第八十六話 この世界にも魔法があるとでもいうのか!?
私の傑作であるキメラがその姿を現した途端、周りの観客たちは静まり返る。
幾ら教主の人族が洗脳していたとしても、やはり生物の根源、所謂本能と呼ぶべきトコロは、そう易々とは変えられないらしい。
(登場時に、何人か殺してしまったしな)
キメラが、登場する際に破壊した鉄の扉が、観客席に飛び込み、そこに居た少ないない観客が犠牲になっているのを見た事も、少なからず影響しているとみて良いだろう。
(まぁ、人族──とりわけこの世界の人族がどうなろうと、私はおろか、あの御方も気にはすまい)
フッとはにかんだ私に、教主の男が質問してきた。
「おい、お前ご自慢のあのペットには、本当に平は勝てないんだな?」
(また、私の作品をペット呼ばわりしおって……)
怒りよりも先に呆れてしまった私は、目の前の男にバレぬ様、そっと嘆息した後、
「はい。以前計測したアヤツの強さでは、私が作り上げたあのキメラは倒すのは不可能です」
と私の見解を答えると、その答えに満足したのか、教主の男は、その口先が耳まで届くのではという程に歪め哂うと、
「そうか、それで良い。これで平も終わりだ! そして、塚井さんは俺のモンだ!」
と、勝ち誇る。
(全く、そんなつまらん事で、私の大事な作品を使いおって……)
何度目か分からない溜息が、口を出る。まぁ、進言したのは私なので、特に文句を言うつもりは無いがな。
そんなキメラが威嚇の声を上げながら、期せずして実験台となってくれた人族の少年へと向かって行く。
(ほぉ。特に指示を出さずとも、自分で判断し行動してくれるか。いや、逆に命令したい時の邪魔になるかもしれんな)
キメラの行動一つ一つを、頭の片隅へと書き込んで行く。キメラ(あれ)が傑作である事に間違いないが、それでも完璧な作戦とは言えない。まだまだ改良の余地はあるだろう。なので、アレの行動を頭に書き込んでいき、後々の作品作成や改良の糧とするのだ。
「おい! 目の前の男がお前と遊んでくれるってよ! 良かったな!」
『GYWAAAA!!』
私が今後の改良箇所について思いを馳せていると、教主の男がキメラに合図を送る。すると、人族の少年目掛け、自分の前足を振り払う!!
「いきなりかよっ!」
少年は驚きつつも、手に持つ変わった形をしたこん棒で、それを迎え撃つ。いきなり逃げないで迎え撃つとは、中々良い判断をする。
バガァン!という衝突音。驚いた事に、あの少年はその変わった形のこん棒で、あろう事かキメラの前足による攻撃を受け切っていた。
(むぅ。アレを受けるとは、あの少年、何者だ?)
前もって得た情報では、この世界には珍しい魔力を保持する少年だという事だが、どうやらそれだけでは無さそうである、
(なに、構いやしない。魔力があると言ってもしょせんはこの世界の住人。魔力を制する事はおろか、魔法すら使えやしまい)
むしろ、多少の想定外は、キメラの性能を測る上でも歓迎すべき事だろう。その想定外にどう対処するのか、という点は試す価値がある。
(魔力という点に於いては、あの少年よりも残る二人の方が気に掛かるが)
私の視線は、闘技場の真ん中で、キメラを見て怯えている獣人とエルフに注がれる。万が一、あの作品を害する事が出来るとしたら、それは向こうの住人であり、魔力の使い方を熟知しているかの者達であるからだ。だから、私の予想では、あのピューマ族の小娘かエルフが、キメラの相手となるとばかりに思っていたのだが。
(それも無理か。あそこまで怯えている様では、な)
腰を抜かしているピューマ族の小娘と、呆然としているエルフでは、一体何が出来るというのか。
そんな中、「なにしてんだ、二人とも! 早く、ここから離れろ!」と怒鳴る少年。私としては、キメラが多人数にどう対応するのか見てみたいのでそのままでも構わないが、あの教主の男がつまらぬ約束をしたせいで、それは期待出来そうもない。
少年が必死に声を上げ、ピューマ族の小娘とエルフの戦士を逃がそうとするも、キメラの圧力に飲み込まれた二人は、愛も変わらずその場から動けないでいる。このまま、既成事実として、二人を巻き込んでも面白いかもしれない。
だが、それは叶わなかった。常に発動しているマジックビジョンで、少年の魔力が瞬間的に増したかと思うと、次の瞬間にはキメラの前足を弾いていた! 自分の背丈以上の大きさの、キメラの足を弾くとは!
