第三章 第一話
このお話から第三章になります。
「……ようこそ、私の世界を救う者よ……」
勇者召喚の儀式での反動からか、肩で息をしながら、パジャマ姿の須原さんにそう伝えるエルニア様。だが、須原さんはその大きな目をさらに見開いてはその視線を俺へと向けていて、エルニア様の言葉は聞いていないみたいだった。
(なにアレ、何なのあれぇ!?)
俺も俺で、パジャマ姿の須原さんというSSRクラスのレア度を誇る恰好を、脳内カメラの画像最優先モードで、脳にこれでもかと焼き付けていると、
「コホン……」そう咳払いをしたのはエルニア様では無く、その傍らに控えていた舞ちゃんだった。その咳払いが聞こえたのか、俺から視線を外し、エルニア様へと向き直ると「済みません」と一言謝った須原さん。俺も脳内のカメラをそっと閉じ、舞ちゃんに軽く頭を下げた。別に謝る必要なんか無いのに、何故かそんな気分になったのだ。それにしても、なんで須原さんが!?
「いえ。私の勝手な都合で、勇者様を召喚したのです。謝られる事はありません。……それよりも──」
と、エルニア様がチラリと俺に目を向ける。
「もしかして彼を──凡太さんをご存じなのですか?」
「──!?」
「ご存知、のようですね?」
「……はい。同じ学校に通う同級生です……」
「……そうですか」
エルニア様は、俺から視線を外すとそっと俯く。その様子を不安そうに舞ちゃんが見つめていた。
「……凡太さんの事が気になると思いますが、取り敢えずは私の話を聞いて貰っても、宜しいでしょうか?」
「……はい」
「私はエルニアと申します。そしてここは、あなたの居る世界とは異なる世界、エルーテル。あなたをここに召喚したのは、私の統べる世界であるエルーテルを──」
エルニア様が須原さんに、勇者召喚に関しての説明をしている中、俺の中はある疑問で一杯だった。
(なんで、須原さんなんだ!?)
俺、土手、そして須原さんだ。勇者召喚がそう言った基準で行われているのか知らないが、余りに小さな地域から勇者を召喚してはいないだろうか!?
俺の前に呼ばれた勇者がどんな奴だったかは聞いていない。だから、たまたま偶然思いがけず、俺と土手、そして須原さんが続いただけかも知れない。それだって、もし仮に俺達の世界からしか選ばれないとしても、とんでも無い確率なのでは無いだろうか?
(俺達の世界は、特別魔力が薄いってエルニア様は前に言っていたよな。だったら、俺達の世界から勇者を呼ぶメリットなんて無いはずだ。なのに何故、俺達は呼ばれたんだ?)
魔力のあるエルーテルを救うのなら、魔力のある世界から勇者を連れて来た方が都合は良いはず。魔王に世界を好き勝手されて困っているから、勇者召喚をするのだ。その勇者に、一から魔力を教えるなんて、時間の無駄でしか無い。
「──凡太よ……」
答えの出ない疑問に、頭が埋め尽くされていた時、不意に俺の名を呼ぶ声が聞こえた。多比良姫様だ。俺は思考を止め、隣でエルニア様と須原さんを見つめる多比良姫様を見る。
「先程言った事じゃがの……」
「……先程?」
「……あ奴の生死はどうでも良い……」
「……あぁ」
多比良姫様が言いたかった事、それは土手の生死に関しての事だ。エルーテルへと逃げ込んだ土手。その土手が自ら願うか、それとも死ぬかしない限り、俺達の世界は元には戻らない。俺は土手の死を望んでおらず、エルーテルから連れ戻して、俺達の世界を元に戻す方法を取りたかった。だが、多比良姫様は、土手の死をもって、自分が守る俺達の世界を元に戻したいと考えていたのだ。そちらの方が、効率が良いから、と。
結局、その話は平行線にもならないまま立ち消えてしまった為、実際多比良姫様が考えを翻したのかどうかは分からない。俺と多比良姫様の間も、微妙な空気が漂う様になってしまった。
「勘違いしないで欲しいのじゃが、あれはわらわだけの意見じゃ無いぞ?」
「……解ってますよ」
「……どうかの……」
俺としては、その事よりも須原さんが呼ばれた理由を知りたかった。だから正直、土手の事は二の次になっていた。だが、多比良姫様は、俺がまだその事を引き摺っている様に思ったのだろう。
エルニア様と須原さんから視線を外す事無く、多比良姫様は腕を組む。
「此度の件、こちらの不手際もあるのじゃ。じゃから、わらわとしては、楽な方を取って欲しい。エルニアの友人としては、の。時間が掛かれば掛かる程、こちらの神々の説得も難しくなる。そうなる前に──」
「時間が無い、って事ですか?」
「……あぁ。色々とな」
「色々……?」
「……なんじゃ、エルニアから聞いてはおらぬのか?」
意外とばかりに俺を見る多比良姫様。思えばここに来て初めて、俺の事を見てくれた気がする。
「なんの事です?」
