幕間 2-2
★ 幕間 ★
夢を、見ていた──。
夢を見たのはいつ以来だろうか。そもそも私は夢を見ること等あったのだろうか。それすら定かではない。
まぁ良い。そんな事、夢を見ようと決めた今となっては、とても些末な事だ。
夢の中の私は、ただの傍観者だった。いつとも、何処とも知れぬ所。ただ、どこか郷愁めいたものを感じる場所だった。
良く見ると、私はどうやら屋内に居る様だった。私の回りは薄暗く、そして、目の前の格子戸からは、外の様子が良く見て取れた。花びらが舞う季節も、雨が滴る季節も、色付いた葉が落ちる季節も、雪の積もる季節も、私がただ、その格子戸からその様子を眺めているだけだった。
私が動いていない様だ。ずっと、ずぅっと……。季節の廻りを感じる事は出来ているようだが、それらに触れてみようと外に出る事は無かった。
そうして、幾星霜経っただろうか。気付けば、一人の幼い童がチョコンとそこに居た。その童は何をするでもなく、ただそこに居るだけだった。
別に私の前に人が来る事など、珍しい事では無い。それほど頻繁という程でもないが、老若男女問わず、季節の移ろいに合わせ、訪れる人は居た。
その童も最初はその類の者だと思った。だが、幾ら時間が経とうとも、季節が移ろうともその童はそこに居た。一言も発せず、ただ黙って座っていた。そして、辺りが暗くなる頃にはスッと立ち上がり、黙って帰って行く。その繰り返し。
私としてもその方が都合が良かった。この私の元にやってくる者たちは、私に色々と話してくるのが多かった。そして、最後には何故か願い事までしていくのだ。
別にそれらを聞くのは苦では無かった、と思う。この傍観者が本当に私であるならば、だが。
しかし、そんな者たちとは違って、童は何も話さなかった。その内に私もそれが心地良いと感じていた様だ。
そうして、どの位の月日が経っただろう。幼く、ボロボロの着物を着ていた童も、日に日に大きくなっていった。その髪の長さで、その童が女子なんだと解ったが、特に何も感ずる事は無かった。
大きくなっても、童が変わらず私の所に来ては、ただ黙って座っていた。だが、その頃になると、ポツリポツリと、己の事を話す様になっていた。今日は何々と食べた。今日は何々を植えた。今日は……。
ただただ黙って過ぎていた時間もそれはそれで好きだったが、こうして童が自分の事を話してくれるのも、悪くなかった。何気に私はこの童の事が、気に入っていたのかもしれない。
ただ、継ぎ接ぎだらけの着物と、そのざんばらな髪だけは幼い頃から変わってはいなかったが。
この頃になると、私は外に出たいと思う様になっていた。いつも一人でポツンと居るその童と、意思疎通してみたいと思っていた。そしてその願いは唐突に叶う。
私の中の知らないナニカが唐突に失われ、私は外に出た。小さき獣の姿となって……。
小さき獣となった私を、その童は存外簡単に受け入れてくれた。その、歳のわりにはとても華奢な体にフワリと抱いてくれた。
「うふふ、可愛い。私とあなたは今日から友達よ。良いわね」
間近でとても無邪気に笑うその童に、小さき獣ゆえ話す事が出来なかった私は、了承した旨を伝える為、私は鼻を押し付けていた。
それからは、私とその童は友となり、一緒の時を過ごした。大半は、私の住処であったが、時折童の家まで行く事もあった。
童の家は、今にも崩れ落ちそうな程に朽ち果て、何とか家としての体を成している様な住まいだった。
「ここにジッとしててね」と、私を家近くの木立に隠して、家に入って行く童。その直後、男のものであろう怒声と、何かが激しくぶつかる音が聞こえて来た。だが、私は何もせず、ただ、友であるその童に言われた通りに木立に身を潜めては、明日の事を考えていた。
童の友と過ごす時は楽しかった。私も存外寂しがり屋なのだと知った。だから、私はその童を守ろうと思った。この時を大事にしようと。それほど、この童と過ごす時が大切だったのだ。
だが、そんな夢の様な時間は唐突に終わりを迎える。突如として、その童が私の元に来なくなっったのだ。幾日待ってみても来ない童の家へと訪れては見たものの、童の姿はどこにも無く、ただ、童よりも少し形の良い男が居るだけだった。その男があの童の父親なのかどうかは、私でも解らない。ただそこに童が居なかった事だけが重要だったのだから。
そうしてまた、格子戸から外の季節の移ろいを見るだけの日々に逆戻りした。そうして、幾年が過ぎた頃、私の様な者たちが集まるとされる会合に初めて参加した。
その頃には、童との記憶など朧気になっていたと思う。そうした中、童に関する報が私の耳に聞こえて来た。初めは人違いだと思ったが、耳に入ってくるその報があの童だと確信させた。
──童はここでは無い違う世界、所謂異世界へと誘わられ、そこで命を絶っていた──
嘘か真かは定かでは無い。違う者の可能性だって充分あるだろう。だが、私には、その童だと思う。
私は唯一の友を無くしたのだ。それも己の目の届かぬ所で、他人によって……。
その時の私は何を思ったのだろう。良く分からない。これは夢であるから……。ただ良い感情では無かったはずだ。決して楽しい感情では無かったはずだ。
そして唐突に夢が終わった。何者かに起こされたのだろう。
薄く目を開ける。そこはあの格子戸では無くもっと大きな空間だった。あの時、あそこで感じた郷愁を感じる事は無い空間だった。
私の傍らに控えていた者が、私に何やら許可を求める。私は許可を出すと、その者が目の前の扉、その向こうに居るであろう者に、入室の許可を出す。
──私は夢を見ていた。だがあれは、一体誰の夢であったのだろうか……。
これで幕間は終了です。次回より第三部になります。
……ですが、あまり構想を練っていない為、次回は少し遅れます。(二週間位かな?)
なるべくお待たせしない様に頑張ります!