第八十九話 イケメンパワーに恐れをなす
「くっ! えぇい、殺せ、キメラ!!」
たじろぎながらもキメラに命令を下す土手。だが、そんな飼い主の心情が移ったのか、『GWUU?!』と、尻込みするキメラ。
でも、それも仕方無い。さっきまでとは桁違いな魔力が、俺から放たえているのだから。なぜ急激に俺の力がそこまで上がったのか……。それは、善行進化のレベルが上がった事で得られたスキルのお陰である。その名も、“レベルアジャスト”だ!
“レベルアジャスト”──それは文字通りレベルの調整、だ。自分の力以上にレベルを上げる事は出来ないが、下げる事が出来る、なんとも不思議なスキルだ。
最初にステータス画面でこのスキルを見た時は、果たして使う時が来るのかと思ったのだが、今では、俺の為にある様なスキルだと言い切れる。
切っ掛けは、あのリザードマン事件を解決した後だった。旗のリザードマンを倒し結界が解かれた後、駆け付けた救急や警察の人に保護される前の事──。
「有難うな、凡太。お前のお陰で助かったよ」「凡ちゃ~ん! ありがと~!!」と、都市下さん以外にも感謝されたのだ。それは、球也であり鈴子であり、そして──
「ま、まぁ、人族の割には良くやったにゃ。ありがとにゃ……」「覚えていませんが、ミケから聞くに、どうやらアナタに命を助けてもらった様で……。有難う御座います」
ミケやギルバード(ギルバードは目を冷ました後だけど)であり、そして──
「凡太さん……。貴方のお陰で、私はあの御方のご期待を、ご命令を破らずに済みました……。ほんとに、有難う……」
舞ちゃんである。
そうして、皆から感謝の言葉を、命を助けてもらった感謝を受けた時、俺の中でナニかが溢れていった。あの都市下さんの時の様に。
その後、俺は自分の部屋でそっと自分のステータスを確認してみた。そこに書いてあった、とんでも無い数字を見た時、嬉しさよりもどうすんの、コレ?って気持ちの方が強かった。ただでさえ、この世界の人間からかけ離れた強さを得た俺。その事に後悔は全く無い。だけど、これ以上強くなる気もなかった。これ以上強くなったら、日常生活に支障が出るんじゃないかって思ったから。
マンガやラノベの主人公が強過ぎる力を得た時、日常生活はどうすんのかなぁ?と思っていた。そんな疑問が、まさか俺の身に訪れるとは思っていなかった。俺、人間辞めるのかな?なんて、漠然と不安になっていた。
だが、そんな事にはならなかった。その後に、ミケとギルバードの言語問題をどうにかしようと、ご都合主義で覚えたスキルを見た時、その中にあったレベルアジャストの説明欄を見た時、俺は歓喜した! これで俺は、人間を辞めずに済む。皆に嫌われなくて済む、と。
だから俺は、気兼ねなく善行レベルを上げまくった。殆どのポイントを使い果たし、限界まで上げたレベル。けどそれでも上限までは行かなかった。RPGのゲームと同じで、レベルが高くなるにつれ、必要な善行ポイントが桁違いに跳ね上がったからだけど。
その後、レベルアジャストを使って、旗のリザードマンを倒した値に調整した俺。そこからは、一度も元のレベルに戻す事無く過ごしてきた訳だけど。
「本当なら、使いたくは無かったんだ。いや、元に戻したくなかったんだ。だって、皆と一緒に居たかったから。俺の事を怖がって欲しくは無かったから……」
ミケとギルバードの元へと着いた舞ちゃんに向けて、そっと語る。この人間離れした力のせいで、球也や鈴子などの学校の皆と、舞ちゃんやミケ、ギルバード達と距離が離れてしまったら、俺は耐えられなかった。
「……でも、後悔した。舞ちゃんに、須原さんに嫌な思いをさせてまで、守る様なもんじゃないから……。だから、俺は使うよ。この力を!!」
俺の力を周りに知らせないための、ご都合主義らしいスキルだった。だけど、それは大切な人を傷付けてまで使い続ける様な、そんなものじゃ決して無い!!
