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第九十六話  エルニア解放

 

 ★  凡太視点   ★



 多比良姫様から投げ渡された、エルニア様を解放する木製の鍵。それに魔力を込めた瞬間、鍵から何やら文字が浮かび上がり光り輝くと、項垂れていたエルニア様を包み込む!



「エルニア様っ!」



 悲痛な声を上げてエルニア様へと近付こうとする舞ちゃん。が、さきほど弾かれたのを経験しているからか、むやみに近付こうとはせず、状況を注視している。



「多比良姫様! これは!?」

「落ち着くのじゃ。 見ろ」



 結果的に俺がもたらした変化に戸惑いながら多比良姫様に説明を求めると、多比良姫様はエルニア様を指差す。


 その指の先を目で追うと、そこには光から解放されたエルニア様の姿。



「エルニア様っ!!」



 辛抱堪らずと言った感じで、エルニア様へと抱き付く舞ちゃん。その行動の早さには、弾かれるという迷いはこれっぽっちも感じなかった。



「……舞……?」



 舞ちゃんに突然抱き付かれたというのに、驚く事もせずすんなりと舞ちゃんを受け止めると、その頭をそっと撫で上げるエルニア様。



「良かった。本当に良かった……。エルニア様ぁ……」

「心配掛けたわね、舞……」



 嗚咽を漏らす舞ちゃんの頭を撫で続けながら顔を上げ、多比良姫様を見るエルニア様。その顔に、疲れた様子を滲ませていた。



「多比良ちゃん……」

「ちゃんはよすのじゃ!」



 多比良姫様を捉えたエルニア様は、少し落ち着きを取り戻した舞ちゃんに支えられながら立ち上がると、腰に手を当て、何故か偉そうな態度を取る多比良姫様と向きあう。



「多比良ちゃんが居るって事は……」

「じゃから、ちゃんはよすのじゃ!……そう、お主の考えている通り、お主は赦されたのじゃ」

「そんな……!?」



 驚くエルニア様。コキュトラスから解放され、喜ぶと思っていたのに、エルニア様はその表情を暗くする。


(なんだ? 幽閉から解放されたんだぞ? ならばもっと喜ぶべきじゃないのか?)


 妙な引っ掛かりを覚えた俺をよそに、エルニア様は舞ちゃんの肩から離れると、顔を覆った。



「なんで!? 私は貴方たちの世界を混沌とさせた張本人なのよ!? なのに、何故!?」

「それはお主だけのせいでは無いと、お主も気付いておるじゃろ?」

「それでもっ! ……それでも私は、あの世界を統べる神として、責を負わなければいけないのよ……」



 顔を覆ったまま、首を横に振るエルニア様。その様子に、「エルニア様……」と心配気な声を上げ、気遣う様にそっと寄り添う舞ちゃん。だがエルニア様は顔を覆ったままだ。



「──エルニアよ……」



 そんなエルニア様に、何処か冷たさを感じる声質で、話し掛ける多比良姫様。



「お主が納得いっとらんのも無理は無い。逆の立場だったら、わらわだってきっとお主と同じ気持ちになっておったじゃろう。じゃがな、お主は赦されたのじゃ。これは変わらん」

「……」

「じゃがの、赦されたのにはちゃんと理由がある。それは今後のお主はおろか、わらわも大いに関わっている事なのじゃ」

(エルニア様と、多比良姫様の今後?)



 多比良姫様のその言葉に、俺の中で疑問が生まれる。


 多比良姫様はさっきから赦されたと言っている。ならばこの後エルニア様がするのは、エルーテルの管理、運営だ。それしかない。そんな当たり前の決まりきった事を、わざわざ口に出す必要があるだろうか?


(そもそも、赦されたってなんだ?)


 エルニア様の罪とは、俺達の世界で起きた一連の騒動の事だ。その騒動にエルーテルで暴虐の限りを尽くす魔王の側近って奴が噛んでいた。その責任を取った形なのだ。そして赦された。その騒動が収まったからだと見ていい。

 だが、完全に元通りという訳にはいかない。一連の騒動で少なくない死者も出ているし、世界の理とやらも完全には戻っていない。ミケを庇って怪我を負った高身さんも、未だ病院のベッドの上だ。にも関わらず赦す、というのはどこか釈然としない。

 そしてもう一つ。多比良姫様である。エルニア様については考えれば何とか理由が付く。多比良姫様の口から出たエルニア様の今後とは、所謂監視期間というやつだろう。そこで問題無く、エルーテルを管理、運営してくださいねって事だ。

 だが、多比良姫様の今後という話には理由が付かない。そもそも多比良姫様は被害者側だ。その被害者が何故、今後という話において、エルニア様と連名になるのだろうか?


