第二章最終話 羨望のBRAVE
「それはどういう……?」
首を回し、後ろに立つ多比良姫様に問い掛けるエルニア様。その顔はキョトンとしていて、幼く見えた。
「そのままの意味じゃ、エルニアよ。問題無いのだ」
「だから、それはどういう意味よ?」
肩に置いていた手をエルニア様の目の前に差し出すと、その手を掴んで立ち上がるエルニア様。見た目思いっきりの幼女がそんなイケメンな対応をするとは思っていなかった俺は、思わず見惚れてしまっていると、
「おい、凡太よ。幾らわらわ達が美しいからといって、そんなに見つめられると流石に照れるのじゃがな」
「そ、そんな訳無いでしょう!?」
俺の否定に「どうだかな」と返した多比良姫様は、エルニア様を俺の隣へと導く。エルニア様の傍に居た舞ちゃんも、自然とエルニア様の後ろへと控えた。
「……何で凡太さんの隣に連れて来られたの、私?」
「まぁまぁ。これから説明する事は、凡太が関係しておるからの。じゃからじゃ」
説明になっていない説明に、「はぁ……」と、気の抜けた返事を返すエルニア様。それを気にする事無く、「コホン!」と偉そうに咳払いをする多比良姫様。
「さてエルニアよ。お主に一つ質問なんじゃが、お主は凡太に一つの贈り物をしたの?」
「……贈り物、ですか?」
「そうじゃ。ほれ、善行──」
「あぁ。善行進化のことですか」
エルーテルが今にも滅ぶかもしれないというのに、長ったらしい説明を始めた多比良姫様へのし返しとばかりに、多比良姫様の言葉に被せてくるエルニア様。
「むむっ!? ま、まぁ良いじゃろう。そう、その通り、お主は凡太に善行進化を与えたな」
「えぇ、与えました。それが何か?」
相変わらず、エルニア様の質問を率直に答える事はせず、先延ばしにする多比良姫様。その態度に、エルニア様が不機嫌になって来るのが解る。これはマズいっ!
「た、多比良姫様! もう良いんじゃ無いですか!? 時間も無いですし!」
「いや、まだ時間は大丈夫じゃ!」
と、全く空気を読まない多比良姫様に、「おぬしも少しは大人しく聞きおれ」と、何故か俺まで注意される始末だ。
「さて、お主が与えた善行進化じゃが、何をしたら進化するんじゃったかの?」
「……」
多比良姫様がエルニア様に質問する。だが、隣からは答えの代わりにユラァっと見えないナニカが揺らめき始める。
(おいおい、止めろ! そこから始めるんじゃねぇ!?)
「全く、ノリが悪いのぅ、エルニアは。それじゃあ、後ろに居る娘に聞いて見るかの」
「え!? 私ですか!? ……善行、です」
「うむ、正解じゃ!」
突然指名された舞ちゃんが慌てて正解を答えると、ウンウンと満足げに首を振る多比良姫様。だが、俺の隣をちゃんと見てから頷いてくれ!エルニア様はノリが悪いんじゃねぇ! 機嫌が悪いんだよっ! だから早く本題に移ってくれっ!
そんな俺の一生のお願い級の願い事が通じたのか、これからが本題とばかりに「おっほん!」と大きめの咳払いをした多比良姫様は、
「エルニアよ、この男がわらわ達の世界を救ってくれたのはさっき伝えたの? その時の褒美としてな、凡太が欲している、善行ポイントじゃったか? それを送ろうとしたら、断られてのう」
「……え? それはどういう……?」
怒りモードを解いたエルニア様が俺を見る。それに対し、頷き返した。
この天界に来る前、あのコキュトラスでエルニア様を解放した時、エルニア様には、俺達の世界で起こった混乱を俺が沈めたと説明してある。
その混乱を沈めた俺に対し、多比良姫様を始め、俺達の世界に居らっしゃる神様達は感謝の意を示す為、俺に何かお礼をしたいと仰った。だが、畏れ多いと思った俺は、まだ完全解決していない事を理由に挙げ断ろうとしたのだが、「神がお礼をしないで、何が神かっ!」と、多比良姫様に謎の怒りをぶつけられ、ならばと、お礼として善行ポイントを頂戴したのである。渋々といった感じだったけど。だが、頂戴した俺は、その数字を見て唖然とするのである。
「……いや、ちょっと簡単には受け取れない数字だったので……」
そうなのだ。あんな数字、普通に生きていたら見る事は無い位の桁があった。正直、数え切れなかった。俺、頑張っても京までしか知らないよ? それだって、どこかのスーパーコンピューターの名前だって事で知ったんだからね?