本当なら、もっと早く使いたかったのだけれど、それは無理だったのだ。自分の好きな強さに変更出来るのだが、下げるのは比較的問題無いのだが、上げるのは意外と時間が掛かるのだ。ただ、元のレベルに戻すだけだっていうのに。まぁ、そこまで時間が掛かる訳じゃないけれど、それでもあのキメラの相手をしながらでは出来なかった。一回しか使っていないレベルアジャストだったから、慣れていなかったというのもある。
キメラが俺を警戒──正確に言えば、持っている刀を警戒してなんだけど──している時間を利用して、レベルアジャストを実行した。完全に元に戻す程の時間は無かったけれど、今の状態でも、あのキメラには勝てるだろう。そんな確信があった。
「どうしたんだ、バケモノ!! 早く平を殺せぇ!!」
『……G、GWAUAAAAA!!!』
今度こそ、俺自身を警戒し、動けずにいたキメラに、土手が声を張り上げる! すると、意を決したキメラが、今までに見せた事の無いスピードで、俺へと突っ込んでくる! どうやら、本気を出していなかったのは、俺だけじゃ無かった様だ。
『GWOUUU!』と掛け声を上げながら突っ込んできたキメラの突撃を躱した俺の前に、俺の胴体よりも太いヘビの胴体が、こちらも先ほどとは比べ物にならない速度で、ムチの様にしなりながら飛んで来る!だが、レベルを上げた事で、各能力も格段に上がった俺には、とても遅く見えた。
「遅ぇよ!」と、飛んで来たヘビの胴体をゆうゆうと躱し、お返しとばかりにパンチを食らわす。
『SYAGYUW!?』
パンチを受け、その部分を凹ましたヘビの尻尾、その先にある蛇頭が、奇妙な悲鳴を上げながらのたうち回る。その牙から透明な液体が滴り落ちていた。毒か?
痛みにのたうち回りながらも、その体を俺へと巻き付けてこようとするキメラ。そして、その動きが不規則な軌道で持って、俺へと向かってきた!
「うお!?」
余りに不規則だったので、躱しきれなかった俺は、ヘビに巻き疲れてしまった。俺の体に絡みついたヘビは、ギリギリと俺の体を締め付けてくる!
「おいおい、どうした平! 結局捕まってるじゃ無いか!?そのまま絞殺されてしまえ!」
俺が捕まった事を喜ぶ土手。その声に応える様に、俺を締め付ける力が増していく。
「凡太さん!?」「凡太!?」 舞ちゃんとミケが心配気な声を上げる中、『SYAWOOO!!』と、頭の上から声が聞こえた。
顔を上げるとそこには、ヘビ頭。その牙から毒を滴らせている。どうやら俺に噛み付き、毒を注入しようとしているらしい。
「その牙、痛そうだな……」
傍から見れば、絶体絶命のピンチ。だけど、俺の中には焦りは全くない。
俺は、ヘビに巻き疲れた体にグッと力を込めた。──それだけで、ヘビの拘束は緩んでいく!
『SYUWA!?』
「悪いな。俺の方が強いみたい、だ!!」
一気に力を込めると、パァン!と俺を締め付けていたヘビの体が、文字通り弾け飛んだ!
『GRYWAAA!!』『MYEEA!?』
ヘビの体を殴り付けた時には悲鳴すら上げなかったライオンとヤギが、堪らず悲鳴を上げる! そして、体を弾き飛ばされたヘビ頭はクルクルと宙を回ると、ヘビの血で紫に染まった俺の目の前に、ぽとりと落ちた。舌をダランと出し、白目を剥いて死んでいた。
何が起きたか頭が付いて行かないのか、しーんと静まり返った会場内。そんな中、今度はこちらを向いたヤギが俺を捉えると、『MEYEEE!!』と鳴き叫ぶ!
自分の目の前にバチバチと弾ける光の玉、雷玉を生み出した! おいおい、至近距離でソイツをやんのかよ!
『MEYWEE!!』と、怒りに満ちた目で俺と睨むと大きく鳴く! それに呼応して、雷玉から紫雷が伸び、俺へと向かってくる!
さっきまともに食らって、動けなくなってしまった紫雷。空気をビリビリと震わせながら襲い来る紫雷を、魔力を籠めた手で、「ふん!」とそれを弾く!『MYE!?』と驚いたヤギをよそに、弾かれた紫雷は、そのまま土手の居るバルコニーへと飛んで行った。
「うお!?」と、それを躱す土手。惜しい、当てれば良かったのに。
「オマエもウザいな」
『GYMYE!?』
キメラのヤギ頭目指して力を加減してジャンプすると、キメラの顔面にパンチをくれた。鈍い悲鳴を上げ、グルリを首があらぬ方向に向き、グテッと舌を出して動かなくなるヤギ。
「これで、二匹、かな?」
スタっと、意外にカッコ良く着地が決まった。これ、須原さんへのアピールになるんじゃないか!?
その事に気付いた俺は、観客席の一画、学校の皆が居る所へと目を向けようとした時、会場内が沸いた!!
