使って、学校を襲ってきたリザードマンと戦う事が出来た。追い払う事が出来た。球也や鈴子たちを助ける事が出来たのだ。だからそれは、無意味では無かったと思う。そう思いたいし、今はそう思う事にしている。
(そして、改めてエルーテルを救いに行けるんだ。ならば、あの時の俺の選択は間違っていないと証明したい!)
手をグッと握る。俺が善行進化を得たのは、もしかするとこの為なのかもしれない。そう思うと、ご都合主義のレベルがもう上がらないのはとても残念だ。でも、それで良いのかも。これ以上ご都合主義が凄くなったら、善行進化しなくても済んじゃいそうだし。
「──何があったのかは分かりませんが、トラウマを克服出来た様で良かったですね、凡太さん」
「ほんとにそう思っているのかよ、エルニア様」
「思っていますよ。これでも女神の端くれですからね。住む世界は違えど、人々が困難を乗り越えるのは、とても嬉しいですから」
「エルニア様……」
「お~い、凡太! 何してんだよ! こっち来いよ」
「お、おぉ!今行く!」
エルニア様との話を切り上げ、声を掛けて来た球也たちの元へと駆ける俺。その途中でふと後ろを振り返ると、慈愛に満ちた微笑みを湛えたエルニア様が、こちらを優し気に見ていた。