(魔力の使い方を知っているのか!? どうして、あの人族の少年も意外とやるではないか!)
胸が躍る。私の中で、あの少年の価値が跳ね上がる。教主と呼ぶ人族の男よりも、よっぽど面白い!
『GRUWA!?』
バランスを崩したキメラの隙を突いて、少年が走り出す。狙いは──キメラの体の下か!?
そのまま駆け抜ける少年。そして、キメラの反対側へ回ると、「こっちだ!」とキメラを挑発する。──なるほど、考えたもんだ。
少年の行動の意図を理解した私は、闘技場で動けずにいた二人を見る。すると、ヨロヨロとした足取りではあったものの、闘技場から降りようと移動していた。
(なるほど、上手く逃がしたもんだ)
思ったよりも戦闘慣れしている少年に、私は賞嘆した。この世界にあれほどの少年が居るとは、思いもよらなかった。
(あの御方にもお伝えしなければなりませんね……)
また、頭の片隅に書き記す事が増えた。だが、そこまで苦にならない。この事は、私にとっても有意があるからだ。
「よし、これでお前と思う存分遊んでやれるぞ? 嬉しいか?」
二人が闘技場から去った後、キメラの後ろに回り込んだ少年が、キメラに向けて言い放つ。そこにあるのは蛇の尻尾。その先に付いている蛇頭に『SYAAA!』と体を大きく伸ばし、少年を噛み砕こうと、その口を大きく開け放つ。
(ほぉ?) その攻撃を見た私の口から、感嘆の溜息が出る。 そのキメラの尻尾による攻撃の早さと、それを躱した少年に向けて。
(良い早さだ。それに、あれを躱すとは)
少年の株がますます上がる。正直、このままここで殺してしまうのは、少し惜しい気がして来た。人族の、しかもただの少年が、私の作品相手に、ここまで生き延びるとは。
ヘビの攻撃を躱されたキメラは、ゆっくりと体を回転させ、少年と正対する。すると、正面のライオンがカパッと、その口を大きく開ける。その動作を見た少年が、その場から大きく飛び退く!直後、ライオンの口の奥から炎が迸り、少年のすぐ横を通り過ぎる!
(あの炎の直撃を躱すか!)
私は知らず、前のめりになる。まさか、あの炎を事前に察知して躱すとは!あの少年は期待以上だ!
「あちちっ!?」
熱で焦げた服を手で叩きながら、キメラから距離を取る少年。「火球程度かと思ったら、シャレになんねえ事しやがって!」と文句を言っているが、キメラが火球を吐く事を知っているとは、驚きである。
(だが、そこはまだ攻撃範囲だぞ、少年?)
私がそう思うより早く、キメラが『MYEEE!!』と鳴き狂い、ヤギの頭の前に雷球を生み出すと、少年に向けて紫雷が伸びる。
「ちょっ!?」
少年へと伸びた紫雷に触れた空気が、バリバリっ!と悲鳴を起こす中、必死に雷を避けていく初年。だが、細かく枝分かれした細い雷に触れたらしく、一瞬その動きを止めてしまう。が、意識を失うのだけは何とか耐えた様で、ふらつく足を叩いて何とかキメラから距離を取る。
(あれも躱すのか。恐れ入る)
最早、私のお気に入りと化した少年。その周りを包む魔力がそっと膨らむと、少年は手足の動きを確認する。まさか、回復したのか? という事は、ファーストエイドまで使えるのか!?
私の中で、少年の評価がまた一段上がる。それと同時に、脅威度も一段上げた。それでも私はおろか、あのキメラの脅威になる程では無いが。
(さて、回復したは良いが、私のキメラとどう相対するのかな? 人族の少年よ)
ヤギの雷による遠距離、ライオンの炎による中距離、そして蛇による近距離と、攻撃に全く穴が無いキメラの攻撃に、あの少年はどう立ち向かっていくのか。
キメラの様子を窺いながら、何やら考え込む少年。が、次の瞬間には、己の足に魔力を集中させる。そして──
「ムービング!!」
「何っ!?」
思わず言葉が口から漏れ出る。まさか、身体強化の魔法までこなせるというのか!?
(まさか、私の調査が行き届いていないだけで、この世界にも魔法があるとでもいうのか!?)
いや、そんな事は無いと、すぐに否定する。使い魔を使って調査した結果、この世界には呪いや祈祷、奇跡の類はあったが、魔法そのものの存在は無かった。その事は、教主と呼ぶ人族の男にも確認を取った。
(だが、あの少年は今、確実に“魔法”を行使している!?)
