表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/180

第二話

 

「……有難う、御座います……」



 深く、本当に深く息を吐きながら発したお礼。そこに、どれだけの重みがあったのか、俺には想像すら出来ない。エルニア様の背負ってきたものが違いすぎるのだ。


 ここでもし須原さんが断れば、エルーテルを救う道は絶たれてしまうのだから、それも当然か。


「頭を上げてください、エルニアさん。私にしか出来ないのであるならば、それに応えたかっただけですから」



 大した事じゃないと、胸の前で手を振るう。自然とそう言える須原さんからは、驕りや自惚れ、高慢さを感じる事は無く、素で言っているだと解る。やはり勇者として召喚されるだけの理由があるのだ。俺や土手には無かった、謙虚さってやつかな。さすがは須原さん、俺が好きになった女の子だ。



「……有難う御座います。そう言って頂けると、私も助かります」



 そう感謝を伝えたエルニア様。だが、その顔は暗い。第一関門にして最大の難関であった、須原さんの了解を得たというのに、なぜ、そんな顔をするんだ?



「──どうなさいました? 私、何か失礼な事でも言いました?」



 須原さんも気になったのだろう、心配気にそう質問すると、エルニア様は長い睫毛の生えるその目をそっと伏せる。



「……済みません。私は一つ、貴女に謝らなければいけない事があります」

「……謝る、ですか?」

「はい。本来ならば、貴方の様な、勇者として世界を救う事を託された者には、特別な装備や能力など、魔王と対等に戦えるだけの力を望むままに授けてきました。が──」



 そこでエルニア様は言葉を切ると、深々と頭を下げた。



「──今回、勇者である須原さんを召喚するだけの力しか残されていなかったのです。……ゴメンなさい、私の力が及ばないばかりに」

「そんな……」



 部外者だと言うのに、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 今回の魔王はかなり強いと、エルニア様は言っていた。なのに、その魔王との戦いで必要な装備や、対抗出来る能力を得られないなんて!それじゃあ、魔王はおろか、そこいらの魔物にだって勝てないんじゃないか!?


(どうする!? このままじゃ、須原さんはエルーテルを救う前に、いや、魔王に辿り着く前に殺されてしまう! 何か俺に出来る事は無いのか!?)


 う~んと唸りながら頭を使う。だけど、俺が須原さんに対して出来る事なんてない。この世界を統べているエルニア様が無理だって言っているのだから。それに俺が出来る事なんて、せいぜい善行進化で何かしてあげる位だ。……待てよ、善行進化? ──そうだ!



「エルニア様! 俺の善行ポイントはまだあります!これを使って、何とかなりませんか!?」



 黙って聞いては入られないと、俺はエルニア様に進言する。平姫様から受け取るはずだった善行ポイントの他にも、俺にはまだ善行ポイントがある。さすがに神様からもらったポイントほどでは無いけれど、それを使えば能力の一つ位──



「凡太さん……」

「平君……」



 だが、俺の提案を聞いたエルニア様の顔色は、一つも明るくはならなかった。



「済みません、凡太さん。お気持ちは嬉しいのですが、神威と善行ポイントは似て非なるもの。それは使えません。それに、例え使えたとしても、他の神の神威を使用して勇者召喚をした弊害なのか、今の私に、凡太さんのポイントを神威へと変換する力がありません……」

「そんな……」

「良いのよ、平くん。心遣いありがとう」



 がっくりと肩を落とす俺。そんな俺に労いの言葉を掛けてくれる須原さん。やっぱり、須原さんは良い人だ。そんな須原さんの力になってやれない自分が情けなくなった。こんな気持ちを味わう位なら、俺が須原さんの代わりにエルーテルを救いに行った方が何倍もマシである。だが、今回選ばれたのは須原さんなのだ。だから俺が須原さんの代わりになる事は出来ないし、ミケやギルバードの居るエルーテルを救いに行く事も出来ない。


(くそっ! これじゃあ、何の為に良い行いを重ねて善行進化してきたのか!)


 これから須原さんはエルーテルを救いに行く。という事は俺達の世界から須原さんが居なくなるという事だ。もちろん、俺達の世界で実際に須原さんが居ない時間なんて無いのだろう。それは俺がエルニア様に召喚された時に説明していた、時間調整でどうとでもするのだろうから。でも、須原さんの時間は止まらないのだと思う。あの時、それについてエルニア様は説明しなかった。俺の居ない元の世界に対しての説明をしたのに、それをしなかった事が、その答えになっているのだ。それでは、せっかく善行進化をして、須原さん良い所を見せよう作戦が、同じ時を、同じ世界を生きて行かなければ意味が無いこの作戦は、発動する前に消滅してしまう。



