第三話
「……どこだよ、ここ? あれ、あそこに居るのって、まさか塚井さん!?」
「……なにここ? あれ、球也くんに、マイマイ?それに須原さんまで?! ん、なんで頭を抱えているの、凡ちゃん?」
「……放っておいてくれると助かる、鈴子……」
須原さんの希望によって、エルーテルの天界へと召喚された球也と鈴子が、きょろきょろと辺りを見渡しながら、球也は舞ちゃんを、鈴子は俺を含む皆の顔を見て、驚く。おい、球也よ。お前、舞ちゃんを見つける前に俺と目が合ったよな? なのに何故、俺の名前を出さない?
先程の、あまりに恥ずかしい一人よがりな自己判断に、思わずぐおーっと頭を抱えて悶える。「煩いぞ、凡太」と、そんな俺に向けて容赦無く叱る多比良姫様。
「ようこそお出でくださいました」
相変わらずきょろきょろと落ち着かない様子の球也と、「マイマイ~」と、女子特有の仕草でもって、エルニア様の傍らに仕えている舞ちゃんへと近付いて行く鈴子に対して、エルニア様が声を掛けた。その表情は先ほどまでとは打って変わり、とても柔らかく、まさに女神が浮かべるに値する(?)笑顔である。
「だだ、誰ですか!?」
「うお!? すげぇ美人!!」
自分の腕を胸の前で抱いて思いっきり警戒する鈴子とは対照的に、球也のテンションは上がっていく。ホント男子ってバカで単純よね~!
「私の名前はエルニアと申します。お二人には故合ってここに来ていただきました」
「「エルニア、さん、ですか……」」
エルニア様が自己紹介して頭を下げると、「あ、ご丁寧にどうも」と頭を下げる二人。
「それで、エルニアさん。ここに来てもらったって言ってましたけど、それってどういう──」
「私が二人をここに呼ぶ様にお願いしたの」
少しだけ警戒を解いた鈴子の質問に、二人に近づいて行く須原さんが答える。そこには、少しばかりの申し訳なさが感じられた。
「……須原さん、が?」
「えぇ。二人をここに呼んでもらったのは、ある事情に付き合ってもらいたいからなの」
「ある事情?」
そう言って、スッと鈴子の前に立つ球也。その顔には普段あまり見せない、疑念の表情が浮かんでいた。球也がそんな顔を須原さんに向けるなんて。警戒しているのだろうか?
それに気付いてるのかいないのか、須原さんは特に気にする事無く、球也と鈴子にさらに近付くと、二人の手をそっと取る。そして
「私と一緒に、世界を救いに行かない?」と、上目遣いでそう口にした。
「「……え?」」
呆ける二人。無理もない。学校では特進クラスに通う、学校一まじめで優等生な須原さんの口から、「一緒に世界を救いましょう!」なんて言われれば、誰だってそんな顔をするだろう。かく言う俺なんて、須原さんに手を繋がれた時点で、話しをマトモに聞かずに二つ返事しているだろうけれど。
そんな二人の様子を見て、「あっ」と小さく息を漏らした須原さんは握っていた手を離すと、そのまま口に近づけて小さく咳払いをしては、「私とした事が、言葉が足りなかったみたいね。ゴメンなさい」と、頭を下げる。
「い、いや、そんな! 突然の事で驚いただけだよ! なぁ!?」
「う、うん! だから、謝らないで、須原さん!」
と、焦る二人は、手をブンブン振って、須原さんを気遣う。ほんと、二人とも良いヤツだ。
そんな、どこかほのぼのとした雰囲気の三人に近付いて行く、一人の女神。
「──それについては、私の方から説明をしても宜しいでしょうか?」
「エルニアさん?」
近付き、声を掛けたエルニア様は須原さんの隣に立つと、二人に対し説明を始める。なぜ二人を呼んだのか、エルーテルについて、魔王について、そして、須原さんの役割について──、
そんな中、須原さんがその輪から離れると、有ろう事か俺の元にやってきた。
「……平くん、ちょっといい?」
「すす須原さん!? い、いいの? 話を聞かなくても!?」
「えぇ。今はエルーテルについて話しているから大丈夫。私はさっき聞いたしね」
と、須原さんは振り返り、エルニア様から説明を受けている二人を見る。俺もつられて見ると、エルニア様の説明を受けてコクコクと頷く二人と、それを見て、にこやかに笑うエルニア様の姿があった。
「それに――」と、再び俺の方を向いた須原さんは、少し言いづらそうに言葉を切った後、「なぜここに平くんが居るのかの方が、気になるじゃない?」と、片目を瞑りながら俺に指を差す。
「……須原さん」
ごくりと喉が鳴った。それは、須原さんの仕草があまりにも可愛かったからではなく、──まぁ、それもあるけど──、いつかは聞かれると覚悟していたからだ。
俺がここに居る理由。それは俺自身も詳しくは分からない。
(それにあの時、多比良姫様は言っていた。『もう凡太も当事者じゃ。それはここに居る事で解るじゃろ』って。それは一体どういう意味なんだろう?)
