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第九十四話  永遠の牢【コキュトラス】

「……目を開けても良いぞ、凡太……」



 多比良姫様の、幼いけれどどこか凛とした声が耳を撫でる。その声に、閉じていた目をそぉっと開けた。


 目に飛び込んできたのは、ただただ真っ白な空間だった。地平線はおろか、どこにも節の無い、どこまでも黒が存在しない空間だ。足元に目を向けると、明るいのに影が無い。だが重力の様なものはあるのだろう、何も無いのに立っているというだけは解る。

 傍に多比良姫様と、一緒にやって来た舞ちゃんが居なければ、精神をおかしくしても不思議ではないほどの、ただ白い空間。ここでの俺は、単なる異物でしかない。そう感じさせるほどの圧倒的な無が、ここには存在していた。


「エルニアに会いに行くぞ」 そう多比良姫様に言われ、言われるがままに、目を閉じて体から力を抜いていると、フワッとした浮遊感というか、虚脱感みたいなものを感じたと思ったら、ここへと着いていた。



「ここは、いったい?」



 厳しい目で、周りを見渡していた多比良姫様に質問を投げかけると、俺に振り返る事無く、若干の苛立ちが含まれた声で、



「永遠の牢、【コキュトラス】。わらわ達の間ではそう呼んでいる」

「コキュトラス……」



 コキュラトスという言葉が何を意味するのか分からないけれど、永遠の牢って名前は、この空間にふさわしい言葉だった。何も無いから、時間が進んでいるのかですら感じられず、自分以外何も無いから、生きているのかでさえ解らない。その名の通り、無の永遠がここにはあった。



「こんな所にあの方がいらっしゃるのですか!?」



 俺と共に、多比良姫様に連れてこられた舞ちゃんも、どこか不安そうに尋ねるが、



「……ついて参れ」



 それには答えず、すたすたと歩き出す。答えてくれなかったことに、さらに不安の色を深めた舞ちゃんに、そっと手を差し伸べた。



「行こう、舞ちゃん」

「……はい」



 差し出した俺の手を握り頷く舞ちゃんと共に、俺達は先を行く多比良姫様の後を追うのだった。



 ☆



 それからどの位歩いたのだろうか。距離的にも、時間的にも計測する目安が何も無い、まるで、某戦闘民族が、自分よりも強い敵と戦う為に、短い時間で修行できる部屋みたいなこの空間では、それらがすべて解らない。ただ、解るのは、多比良姫様から離れてはいけないという事だけ。


 そうして暫く歩いていくと、少し遠くに、黒い点が見えた。この世界に来て初めて見た、俺達以外の異物である。すると、



「……ようやく見えてきたの」

「という事は?」

「そうじゃ。アレがエルニアじゃ」



 多比良姫様の少し疲れた声。それを聞いた舞ちゃんが「エルニア様……」と、俺の手を少し強く握る。そうしてようやく、その点が人の形を、良く知る神様(ひと)(?)だと解る所まで歩いてきた時、



「エルニア様!!」  俺の手を離れ、駆け出す舞ちゃん。

「待って!?」「待つのじゃ!」と、俺と多比良姫様が制止を求めるが、止まる素振りを見せないまま、エルニア様の下へと走り寄り、その体に触れようとした時、バヂン!!という音と共に、「きゃあっ!!」という舞ちゃんが悲鳴を上げる!



「舞ちゃん!!」



 倒れてしまった舞ちゃんの下へと駆け寄り、抱き起こす。見た感じ、怪我をした感じはなさそうだけど……。



「大丈夫!? 舞ちゃん!?」

「私は平気です。それよりもエルニア様が!」



 悲痛な声を上げる舞ちゃんのその視線の先に、エルニア様が居た。牢というわりには鉄の柵も、壁も無い。テレビのコントで見るような縞々の囚人服ではなく、俺が召喚されたときに来ていたドレスを着ているし、手錠がされている事も無いし、体をロープで縛られている様子も無い。 ただそこに 座っているだけだ。その姿からは、とてもこのコキュトラスに収監されているとは思えない。


 ただ、その表情は俯いていて見えない。気迫も無い。そこだけ重力が過剰にかかっているかの様に、オパーイも元気無く項垂れていた。



「エルニア様──!」

「──待って、舞ちゃん! 多比良姫様、これはどういう事ですか!?」



 その姿が、様子があまりに普通じゃなくて、俺は横に立つ、辛そうにエルニア様を見つめる多比良姫様に詰め寄る。

 牢と言うからには、ここは神様を収監させる空間である事は間違いないはずだ。何も無いこの空間の特異性から考えても、それが正しい事は分かる。

 なのに、収監されているはずのエルニア様は、見た感じ、どこも取り押さえられている様な感じは無い。にも関わらず、身動き一つしなければ、これだけ近くで俺達が騒いでいるというのに、それすら反応を示さない。これは明らかに変だ。



