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第九十五話  エルニアの犯した罪

 

「鍵、ですか?」



 多比良姫様が持つ、鍵の形をした木を指差す。

 それは現代で良く使われている、複雑なギザギザのある形状では無く、昔、お爺ちゃんと一緒に見たテレビの時代劇で視た事のある、蔵などに使われていた簡素な鍵の形に良く似ていた。



「そうじゃ。その鍵は、わらわ達の世界の神々が作成したモノじゃ。これで、エルニアを解放する事が出来るぞ」

「どうして、僕たちの世界の神様達がこの鍵を?」

「決まっておるじゃろ。わらわ達がエルニアを赦したからじゃ」

「赦した?」



 とても気になる言葉が多比良姫様から聞かされた。“赦した”とは、一体どういう事だろうか?

 その疑問が顔に出ていたのだろう、「やれやれ、仕方ないの」と、多比良姫様は少し顔を俯かせて、



「赦した、というのはな、エルニアがわらわ達の世界に混乱をもたらした事に対してじゃ。そして、その混乱とは、説明するまでもなかろう」

「……エルーテルの住人による、世界の理の崩壊……」



 ハッキリとした事は分からない。もちろん土手も世界に混乱をもたらした主要因の一人だ。が、その土手の証言も含め、数々の証拠や証言が物語るのは、リザードマン事件に端を発する数々の事件。それらを混乱と表するのならば、俺たちの世界に混乱をもたらした犯人は、エルーテルで暴挙を行っている魔王、その配下である智爵のクロなる、あの白髪の老人だ。となれば、確かに、エルニア様にも非が有るとも言える。言えるのだが……。



「エルニア様が何か罪を犯したと仰るのですか!?」

「舞ちゃん!?」



 スゴイ剣幕で多比良姫様に詰め寄る舞ちゃん。と、すんでの所で舞ちゃんの腕を掴む。だが、「離してください、凡太さん!」と、逆に俺が咎められた。



「今回の件に、エルニア様は関与なされていない事は明白です。全ては智爵のクロ──そして、魔王の仕業なのですから!」

「その魔王が居る世界を統べている神がエルニアなのじゃ。だから、エルニアが罪を咎められるのは、自明の理」

「それでも──!!」



 そこで言葉を切った舞ちゃんは、己の意思を曲げまいと強く目を見開き、



「エルニア様が何か罪を犯したと仰るのですか!?」

「落ち着いて、舞ちゃん!」

「いえ、落ち着いてはいられません! あの方が──エルニア様が、罪人扱いされたのですよ! これで黙っていろなんて──」

「娘よ──」



 それはとても静かな声だった。だが、逆らってはいけない重みがそこにはあった。その声にビクリと体を震わす舞ちゃん。掴んでいた手から、急速に力が抜けていくのが解る。



「エルニア自身に聞いてみろ。なぜ、こやつがここにいるのかを、な」



 その重く冷たい声でそう語る多比良姫様に、すっかり勢いを無くした舞ちゃんは、「はい……」と答えるだけで精一杯だった。


 すっかり気まずくなってしまった空気を少しでも換えたいと、多比良姫様に視線を向けると、



「でも、なんで急に赦すってなったのですか?」

「それはの、この世界に混乱をもたらした要因である人間が、こちらの住人であったこと。そして、その混乱を解決したのが、他でもない、凡太おぬしだからじゃよ」

「俺だから?」

「あぁ。おぬしは気付いていないであろうが、おぬしからは微かにエルニアの神威が感じられる。そこの娘と同じくな。そんなおぬしが今回の混乱を収めたという事が、一番の要因かの」



「身内の尻拭いってやつじゃな」と、当たり前の様に言う多比良姫様に、「は、はぁ。そういうもんですか」と返すだけで精一杯だった。よく分からないけれど、神様同士のルールか何かか?



「じゃ、じゃあ、早速エルニア様を解放しましょうよ。案外、エルニア様の犯した罪っていうのは、盗み食いとかかもしれないよ? ね」



 気を変える様に、少しお茶らけた声でそう言うと、視線を多比良姫様に向けた。

 すると、「そうじゃの」と手元の鍵に視線を落とした多比良姫様が、次の瞬間にはそんな大事な鍵を、有ろう事かポイッと俺へと放り上げる。



「おわっ!」と、慌てはしたものの、こちとら正捕手である、突然の事とはいえ、見事にアジャストしてみせ、その鍵をフワリと手に収めた。


「あ、危ないじゃないですか、多比良姫様! 落として割れたらどうするんですか!?」

「まぁ、そう怒るでない、凡太。それにそいつはそんなヤワじゃない。落とした位で割れるか」




「まったく心配症じゃのう」と、ふぅと溜息を吐く多比良姫様。って、えぇ、俺が悪いの!?



