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第八十四話  あれには絶対勝てないにゃん……

 

 ──キメラ──


 この生物に、学術的な名前は無い。例えば犬は犬だし、猫は猫、鯛は鯛だし、鳥は鳥である。だが、ことキメラに関しては、これがキメラだ!という学術的な決まりは無い、と思う。たしかキメラは、一つの個体に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている“異質同体”のことらしい。


 ではなぜ、こちらを向いて威嚇しているあの生き物がキメラとすぐに分かったのかというと、ソイツが、途轍もなく有名な姿をしているからだ。


 キメラ、またはキマイラは、俺の大好きなRPGのゲームはおろか、ファンタジー系の小説やラノベにも出てくるお馴染みの魔物。このキメラという魔物というか生き物は、何処かの国の神話に出てくる生き物で、ライオンの頭とヤギの体、毒蛇で出来た尻尾があり、ヤギの体の上には、ご丁寧にヤギの頭まで乗っている。ライオンと山羊とヘビ、それぞれの頭があるのだ。今はその頭が全て俺の方を向いていた。ヘビなんか、俺を見た途端に、長い舌をシュルルッと出して、喜んでいる様だった。いや、俺は食べ物じゃないぞ? 


 そんなキメラが、低い足音を立てて俺へと向かってくる。ライオンの頭は『GRWUU・・・』と威嚇の声を上げながら。


 そうして近くに来ると、キメラの大きさを認識する。体長は7メートル、体高は4メートルあるか。小さい頃に行った動物園の、アフリカゾウと同じ位の大きさかな?


 そんなアフリカゾウ並みの太い足で、ザリザリと地面を掻くキメラ。胴体はヤギのくせして、その太い足はライオンそのもので、足の先にある長く鋭い爪が見え隠れしていた。


「おいおい、こんなのがペットなんて、冗談キツいぜ」



 キメラから目を逸らさずに、土手に嫌味を言うと、土手は俺の嫌味に対して笑って答える。



「良いだろ、平! せいぜい、俺の代わりにタップリ遊んでやってくれ! おい! 目の前の男がお前と遊んでくれるってよ! 良かったな!」

『GYWAAAA!!』



 土手の言葉が合図だったのか、目の前のキメラは大声で吠えると、前足を振り払う!!



「いきなりかよっ!」



 ゾウの足並みに太いキメラの前足が、唸りを上げて飛んで来た所を、持っていたバットで迎え撃つ!


 バガァン!と、まるで電柱でもぶっ叩いたかの様な音と衝撃に、たまらず「くぅっ!?」と苦痛の声をあげてしまう。片足でこの威力なんて、バケモンかよっ!


 ギリギリと力が拮抗している中、腰を抜かしているミケと、呆然としているギルバードが視界に入った。



「なにしてんだ、二人とも! 早く、ここから離れろ!」と怒鳴る。だけど、俺の声が聞こえていないのか、二人は全く動こうとしない。



「ミケ!ギルバード!」と強めに名前を呼ぶと、二人がやっと反応してくれた。してくれたのだが、



「あ、あれには絶対勝てないにゃん……」

「無理、です、凡太……」



 と、キメラのその圧倒的な存在感に飲み込まれた二人は、その場から動けないでいる。このままだと、俺とコイツの戦いに巻き込みかねない。土手は俺だけで良いといったが、いつ心変わりしてもおかしくはないのだから。


(こうなっちゃ、仕方ない!)


 俺は覚悟を決めると、体内に巡っていた魔力を瞬間的に腕へと回すと、「このぉ!」と鍔迫り合いをしていたキメラの前足を弾き返す!



『GRUWA!?』



 バランスを崩したキメラが、驚いた声を上げる。その隙に、俺はキメラに向かって走りだした! 狙いはキメラの足下だ! ゾウ程の高さがあるキメラはその股下も高い為、走って通り抜けようと考えたのだ!