「……先も言ったように、ここは永遠の牢。その名の通り、神を封じる空間じゃ。そして、ここに封じられた神は、このエルニアの様に、全ての力、神威が封じられ、何も感じなくなってしまうのじゃ」



 エルニア様から視線を外さずに、そう答えてくれた多比良姫様。その表情はまさしく悲痛。



「……凡太よ、お主ならば魔力を感ずる事が出来るよな? ならば、その魔力を感知する力を使ってみよ。なれば、解る筈じゃ。エルニアは元より、わらわからも神威が発せられていない事が、の」

「……神威を使えないのであれば、魔力も使えないのでは?」

「いや、ここは神の力を封ずる理を持った所じゃ。神の力はお主らの想像よりも遙かに膨大。ゆえに、それ以外の力は封じる事はしとらん。そこまでしとったら、神の力を封じる事など出来んからの。ま、ここに、神以外の者が来る事なんぞ、想定されていないと言った方が正しいかもしれんが」

「……分かりました。やって見ます。──マジックビジョン」



 多比良姫様に促さるまま、相手の魔力を測るマジックビジョンを使用する。別に周囲の魔力を感知するマジックサーチでも良かったのだけど、この何も無い空間だ。それを使う意味は無いだろうと判断した。


 マジックビジョンを使った目で、多比良姫様とエルニア様を見ると、多比良姫様が言っていた様に、何も反応を示さなかった。マジックビジョンについて、そこまで詳しい訳じゃないけれど、魔力を持つ個体を見れば、オーラみたいな色がその個体から発せられるはず。実際、ゴブリンと戦ったミケを見た時、ミケを包む白い塊が見えたのだから。



「……確かに、何も感じません。ですが、マジックビジョンは魔力に反応する魔法です。ならば、神様の持つ、その神威とやらには反応しないのでは?」

「いや、反応する。わらわ達の力の根源である神威と、お主らの力の根源たる魔力は同じ様なものじゃからの」



「まぁ、おおざっぱに言ってしまえば、じゃがの」と言う多比良姫様に、「へぇ、そうなんですか」と返しながら、隣に立つ舞ちゃんを見ると、かなり小さいながらも魔力を感じた。



「そんな!? じゃあ、エルニア様はずっとこのままですか!?」



 その舞ちゃんが嘆き声で多比良姫様に質問すると、手で舞ちゃんを制止ながら、




「慌てるでない。今、使いの者が──と言ってる傍から来おったな」

「「え?」」



 多比良姫様がそう口にすると、顔を上に向ける。それにつられて俺も舞ちゃんも上を見るが、相変わらず、怖いくらいの白がそこにあるだけ。

 ──いや、何やら黒い点がフッと浮かび上がった。そしてそれは、ゆっくりと大きくなっていくと、見慣れた形となる。天狗の天さんだ。


 バサバサと背中から伸びる、カラスの様な黒い羽根をバタつかせ、僕たちの傍に降り立つと、俺と舞ちゃんに軽くお辞儀をすると、多比良姫様へと面向かう。そして、



「多比良姫様、これを」

「うむ」



 天さんが何かを多比良姫様へと渡す。それを受け取ると、「ご苦労じゃったな、天」と労いの言葉を掛けた。


「では、あっしはこれで」と、用が済んだとばかりに天さんは翼を大きく広げると、俺達に向き直り、再び頭を下げると、バサリとはばたく。そして、そのまま上空へと飛んで行くと、来た時と同じように小さい点になって、最後は消えてしまった。



「……何か急いでいるみたいでしたが、大丈夫ですか?」

「なに、問題無い。ここに長い時間居ると、天の奴も辛いだろうからな。それに、まだ天にはやってもらいたい事もあるしの」

「そうですか……」



 そのあまりな展開の早さに、思わず口から漏れ出た心配を、多比良姫様は汲み取って答えてくれた。土手が居なくなり、ミケとギルバードの様なエルーテルの住人が居なくなっても、まだやる事があるのか。……大変だな、天さん。死なないで、天さん。



「それは一体なんですか、多比良姫様?」



 舞ちゃんの質問で、俺も意識を多比良姫様の手に向ける。天さんから受け取ったのは、木箱のようだった。



「ふむ、これか? これはのぅ……」



 と、ゆっくりと木箱の蓋を開ける多比良姫様。


 すると、中から煙が出て来て、あっと言う間に老人になる……という事も無く、光り輝いて目がやられるといった事も無く、普通に開いた箱に入っていたのは、これまた木で出来ている、鍵だった。



「それは? 見た所、鍵の様に見えますが?」と、少し間抜けな質問をした俺に、ニヤリと笑った多比良姫様は、木箱から鍵を取り出して、



「まさしく鍵じゃよ。エルニアを解放する為の、な」


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