そんなの受け取ってしまったら、俺は確実に人間卒業どころか人間失格まである。ただでさえ、力を抑える為にレベルアジャストを使っているというのに、あんなのを受け取ったら、アジャストの限界を遙かにぶっち切ってしまうだろう。なので丁重に、それこそ熨斗を付けて丁重にお返ししたのである。
「全く、遠慮が美学と思っておるのかのぅ。悲しき国民性というやつじゃな」と、まるで見当違いな事を言う多比良姫様は、その平らな胸の前で腕を組むと片目を瞑り、
「じゃから、凡太にやる筈じゃった褒美は、神威にしてお主にやる事にしたわい」と、ニカっと笑って見せた。
「……は?」
口をポカーンと開け、フリーズするエルニア様。とんでもない程の美女の間の抜けた顔と言うのは、かなりレアかもしれない。
「じゃからな、凡太にやる筈だった謝礼をお主に全部くれてやると言っておるのじゃ。神威にしての」
「……ほんと?」
多比良姫様から改めて説明を受けたエルニア様は、まだうまく状況が理解出来ていないのか、こてりと首を横に倒す。エルニア様の後ろに控えていた舞ちゃんも、信じられないと、両手で口を覆いながら、目を丸くしていた。あれ? 俺、そんな変な事したかな?
「嘘を言ってどうする。ほんとじゃ。じゃから、凡太にちゃんとお礼を言うんじゃぞ?」
「え、えぇ……」
まだ信じられないと言った感じのエルニア様だが、俺の正面に立つと、いきなり深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっとエルニア様っ!?」
「凡太さん……。私、勘違いしていました。所詮大きな胸が好きな、普通の一人の男の子だと。でも、違うんですね……。エルーテルの為、あれだけ求めていた善行ポイントを私に譲り渡すなんて……」
そう言って俺の手を取ると、素敵なオパーイが居らっしゃる胸元へと引き寄せた。エルニア様、勘違いなんかじゃナイデスヨ?
「凡太さん。本当に感謝します! これでエルーテルは、私の愛する子供達が救われる……でも、本当に良いのですか!?」
「……はい、是非使ってください。それに、神様達の感謝で得た善行ポイントなんて、俺のポケットには大きすぎらぁ!」
と、長いもみあげが特徴的な、有名な大泥棒の様な事を照れ隠しで言う。その際も、その神々しいオパーイへと視線が集中しない様にするのが大変だった。
「……凡太さん……、差し出がましい事は重々理解していますが、それでも、私からもお礼を言わせてください! エルーテルを、エルニア様を助けて頂き、本当に有難う御座います!」
そう言って、深々と頭を下げる舞ちゃんに、「いや、そんな大した事してないからっ!」と慌てる俺。俺としては、人間を止める程の善行ポイントを貰ってくれた事に、逆に感謝したくなる程なのだ。だから、お礼を言われる筋合いは無いんだよなぁ。
「コホン。さて、それでは早速、エルニアに神威を与えるとするかの」
と、何故か生暖かい目で俺達のやり取りを見ていた多比良姫様は、着ていた着物の袖の下に徐に手を入れガサゴソと何かを探すと、程なくして「お、あった」と取り出したのは、一つの石だった。「ん?」 良く見るとそれは、どこかで見た事のある形をした石だった。
「その石、何処かで見た事がある気が……」
「お、凡太は見た事があるのかの? これは勾玉と言うのじゃ。」
「──あ~、その名前、聞き覚えがありますよ。確か歴史の教科書で見た事がある」
そう、多比良姫様が手に乗せているその石は、歴史の教科書で出て来た、勾玉だった。
「歴史の教科書にはたしか、装飾品って書いてあった様な気がしますけど、その勾玉をどうするのです?」
「これか? これはこうするのじゃ」
と言うなり、なんとその勾玉をエルニア様の胸へと押し付けたのだ! おいおい、何て羨ましい事をっ!