(……あ、あの時の──!?)


 不意に思い出す。それはこのコキュトラスに来る前、闘技場に多比良姫様が現れ、エルニア様を解放しに行く時の事。


(確か……、『……まぁ、元々はエルニアとわらわのせいなのじゃがな……』だったか?)


 その言葉はまるで、今回の一連の騒動がエルニア様と多比良姫様、両方に責任があるという言い方だった。



「……そうね。私とした事が、これで赦されたと思うなんてあまりに愚かだわ……」



 俺が頭の中であれやこれやと考えている中、顔を覆っていた手をどけるエルニア様。その下から見せた表情は、何処か納得した感が見て取れる。

 そして、その表情のまま、多比良姫様へと視線を向け、



「……なるほど、多比良ちゃんは監視役って事ね」

「……ま、そういうわけじゃの」



 ちゃん付けで呼ばれる事はもう諦めたのか、とくに不機嫌になる事無く、エルニア様の言葉に首肯する多比良姫様。



「……凡太さん」



 凛とした声が、自然に耳に入って来る。その声の主へと顔を向けた。



「……エルニア様」

「お久し振りです、凡太さん。少し情けない所をお見せしましたね……」

「……いえ」



 取り留めの無い挨拶だと、俺はそう感じた。そう感じたのは、俺とエルニア様の間にある距離以上の距離を、その雰囲気から感じたからだろう。

 その距離感を改善する事無く、エルニア様はさらに言葉を続ける。



「凡太さん、わざわざご足労頂き、その上、私を解放してくださいまして、有難う御座います。此度の件、後日改めてお礼をさせて頂きますね」

「いえ、そんな……」



 他人行儀というのはこういう事だという、テンプレの様な他人行儀に少し面食らっていると、同じものと感じた舞ちゃんが、躊躇いがちにエルニア様に詰め寄っていく。



「どうしたのですか、エルニア様? 凡太さんに対してなにか、こう──」

「舞……」

「は、はい!?」



 舞ちゃんの言葉を半ば拒絶するかの様に、言葉を重ねるエルニア様。その顔にはどこか切羽詰まった様な、ナニかを堪えている様な、そんな複雑な顔色をしていた。



「──凡太さんをお送りしなさい」

「「え?」」



 俺と舞ちゃんが同時に驚きの声を上げた。それほどまでに意外な言葉だったのだ。



「エルニア様、今なんて?」

「凡太さんを元の世界へとお送りしなさいと言ったのです。聞こえませんでしたか?」



 聞き間違いかと思ったのか、確認を取る舞ちゃんに、最初以上の熱の無い声色で応えるエルニア様。その声色と表情を向けられ、それでもどうして良いのか分からず行動出来ない舞ちゃんの前に、



「エルニアよ。今はまだその時では無かろう。それに、今最優先すべきは……」

「解っているわ。だけど……」



 まるで助け舟を出すかの様に多比良姫様が立つと、エルニア様に対して諫めとも取れる言葉を掛ける。



「凡太さんをあの部屋に連れて行くのは、さすがに……」

「もう凡太も当事者じゃ。それはここに居る事で解るじゃろ」

「それはそうだけど……」



 迷いを見せるエルニア様。その視線は多比良姫様と俺の間を行ったり来たりしていた。



「……多比良姫様、そしてエルニア様、ちょっと良いですか?」



 このままではどうにもならないと判断した俺は、手を上げ発言の許可を取る。そんな俺に二柱の神様は何も言わず、目だけで許可を出した。



「……俺のせいで揉め事が起こるの嫌なので、別に元の世界に戻りますよ」

「……だそうだが、エルニアよ、どうする?」



 エルニア様にだって俺の言葉が聞こえているというのに、敢えて確認を取った多比良姫様。そこには、どんな意味合いが含まれているのだろうか。



「……分かりました。凡太さんさえ宜しければ、ご同行願います」

「エルニア様?」

「勘違いなさらないでください。私はこれ以上時間を掛けたくないだけです」

「……はい」



「別に行きたいなんて言ってないんだけどなぁ……」という、空気を思いっきり無視した言葉を胸に必死に隠し、俺は一つの質問をする。



「──それで、何処に行くんですか?」



 その質問は既定路線だったのか、顔色一つ変えずにエルニア様は答える。



「私の世界であるエルーテル、その天界です」


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