第十六話 生き様の見直し(善行編)
この後に及んで、ダ女神っぷりを出してくる女神様。いや、様なんて要らねえ、女神に降格だ! どんだけテレビ好きなんだよっ! たしかにそんなまどろっこしい演出あるけどよっ!
「良いから、早く教えてくれよっ。俺の善行ポイントは何ポイントだった?!」
≪分かりました……。それでは、発表しますっ! ——デデデ——≫
「要らねぇよっ! 早く教えてくれって言ってんのっ!」
≪んもう、平さんっ!? こういうのは大事なんですよ? そういうせっかちさんと早いのは——≫
「大人になったら困るんだろっ!? 大丈夫、大人になってもそういう機会無ぇからっ!! いいから早く教えて——」
≪370ポイントです≫
「……へ?」
≪いや、「へ?」じゃなくて、370ポイントですよ≫
「ん、何がかな?」
≪「何がかな?」じゃないですよっ。ポイント! 平さんの今の善行ポイントは370ポイントですっ!≫
だから、言ったじゃないですかっ! そういう演出は大事だってっ!と、ブツブツいう女神。
「ご、ゴメンって、女神様。そ、それで!? この370ポイントっていうのは多いのか? それとも少ないのか!?」
≪う~ん、難しい質問ですね。平さんが善行進化で何を求めるかによりますし、16歳で370ポイントは平均的かな?とも言えますし≫
「なるほど、質問が曖昧だったな。俺が知りたかったのは後者の方だったんだよ。370ポイントは平均的、か」
俺の名前みたいだな、と思わず思ってしまった。名は体を表すってやつかな。
「それって、今まで俺がやってきた良い行いってやつが合わさったポイントなんだよな?」
≪いえ、違いますよ?≫
「……違う? どういう事だ?」
≪はい。善行ポイントはその名の通り、善行を行って得たポイントです≫
「そうだよな? じゃあ、俺が言った事は正しいんじゃあ——」
≪違います。もうっ、ほんとにせっかちさんですね~≫
「悪かったな。じゃあ、俺の言っている事と何が違うんだ?」
≪ん~。何でも教えてしまうと、自分で考えない子になってしまいますからねぇ。では、第一ヒントっ!≫
デデンッ!と、こちらも口で言う女神。ほんと、テレビの見過ぎだと思うの。
≪善行ポイントは良い行いをしたら貰えるポイントですが、それが全てではありません。善行を行ったら貰えるという事は~——?≫
「……ん~……。善行を行ったら貰えるってことは? ……ん~……」
≪ブーっ! 時間切れです。それでは、第二ヒントっ!≫
また口で、デデンッ!と言っている女神。時間切れって、制限時間をいつの間に設けたのだろうか。
≪これを言えば、恐らく答えが解ってしまうと思うのですが——≫
「良いんだよっ! 分かんなくて質問したんだからよっ」
≪はい、解答者はお静かに~。それでは、第二ヒントです。善行を行えば増えるっ! という事は~!?≫
「おい、さっきの第一ヒントとほとんど変わらないじゃねぇか! えっと、増えるって事は……。——!? 分かったっ!」
≪はい、平さんっ!≫
「増えるって事は、——減る事もあるってことだな!?」
≪……せいかーいっ!!≫
「おぉ!! よっしゃあ~!」
気付けばノリノリの俺であった。これ、正解したら何貰えるの? オパーイ一年分かしら?
ただ、正解しても何も貰えなかったらしく、
≪そうですっ! 平さんは何も善行だけを送ってきた訳ではありませんよね?≫
「まぁ、そりゃあ聖人君子でもあるまいし、そんな良い事ばかりしてきた訳じゃあ無いけどよ」
≪そうです! 人間、良い事もあれば悪い事もあると! 生きていれば山あり谷あり! 三歩進んで二歩下がると、昔の偉い人は言っていたそうじゃないですか?!≫
「いや、それ全部違うと思うぞ?」
≪とにかくっ、善行では無く、悪い行い。そう、悪行を行えば、逆にポイントは減ってしまいます!≫
「——えぇ~、そんな~!」
≪黙らっしゃいっ! そういう風に出来ているんです! ——そこで、平さんが今まで生きてきた中で、善行から悪行を引いた結果、今の平さんには370ポイントが残ったという事になります≫
「え、そうなのか? 俺、そんなに悪い事しているかなぁ……」
≪知らない内に女神に対して、タメ口をきいている時点で大概だと思いますが?≫
「ま、まぁ。それは俺と女神様の仲の良さという事で御一つ赦して頂けると……」
≪はぁ~。まぁ、良いでしょう。——しかし、何やら不満がある様ですね。……良いでしょう! ここで平さん、貴方が行ってきた善行と悪行の一部をご紹介しましょう!≫
そんな事を言い出す女神。すると、光の玉が明滅し、ぼや~っとした光を壁に照射した。それはまるでプロジェクターの様だ。
≪さて。では、平さんが行ってきた、善行の方から振り返ってみましょう≫
女神がそう口にすると、壁に何やら映像が映し出された。まるっきりプロジェクターである。そして、どこからともなく聞こえる、〈時代〉の歌。おいおい、演出が完璧じゃねーか!