「多比良姫様、何を!?」
その突然の行動に避難の声を上げた舞ちゃんが、止めさせようと多比良姫様の腕を掴もうとした時、
「──待ちなさい、舞」
「エルニア様!?」
その舞ちゃんに制止の言葉を掛けたのは、当事者のエルニア様だった。
そのエルニア様へと押し付けられていた勾玉は、あろう事か、そのままエルニア様の体にトプンっと、沈み込んでしまった。
その瞬間、ブワリとエルニア様の周囲に風が渦巻く!
「エルニア様っ!?」
「……大丈夫です、舞。……それにしても、これほどとは……。こんなに神威を頂いてもいいの? 多比良ちゃん?」
「もちろんじゃ。元々は凡太のもんじゃからの。その凡太が良いと言っておるのだし、気持ち良く受け取っておけ」
「多比良ちゃん、凡太さん……。本当に有難う……」
「いえ、そんな! お礼はさっき聞きましたから!」
「さぁ! 今度こそ、おぬしの召喚した勇者によって、わらわ達の世界に混乱をもたらした魔王とやらを打ち滅ぼすのじゃ!!」
「──はいっ!」
そしてエルニア様は、金色の大錫杖を取り出すと、シャラン!と大きく鳴らした。
☆
数多の星々が煌めき合う空間の中を光の線が走り、六芒星と五芒星とが複雑に絡まり合った魔法陣を形作って行く。
傍らに舞ちゃんを控えさせたエルニア様が、ブツブツと何かを唱えてながら金の錫杖を掲げ、振るう。その動きに合わせる様に、それぞれの魔法陣が周りの星々に負けない強さの煌めきを放ちながら、宙を舞っていった。
初めて見るエルニア様の勇者召喚の儀式。それを多比良姫様と一緒に少し離れた所で眺めていた俺は、あの時の──エルニア様に召喚された時の事を思い出していた。
(こんな感じで俺も召喚されたのか……)
それを今回は当事者側として見ているのだから、人生というのは何が起こるのか本当に分からない。
そんな事を考えていると、儀式の様相が変わっていた。さきほどまではあまり動きを見せなかったエルニア様が、大きく体を動かしながら、先程よりも激しく錫杖を振るう。それに合わせ、描かれた魔法陣も、大きく跳ね上がっていく。
その額に汗を光らせ、神聖なオパーイをこれでもかと震わしながら踊る姿に目を奪われていると、「うむ、初めてみるが、まるで神楽舞じゃのう」と、横に居た多比良姫様がそう呟いた。
そうして、かなり長い時間舞っていたエルニア様が不意にその動きを止めると、足元で金色に輝いている魔法陣を金の錫杖の石突でコツンと叩く。すると魔法陣が反応し、そこから眩いまでの光が放たれる!
「うわ! 眩しっ!」
思わず手で顔を覆ってしまう程の閃光、隣に居る多比良姫様も「ちと眩しいの」と、目を細める。
やがて強い光が収まっていくと、その光の中に影が現れた。
(さて、今回召喚された勇者はどんなのかな?)
期待と不安が同居する中、ゆっくりと弱まって行く光から、召喚された勇者の姿がぼんやりとだが見えてきた。その姿は、俺と同じ二本足で立つ人の形。今回呼ばれた勇者も人間みたいだ。
もう殆ど光は失われ、その人物の姿がハッキリと見える様になった。黒い髪が背中まで伸びている。どうやら、女性の様だ
その女性は寝ている時に召喚されたのだろう、上下ピンクの、帽子部分に動物の耳が付いた、着ぐるみタイプのパジャマ姿だった。
(可哀想に……。寝ている時に召喚されたんだな~)
俺の時はまだ起きている時だったから、目の前の女性よりも状況的にはマシだったみたいだ。
(さて、どんな人かな?)
召喚されたその女性は、滅びゆくエルーテルを救いに行く勇者なのだ。もし、その女性が断ったり、万が一にも人格的に問題があったとしても、もう次の勇者召喚は出来ないだろう。だから、この女性こそがエルーテルの、エルニア様の最後の希望だった。
期待よりも不安を大きくしていると、完全に光が消え、その女性が振り向く。その瞬間、俺の思考は見事に停止した。
「──え?」
──勇者に召喚された女性は、須原さんだった──
これで第二部の終了です。
この後、少し幕間のお話を入れた後、第三部となります