「……それで、なぜこれを俺に?」



 少しふくれっ面になりながらそう多比良姫様に質問すると、俺の顔が面白かったのか、「ふふっ」と噛み殺し切れていない笑いを漏らす。



「ふむ、神の解放は神には出来ん。その眷属にもな。だから、お前さんにしか出来んのじゃよ」

「そういうもんなんですか?」

「そういうもんじゃ」



 投げ渡された鍵をまじまじと見つめて、「分かりました」と誰に向けてでも無く、頷く。そして、鍵から視線を外し、目の前で項垂れていたエルニア様に向き合うと、隣で舞ちゃんが「頑張ってください!」と応援してくれた。何を頑張れば良いのか分からないけれど。


「さて」と、相変わらず俯いているのでその表情を窺う事は出来ないエルニア様の周りを、グルリと回りながらジロジロとエルニア様を観察する。だが──、


(これ、どこか差し込む場所があるのかな?)


 マジックビジョンで周囲を見るが、鍵穴はおろか、何かを差し込む様な場所は見つからない。


(胸の谷間にでも、差し込めばいいのかな?)


 エルニア様の恰好は、あの宇宙空間の様な所で会った時と同じ、白くて薄いドレスだ。なので、どうしても、あの凶暴なオパーイへと目が行ってしまう。俯いた顔と同じく、元気なく垂れ下がるあのオパーイこそがエルニア様の正体なのではないかと、バカな事を考えていると、



「……やはり凡太も男、胸が大きい方が好みなのかの?」



 と、ガッカリといた気持ちと多少の怒りが込められた様な、そんな複雑な声質で、多比良姫様がそんな事を言う。見ると、自分の胸元へと視線を落としていた。少し視線をずらすと、舞ちゃんも自分の胸元に視線を落としては、溜息を吐いている。二人とも、何しているのかな……。



「……違いますよ」



 多比良姫様の言葉に、嘘で塗り固められた言葉で返しながら、



「えっと、これを差す鍵穴はどこに?」



 と、平然を装いながら、分からない事は素直に聞く性格なので率直に聞くと、



「それは鍵の形をしておるが、正確には鍵では無い。おぬしの魔力をその鍵に込めればいいだけじゃ」



 自分の胸元から顔を上げた多比良姫様が、答えてくれた。



「魔力、ですか。解りました」



 多比良姫様に言われた通りにその鍵に魔力を込めると、ブワリとなにやら文字が浮かび上がった。



「うわ、なんだ!?」「凡太さん!?」



 驚く俺と、心配する舞ちゃんをよそに、浮かび上がった文字は徐々に光輝き、エルニア様を覆い隠した。



 ☆ エルニア視点   ☆



(またしても、私は……)


 何度目かも分からない。いや、最初から数える事すらしていない自責の念に、私の心は塗り潰されていた。そんな無駄な時間ですら、ここでは意味を成さないというのは解っているというのに、それでも私は、自分を責めずにはいられないのだ……。


 ここは幽閉世界、コキュトラス。何もない、白い色しかない永遠の世界。私達神々が、己を戒める為に、そして、他の神を幽閉する為に作られた世界である。

 私が幽閉された理由、それは私が統べる世界であるエルーテルの住人、魔族の幹部の一人が、あろう事か他の神が統べる世界に混乱をもたらせたという罪。

 まさに、寝耳に水といったその出来事に、私は一つの可能性を考えた。


(繋がりを深めてしまった……、という事ね)


 私がコキュトラスへと幽閉される際、その場に居た一人の女神(ゆうじん)の顔が思い浮かぶ。その女神との繋がりが、私の世界とあちらの世界を必要以上に繋げるに至ってしまった。私はそう考えたのだ。


 もちろんそれだけではあるまい。私が思っている以上に、魔王グラン・クルーゼの力が強大であるという事も関係するだろう。

 単に、私と彼女との繋がりだけで、おいそれと世界を渡り歩けたりはしない。当たり前だ。それは最早、神の領分なのだから。だが、あの魔王はそれをやってのけた。恐らくは、その馬鹿げた魔力によって……。これは由々しき事態である。


(おそらくは何かしらの魔道具を利用したのでしょう。もしかすると、過去に勇者に渡したアイテムが、その引き金になったのかも知れません……)


 魔王を討伐するに辺り、私が召喚し、エルーテルへと赴いた勇者は10と7。その勇者たちには魔王討伐への助力として、私自らが創った、神器とも呼べる力を持った武器や防具、アイテムなどを用意してきた。それらには少なからず私の神威が備わっている。それらを利用して、世界を渡る魔道具を作ったとしても、あの魔王なら不思議では無い。