「エルニアから聞け──と言いたいが、今、エルニアがその事を話すとは思えんしの……。よかろう、わらわが代わりに話そう」
「じゃから耳を貸せ」と、ヒラヒラと手招きする多比良姫様。その様子が思いのほか可愛らしくて耳を近付けながらフフッと笑ってしまい、それを見た多比良姫様が「なんじゃ?」と、棘を感じる半目で睨む。
「いえ、何でもありません。それより……」
「ふぅ、まぁ良いか。それでの、時間が無いというのは、エルニアの存在に対して、じゃ」
「エルニア様の存在……?」
なぜそこで、エルニア様の存在という話になるのだろうか? その疑問が顔に出ていたのだろう、多比良姫様は、須原さんに説明を続けているエルニア様に聞こえない様にと、さらに声を落とす。
「そうじゃ。エルーテルの信仰心がエルニアの神威になっているというのは、聞いたの?」
「はい。そして、エルーテルが滅んだら、エルニア様へ神威を注ぐ人は居なくなるんですよね?」
「そうじゃ。そして、神威を注ぐ者が居なくなった神は、いずれその神威を全て失い、──“消えてしまう”」
「──え?」
何を言っているのか分からずに、思わず聞き直してしまった。幸い、その声はあまり大きくはならず、エルニア様と須原さん、そして舞ちゃんは気付いてはいない様だった。
「じゃから、消えるのじゃよ。エルニアは」
「そ、んな……」
エルニア様の消失……。それは想像だにしていなかった。──いや、ほんの少し、興味というか、小さな疑問という形で、俺の中には有った。統べる世界が無くなってしまったとしたら、その神様は一体どうなってしまうのだろうか、と。
あまりに重大過ぎる事柄に、ショックで何も言えなくなっていた俺に、
「わらわとしては、エルニアの消失だけは、なんとしても防ぎたい! その為ならば、エルニアの統べるエルーテルが滅ぼうとも構わぬのじゃ」
「そんなっ!? そうなったら、エルニア様は神威を得られず、その存在を保てなくなってしまう!ならば同じことじゃないですか!?」
多比良姫様のその幼い肩に両手を乗せて訴えると、小さな肩を微かに震わせながら、
「……じゃから、わらわとしては、おぬしがくれた神威を使って、また新たな世界を創れば良い、そう思っておった」
それを聞いた途端、表現出来ない感情が俺の中で渦巻く。怒り、悲しみ、絶望、そしてほんの少しの同情。それらが一気に俺を支配する。だからだろう、俺がその幼い体をした神様に、最低な質問をしてしまったのは……。
「……多比良姫様が同じ立場だったとして、同じ事が出来ますか?」
その世界に暮らす俺や、エルニア様から説明を受けている須原さん達に視線を向けながら、そう問う。
すると多比良姫様は勢いよく頭を上げ、俺を睨む。だが、それはほんの一瞬だけ。その後、とても悲しそうな顔をして、俯き、
「……酷な事を訊くのじゃな、おぬしは。……どうかの、その時になって見ない事には何とも言えん。が……」
「……」
「他の神たちに迷惑を掛ける位ならば、それも選択肢の一つだという事じゃな。……もちろん、その時はわらわも共に消える道を選ぶがの」
答えになっているか分からない事を、とても辛そうな顔で答えてくれた多比良姫様。その顔を見た時、自然と「……済みません」と、謝っていた。
「……なに、おぬしの気持ちは正しいのだ。謝る事はあるまい」
そう言って、ゆっくりと上げた顔には、何処かスッキリとした顔になっていた。多比良姫様の中で、俺の質問をどう処理したのかは分からない。そして、それを聞いてもきっと答えてはくれないと解った。
「──という事なのです」
その時、ちょうど話終えたのか、エルニア様が話を締め括っていた。俺と多比良姫様は再びエルニア様と、その前に立つ須原さんを見つめる。
「それで、須原さん。貴女は私の世界──エルーテルを救ってくださいますか?」
縋る様に、そう問うエルニア様。当然だ。エルニア様に残された神威は無く、また神威の補充が見込めない今の状況に於いて、須原さんは最後の希望なのだ。須原さんが断ったが最後、エルーテルも、そこに住むミケやギルバード達エルーテルの住人も、そして、己自身も消えてしまうのだから……。
「お願いします。どうかエルーテルを──私の子供達を救ってください」
優雅に、それでいてどこか弱々しく頭を下げたエルニア様。果たして、須原さんの決断は──
その時、不意に須原さんが振り返り俺を見た。その目は誇らしく、儚かった。なぜそんな目で俺を見たのか分からない。けれど、俺がそれに何かの反応を返す前に、またエルニア様へと向き直った須原さんは、
「……分かりました。私、やります」と、そう宣言したのだった。
レスキューとの兼ね合いで、一週間に一話更新ペースになりそうです。