強いて挙げれば、俺が受け取るはずだった善行ポイントを使って、多比良姫様がエルニア様に神威を渡し、それを使って須原さんを召喚した、その事を確認させる為、なんだろうけれど。
でも、須原さんはそんなのを聞きたい訳じゃないというのは分かる。須原さんの望む答えじゃないっていうのはさすがの俺でも分かる。
(さて、どうするべきか……)
ウソを言ったところで、それがウソであるという事を須原さんは気付かない。だから、ウソを吐いても問題は無いのだけれども……。
「……実は、俺も勇者だったんだよ。いや、勇者候補だった、と言うべきかな。俺もエルーテルを救う勇者として、エルニア様に召喚されたんだ。でも、俺はエルーテルには行かなかった」
「それはどういう?」
「そのまんまの意味だよ。俺はエルーテルを救いに行かなかったんだ……。臆病者なんだよ」
「平君……」
須原さんにウソは吐きたくないと、俺は正直に答えた。そんな俺を須原さんが気遣う様に声を掛ける。だけど俺は、そんな優しさを受ける資格なんて無い。
そうして、須原さんに目を合わせられずにいると、
「……今でも、そうなの?」
「え?」
「今でも世界を、──エルーテルを救いに行きたくないの?」
「それ、は」
即答出来なかった。成り行きはどうであれ、善行進化を授けてくれたエルニア様には、何か恩返しがしたいと思うし、色々と気遣ってくれた舞ちゃんにだって恩義がある。それにエルーテルにはミケとギルバードも居るのだ。あの二人が苦しんでいると分かっていて、助けにいかないという選択肢は無い。ただ――
「……救いたい。向こうには一緒に戦った仲間も居るし、今の俺にはそれが出来る力があるから」
「じゃあ──」
「でも、今回の勇者は須原さんなんだ。だから、須原さんがエルーテルを救って――」
「平君!!」
「は、はい!?」
ウジウジと理由を探しては、顔を背けていた俺が、鋭く飛んで来た須原さんの言葉に顔を上げる。すると、文字通りふくれっ面をした須原さんが腰に手を当てていた。
「今は平くんの話をしています! 平くん、あなたはエルーテルに、仲間を救いに行きたいの!? それとも行きたくないの!?」
「そ、それは……」
『凡太がミケ達を助けてくれなければ、強くなる所か生きていなかったにゃん』
『私なんて、記憶を取り戻す事無くこの世界の片隅で野垂れ死んでいましたね』
「……俺は、アイツ等を助けてやりたい……」
「……平くん──」
「──勇者須原さん、凡太さんとのお話は終わりましたか?」
俺がポツリと漏らした言葉に、どこかホッとした感情を混ぜた声質で答えた須原さん。とそこに、球也と鈴子に説明を終えたエルニア様が声を掛けながら、こちらに近付いてくる。
「はい。終わりました」
「そうですか。ではお伺いしたいのですが、あと一人はどなたをお呼びに──」
と、持っていた大錫杖をシャランと鳴らすエルニア様の問いに被せる様にして、須原さんが俺にニッコリと笑い掛けながら、
「それと、あと一人ですが……。……平君、一緒に来てもらっても良い?」
「はい?」
「だって、平くんも勇者候補だったんでしょ?今回の魔王がどの位強いのか分からないのなら、勇者が二人で行った方が確実でしょ?」
「ね、名案!」とばかりに手をパンと叩く須原さん。そう言って、嬉しそうに無邪気に笑う須原さんに、思わずポカンとしてしまった。
そうして、何も答えなかった俺を見て、少し不安になったのか、須原さんは首を傾けると、不安を滲ませる。
「もしかして、迷惑だった、かな?」
「い、いや、そんな事はないよ!?」
「そう? うん! じゃあ、決まり!宜しくね、平くん♪」
「う、うん。ヨロシク……?」
こうして俺も無事(?)に、エルーテルを救う一員となったのだった。