「──ですが」



 須原さんの労いの言葉を心の中で無限リピートしながら、どうにかならないかと考えていると、エルニア様は下げていた頭を上げる。そして──



「──その代わりと言ってはなんですが、貴女がエルーテルの救済に赴く際に、仲間を連れて行ける様にしました」

「仲間、ですか?」



「大丈夫よ、平君」と、俺を慰めていてくれた須原さんが、エルニア様に顔を向ける。俺もそれに倣い、エルニア様を見る。仲間を連れて行くなんて初耳だ。


 須原さんと俺、二人の視線を受けたエルニア様は臆する事無く、



「えぇ。勇者である貴女が行うべき事は多々有るのですが、その中で最も重要なもの、それは貴女と共に魔王と闘う仲間を集める事なのです。本来ならば、私の子供たち──エルーテルの住人の中で、能力に秀でた者が勇者の仲間になって勇者の力になっていたのですが、今のエルーテルは、それすら出来ないほどに住人が減少し、危機に瀕しているのです。なので、エルーテルで仲間を集めるのは無理でしょう。ですから今回は特別に、貴女が選択された仲間をこちらから連れていける様にしました。……御免なさい。今の私はそれだけで精一杯だったのよ」

「エルニア様……」



 最後の謝罪は須原さんにでは無く、俺に向けられていた。部外者である俺に。それだけで、俺の言葉がどれだけエルニア様に負荷を掛けていたのかが分かり、申し訳無い気持ちで一杯になる。



「……エルニアさんの言い方だと、そのエルーテルとやらの住人をここに呼び出せるみたいな感じですが、その仲間は、私達の世界からでも連れていけるのですか?」



 そんな中、須原さんが視線を下に向けて何やら考えながら、エルニア様に質問をする。その質問を受け、俺へと向けていた視線を須原さんに戻すエルニア様。



「えぇ、もちろんよ。ね、多比良ちゃん」

「あぁ。じゃが、向こうがそれを断わるのであれば、残念ながら無理じゃな。強制は出来んからの」



 少し離れた所に立って腕を組み、俺達の様子を見ていた多比良姫様が答える。今回のエルーテルの惨状を鑑みて、多比良姫様がエルニア様に進言したみたいだ。


(そうだよな、多比良姫様だって、エルニア様の治めるエルーテルを救いたい筈なんだもんな)


 二人(二柱か?)は友人だ。俺だって、球也が困っていたら、力になってやりたいと思うし。友が困っているのなら、力を貸そうとするのは、人間であろうと神様であろうと変わらないんだな。

 その事が何故かとても嬉しく感じた。土手の件で多比良姫様と考え方で軽く衝突してしまった後だから、そう感じただけかもしれないけど。



「それもそうですね。それで、呼べるのは何人ですか?」



 須原さんが多比良姫様に問うと、それに答えたのはエルニア様だった。



「幾らでも──と言いたい所ですが、三人までしか無理そうね。今の私の力では」

「そうですか……。三人……」



 そうして、細長い指を口に当て、なにやら考え込む須原さん。そんな姿も絵になるから、本当に不思議だなと心の中で、8K撮影していると、不意に須原さんが俺の方を向いた。まさか、盗撮がバレたっ!?


(いや、違うか。──まさか、俺を選んでくれるのか!?)


 心臓がバクバクと煩い。一番最初に呼ばれるという事は、須原さんの中で一番連れて行きたい人物という事になる。俗に言う、誰かと一緒に無人島に漂着するとしたら、誰が良い?という、究極のアレだ。 ちなみに俺は、今まで一回も名前が挙げられた事が無かった。そんなに頼りないかな、俺……。


 利己的な、それでいて少し熱を帯びた目で俺を見る須原さんは、その薄い唇をそっと開く。俺のドキドキはMAXに達し、その口から出るであろう俺の名前を聞き逃しまいと、全神経、全魔力を耳に集中させた。もちろん、高音質の録音付きだ!



「──では、学校の同級生を呼び出したいのですが、可能ですか?」

「……ん?」

「……え?」

「……いや、ナンデモナイデス」



 ドキドキ音が、空気を読んだかの様にそぉっと消えていく。それを追い越してやってくる、気恥ずかしさ。俺はなんて勘違いをっ!?



「そ、そうですか。……こほん。はい、問題ありません。それで、どなたをお呼び致しましょうか?」



 触らぬ神になんとやらとばかりに俺を無視して話を進めていくエルニア様。須原さんも今はそっとしておこうと思ってくれたのか、「はい」と短く答える。


(いやいや、待て待て! 俺も須原さんの同級生だ! ならば、ここで俺の名前が出るハズだ! んもう、須原さんってば。この演出上手!)


 と、一度折れたメンタルを、あらゆる強力な接着剤で応急修理した俺は、今度こそとばかりに須原さんの口元に集中し、再度、心の録音ボタンを押す。さぁ、準備は万端だ。


 そんな俺の気持ちの悪い熱意が伝わったのか、「コホン」と一つ咳払いを挟んだ須原さんは、ハッキリとした口調で、



「それでは、私の学友の早井球也くんと、河合鈴子さんをお願いします」と告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