(もはや、一刻の猶予もありません……)


 私がここに幽閉されている間、エルーテルに私の神威は届かない。それが一体どういう結果をもたらすのか、それを想像するだけで、私はまた、何度目か分からない自責の念に囚われるのだ。



 ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~


 それから、幾日が過ぎ去ったのだろうか。このコキュトラスには時間というものが存在しないので、今がいつなのか全く分からない。そもそも悠久の時を生きる私達にとって、時間というものは最初から存在すらしていなかった。──新たな魔王が生まれるまでは──だが。


 このコキュトラスに幽閉されてからというもの、私はいつも同じ事考えていた。


(エルーテルはまだ顕在するのだろうか?)


 私の統べる世界であるエルーテル。その世界の存在には私の神威は必要不可欠だ。にも関わらず、神威の全く使えないコキュトラスにその身を置いている。それが何を意味するのか、赤子でも解るだろう。


 その事を考えるだけで、激しい焦燥感に苛まれる。だが、何も出来なやしないのだ。

 私に出来る事、それはただ祈るだけである。私がここから出るまで、エルーテルが存在している事を──。それはくしくも、あの時、遠見の水晶玉で視た、魔物に襲われたエルフの姫が最後に見せた祈りの姿に似ていて……。


(……あの時の凡太さんは、かなり怒っていましたね……)


 ここに来て初めて、自責以外の事を考えた私の脳裏に、底意地の悪い笑みを浮かべる、だけど、憎めないあの少年の顔は思い浮かぶ。


(元気で居るのでしょうか? 私の可愛い眷属は無事でしょうか?)


 最後に見たのはいつだろうか?と考えて止めた。今がいつなのか分からない以上、その質問には答えが無い。


(あの子はとても心配しているでしょうね……)


 常に少年の傍に居る様にと命じた、眷属の少女の顔を思い浮かべると、その顔は何故か泣き腫らした顔をしていた。


(もしかすると、凡太さんに酷い事をされたのでしょうか?)


 その時は、あの少年が思いを寄せるという少女の枕元に立って、有る事無い事全て話してしまおうと決意する。


 ──その時ふと、物音が聞こえた。おかしい!この全てを遮断するコキュトラスにおいて、物音がするなんて事、有る訳が無い──!


 ガバリと顔を上げ、視線を至る所に向ける。だが、嫌になる程の白があるだけで、変わった所は無かった。


(……凡太さんのくしゃみ、ですかね?)


 凡太さんの世界には、噂話をされるとくしゃみが出るという言い伝えがあるらしい。先ほどから彼の事を思っていたので、もしかすると彼のくしゃみが聞こえたのかもしれない。


(そうなると、コキュトラス(ここ)まで聞こえるほどの大きなくしゃみという事になりますけれど)


 そう考えた時、再び物音が聞こえた。そしてその物音はとても近く──自分の口元から発せられていて──


(私、今、笑って……?)


 目を見開くと同時に、無意識に口元に手をやる。エルーテルが大変かもしれないというのに、今、私は笑っていたのだ。



「う、うぅ……」



 申し訳無さで心が埋まる。エルーテルの住人達がどんな苦しい状況に置かれているかも知れないというのに、今、私は笑っていたのだ。

 今までに無い程の圧倒的な自責の念が、私の心を圧し潰そうと冷たく()()かる。流れる事は無いと思っていた涙がスッと、頬に落ちた。



 そうしてまた、どの位の時間が経ったのだろうか。突然、ブワリと何かが私を引っ張り上げる! 


「そんなッ!? 解放されるというの!?」



 このコキュトラスに幽閉されたのは今回が初めてだ。だから今、己の身に何が起きているのかは分からない。分からないけれど、外から急速に引っ張られるこの感覚は、ここから──コキュトラスから解放されるという事以外は有り得ないと直感で理解出来る!


(そんな?! だって、コキュトラスから神を解放するには魔力が必要で、そして、神の眷属には出来ない筈!)


 このコキュトラスが創られた時、ここの責任者はそう説明していた。であるならば、神でも眷属でも無い何者かが、私を解放してくれようとしている!?

 自慢では無いが、私の友人はそう多くない。その少ない友人の中で、神以外の者となると該当者はゼロ、だ。

 だが、知り合いはいる。その中で、このコキュトラスに赴き、尚且つ神を解放しうるほどの魔力の持ち主となると──!



「凡太さん!?」



 急速に戻される感覚の中で、私の頭には、底意地の悪い笑みを浮かべる、だけど憎めないあの少年の顔が再び浮かぶのであった。


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