全くの想定外に頭が混乱する。だが、次にはもう落ち着きを取り戻していた。冷静に考えれば、この世界の人間が行使した事が驚きなのであって、たかが、身体強化と初期回復魔法だ。向こうの人族にだって、簡単に使用出来る類の魔法だ。さらに警戒レベルを上げはするものの、問題となる事は無い。
(やはり、全く脅威にはならんな)
「うおぉぉ!」
己にムービングを掛けた少年が、キメラに向かって駆け出す。強化されているだけあって、その速度もそこそこ速い。少年は走りながら、こん棒を構えた。狙いはライオンの頭か?
(ほう、接近戦を挑むか)
「うおりゃあ!」
少年のこん棒が、キメラの横顔に向けて振られる。だが、私のキメラは俺の横から叩き付けたバットを、太い前足で受け切った。だが、その攻撃がキメラの想定を超えていたのか、少し驚いた声を上げていた。
『GRU!?』
「ぐぬぬ!!」
そのキメラの声を聞いた少年が、好機とばかりにさらに魔力を込めると、握るこん棒が、「キィィィン!」と少年の魔力に呼応して、光が増していく!
(さらに魔力を籠めるか?!)
すでに使用した魔力の量で言えば、あちらの世界の人族のソレを越えている。なのに、まだ魔力を使用出来るとは!? 間違いなく、あの少年は向こうの人族──魔力に慣れ親しんでいる奴らを越えている!
「こんちくしょ~!!ぶっ飛べぇ~!!」
『GWUUU!?』
たかが人族に力負けするとは思っていなかったのか、キメラが当惑した声を上げるが、その気持ちも理解出来た。まさか、この世界にキメラと同等に力比べが出来る存在が居るとは、私自身も思っても見なかったのだから。
ここが勝負所だと、さらに魔力を通していく少年。その少年の戦い方に驚き、余裕が無くなった所か、苦悶の表情を浮かべ始めたキメラ。冷静になれば、焦る事など一つも無いというのに。
(まだ、改良の余地はある、か)
問題があるという事は、さらに強くなるという事だ。問題を改善し、さらなる戦力アップとなれば、私にとって有用である。
(ならば、今少し、あの少年に頑張ってもらうか)
期待に満ちた目で、キメラと相対する少年を見る。だが、その期待にはどうやら応えてはくれなさそうだ。少年の持つこん棒から、不気味な振動が伝わってきた。武器の限界点が来たのだ。
「頼む! もう少し持ってくれ!!」
少年はそう願いながらこん棒を押し込んで行く。すると、キメラの体がフワリと浮いた。その瞬間、キメラと私の目が合った。と、キメラの目に浮かんでいた焦りの色は消え、冷酷な炎が宿る。
「よし! 俺の勝ち──」
(いや、無い)
少年が勝ちを確信する。が、冷静さを取り戻したキメラが、浮かび上がった体をグイっと伸ばすと、その口を大きく開け、少年の持つこん棒へと噛み付く!
「なっ!? 止めろ!」
少年の制止の声。だが、ライオンに噛まれたこん棒はその衝撃に耐える事なく、バリイィイン!と砕け散った。
『GRUWAAA!!』
相手の武器の破壊に成功したキメラが、空に向けて雄叫びを放つ。もしかすると、私にアピールでもしているのかもしれない。
対する少年は、愕然としていた。持っていたこん棒──金属バットと呼ばれていたか?──が破壊されたのだから。
ハッキリと、少年から戦う気概が失われて行く。己の武器の残骸を見つめ、フルフルと震えている。
(いや、充分楽しませてもらったぞ、少年!!)
魔力が殆ど無いこの世界の住人にあって、私の部下を破り、挙句の果てには私の傑作の一つであるキメラと、対等に戦ったあの少年の健闘を賞賛する事はあれど、非難する事はない。実際、私はかなり楽しい時間を過ごさせてもらったのだ。
(この世界に来た事を感謝せねばならんな……)
だが、それももう終わりだ。これからは、あの少年の一方的な惨殺ショーの開演である。だが、それさえも、私の楽しみの時間となるだろう。世界が変わろうとも、いつの時も、弱き存在を私の作品で壊すのは気持ちの良いものだ。その事を考えると胸が躍る。この歳になって、まだこんな感情が沸き立つとは思いもよらなかった事だ。
(ではな、私が気に入った少年よ)
呆然自失の少年を相手に、どういたぶるかを考えているか、『GWUU』と機嫌良く、喉を鳴らすキメラ。もうじき、少年の最後の時間が訪れるだろう。その時間を待ちながら、私は思った。
(それにしても、これほどの力を持つ人族がこの世界に居るとは、な。私の知らない世界というモノは、これほどまでに広いものか)