≪まずは幼い頃、これは幼稚園時代ですかね。道を尋ねてきたお爺さんに、何やら道を教えてあげてますね≫
女神が言う様に、映し出されている映像には、幼稚園の制服を着た小さな俺が、なにやらお爺さんと喋っている。良く見ると、道をあちこち指差していることから、女神の言う様に道を教えているに違いない。
≪小さい頃の平さんは、坊主頭では無いんですね~≫
「……そうだな。記憶にはほとんど無いが、この頃はまだ髪が長かったみたいだ」
映像は、お爺さんが俺に向かって被っていた帽子を持ち上げ、お礼を言った所で終わった。映像だけで音が無かったが、それが返ってノルタルジーさを強調していた。
≪小さい平さんも可愛かったですね♪ さて次は……≫
また映像が映し出される。それは学校の——机の大きさから、小学校だろうか——教室。懐かしい顔達が、黒板と机を交互に見ている。おそらくは黒板に書かれた物を、自分のノートに書き写しているのかもしれない。
すると、コロンと隣に座っていた女の子、——たしか名前は渡辺さんだったかな——が、俺の座る椅子の下に、自分の消しゴムを落としてきた。それを拾って渡す俺。この頃の俺は、すでに坊主頭である。
「……こんなのも、善行扱いなのか?」
≪当たり前ですよぉ。良い事しているじゃないですか。女の子もお礼を言っているようですし≫
「たしかにそうだが……」
そう女神に返した所で、また映像が消え、三度映し出された。それはどこかの家の台所。……これは自分んちか?
映像の中の俺は、台所に立って何やら作っているみたいだ。ボールを持ってその中身を掻き混ぜている様だった。あ~、これは覚えているぞ。確か……。
≪んん~? 何やらお料理を作られているご様子ですねぇ。平さん、料理出来るんですねぇ?≫
「おい、それは失礼だろ。……だが、これは覚えてる。確か、母さんが風邪を引いて寝込んだ時だ」
それは俺が中一の時だ。母さんが風邪を引いて寝込んだ時。タイミング悪く、父さんは出張で、兄ちゃんは部活の合宿で家を留守にしている時だった。俺が台所に立って、母さんの為に卵がゆを、弟の均の為に卵焼きを作っている時である。
≪そうだったのですねぇ。平さんもお優しい事をするのですね≫
「どういう意味だ、それ。ま、後にも先にも、俺が台所に立つのはこれっきりだろうけどな」
≪ん? 大学生になったら、一人暮らしとかはお考えでは無いのですか?≫
「彼女も居ないのに、一人暮らしするメリットなんて無いしな。実家から通える所に行くつもりだよ」
幸いな事に、電車を使えば、比較的に都内に出れる距離だ。ならば実家から通うのに何も問題は無いだろう。
≪そうなんですか。でも、料理出来る人の方が、モテると思いますけど?≫
「良いんだよ。善行進化があるしな。それよりも他には無いのか?俺の善行は?」
≪ん~、他ですかぁ……≫
そう女神が口にすると、壁に移された映像が切り替わる。だが、一瞬。ほんの一瞬だけ何かが映ったと思った途端に、砂嵐画面になってしまった。
「おいおい、なんか映らなくなっちゃったぞ?」
≪あ、あれぇ? お、おかしいなぁ……≫
少し、白々しい口調の女神。何なんだ、一体?
≪……ん、もう終わりみたいですねぇ≫
「浅くないっ!? 俺の人生、浅過ぎないっ!!?」
明滅する光の玉に向けて、全力で突っ込む。俺の良い行いって、たったの三つ?
——ただ一つ、気になったのは、最後に映し出された一瞬の映像、それはどう見ても俺じゃ無かったような……?