「うおお!頑張れぇ!」「負けないで、お兄ちゃん!!」「勝ったら、俺の酒をやる!だから、勝ってくれぇ!」
土手に洗脳されていたとはいえ、さっきまで俺にヤジやブーイングを飛ばしていた人達が応援をしてくれるのは、何か変な気分がして落ち着かない。というか、最後のオジサン、俺はまだ未成年なんで、遠慮しときます。
《私達の為に恐ろしい怪獣に立ち向かい、怪獣と対等に戦う少年に、皆さんの応援が降り注がれます! 良く見ると、あの少年もなかなかのイケメンですね! でも、私のギル様に比べれば、まだまだですけど。きゃあ、言っちゃったぁ!》
正気に戻ったというのに、そんな事を宣う実況のお姉さん。正気に戻ってもなお、そんな事を言わせてしまうギルバードのイケメンパワーに恐れをなす。
(う~ん、ここで手でも振っておいた方が良いのかな?)
そっと手を上げると、「「うお~!!」」と、会場内が揺れる程の歓声が上がった! き、気持ち良い~!!
(これはクセになりそうだ。アイドルってこんな感じなのかな?)
味わってはいけない快感に身を震わせていると、手からも振動が伝わってくる。
(ん?なんだ?)
振動が伝わって来た右手を見る。そこには、抜き身の刀──風華雪月が「キィイン」と高い音を立てている。一体、何が──
(──あぁ、そういう事か──)
何故か、風華雪月が震えていた理由が理解出来た。
(解ったよ、使ってやるから)
苦笑いを浮かべると、一際大きく震えた後に震えは収まった。ったく、──なんで私を使わない!?って怒るなんて、困った刀である。
(なら、俺の魔力に耐えてくれ、よ!)
魔力を風華雪月へと流し込む。その量は、相棒であったバットの限界量を遙かに超えていたが、何事も無かった様に、ただその刀身を淡く輝かせるだけだった。
(怒るだけの事はあるじゃん。さて──)
淡く光る風華雪月を、キメラに向ける。ようやく使ってくれるのか!と、チャリと鍔を鳴らす風華雪月。
正面に立つキメラは、尻尾から紫の血を流し、背に乗るヤギの頭はグッタリとしていて。見るだけなら満身創痍に見える。だが、こちらを憎々し気に睨むライオン頭のその目からは、依然として尋常じゃ無い程の殺意が放たれている。
だがその口を大きく開けると、徐にクルッと後ろを向いた。そしてなんと、自分の尻に弱めの火を吐きかける。
(アイツ、何を……?)
訝しむ俺をよそに、自分の尻を焼くキメラ。十秒位そうしていたが、火を止めると俺へと顔を向ける。その焼かれた尻は黒く焦げていた。そして──
(なるほど、止血、か)
俺が引き裂いたヘビの尻尾。そこから紫の血をダラダラと流していたが、それを自分の炎で焼いて止血したのだ。思ったよりも、このキメラは頭が切れる。
「おい、土手。ちなみにコイツの名前はなんていうんだ?」
今さらながら、このキメラに興味を持った俺は、土手に聞いて見た。その土手は、キメラの思わぬ劣勢に、「なんだよ! アイツ、弱いじゃねぇか!」と、バルコニーの手すりを手で叩きながら、
「名前? そんなもんねぇよ! キメラはキメラだ!」
「そうか……」
そっと目を伏せる。少しだけ可哀想だなと思ったが、首を振ってそれを否定した。
それを隙と見たのか、『GWAAAA!!!』と、魔力を一気に発して、爆発的なスピードで、俺へと向かってきたキメラ! そのスピードはあのゴブリンの旗を凌駕していた!
「はぁあああ!!」
だが、それだけだ。俺を超える所か、驚かせることすら出来ない。俺は、構えていた風華雪月を大きく振り上げると、肉薄し、俺を八つ裂きにしようと振り下ろした右前脚もろとも、ぶった切る!!
『GYWAAAUWAAA──!?』
右前脚はおろか、その体を切り裂かれたキメラ。だが、生命力が異常なのか、絶命には至っていない。悲鳴を上げながら、残る足で何とか立ち上がろうとするキメラの眼前に立つと、体を捻る。
「飼い主に恵まれなかったんだな、オマエ。だが、同情はしねぇよ。オマエは観客席に居た人達を殺したからな」
叫び、紫の血を流すキメラにトドメを刺すべく、風華雪月を薙ぐと、コトリと最後に残っていたキメラのライオン頭が落ちた。
──その瞬間、歓声が爆発した──