 アフリカゾウ並みのデカさであるキメラには、怖くて正直近付きたくは無かったけれど、しょうがない! 「うおおおぉ!」と気合を入れて、キメラの体の下を駆け抜ける。自分の体の下に潜られたキメラが、『GRU!?』と少し間抜けな声を上げ、その四つ足をバタつかせている間に、無事、キメラの股下を抜ける事が出来た。

 そして、ミケとギルバードをキメラから離す為、「こっちだ!」とキメラを挑発すると、尻尾の蛇が俺を見据えて『SYAAA!!』と威嚇してきた。よし!どうやら、上手くいったみたいだ。



「二人とも、今の内に早くっ!!」

「行きましょう、ミケ。このままでは、凡太の足手まといにしかなりません」

「……ギルさん」



 俺の行動の意図を理解したギルバードが、へたり込んでいたミケに近づき、立ち上がらせる。ギルバードの手を借りながら立ち上がったミケは、俺を見て、心配げな顔をする。



「大丈夫だ! 心配するな! だから、離れてろ!」



 二人に向かって頷くと、ミケもギルバードと頷き返してきた。そして、キメラから離れるように闘技場を後にする。



「よし、これでお前と思う存分遊んでやれるぞ? 嬉しいか?」



 俺を見て、下をチロチロと出し入れしている蛇の尻尾。その先に付いている蛇頭にそう話しかけると、俺の言葉が通じているのか、『SYAAA!』と体を大きく伸ばすと、その口を大きく開けて、噛みついてきた!


「くっ!?」 ほとんど予備動作が無かったその噛みつき攻撃を、俺は後ろに飛び退ける事で何とか躱す。まるで、プロボクサーのジャブのようだ! あんなノーモーションの攻撃、連発されたらかなりキツイ!


(なんつー早さだ! あの蛇の攻撃、かなり厄介だぞ!)


 追撃に備え、急いで体勢を整えたが、予想していた追撃が来る事は無く、キメラはゆっくりと体を回転させ、正面を向く。


(今度はなんだ!?)


 キメラの攻撃に備え、身構えていると、正面のライオンがカパッと、その口を大きく開ける。


(ライオンの口……? て、まさか!?)


 キメラはファンタジーの世界じゃ有名な魔物だ。だから、その攻撃パターンもよく知られている。ライオンの行動を咄嗟に理解した俺は、その場から大きく飛び退く!直後、ライオンの口の奥、その向こうが赤く染まると、次の瞬間には紅い陽炎が揺らめく!ライオンの得意な攻撃、火を噴いたのだ。



「うおっ!!」



 火という事場では生ぬるい程の大きさの、文字通り炎が俺のすぐ横を通り過ぎる! 吹き荒ぶ炎の直撃は免れたものの、炎から生み出す熱だけは躱しようが無く、着ていた服が熱だけで焦げ、俺の肌を容赦無く熱していく! 



「あちちっ!?」



 火がついた訳でも無いのに、ブスブスと煙を上げる服を手で叩きながら、キメラの吐いた炎から距離を取る。そうしないと、とてもじゃないけれど、熱くて居られない、


 幸い、キメラの吐いた炎は短く、ある程度距離を取ればそこまで脅威じゃなかった。しかもそれほど長い時間は吐けないらしく、火を吐き切ったライオンは『GWRR……』と、炎を躱した俺を憎らしく見ながら。その口をそっと閉じていた。



「火球程度かと思ったら、シャレになんねえ事しやがって!」



 持っていた金属バットをキメラに向けてそう毒吐くと、そのキメラの背中に生えているヤギの頭と目が合った。 ヤギの目って、よく見ると少し怖い気がするよね?


 俺と目が合ったヤギが嗤った──気がした。すると、突如として『MYEEE!!』と鳴き狂ったかと思うと、ヤギの頭の前で、バチバチとした光の玉が生まれる! 次の瞬間には、「GYUAAA!!」とヤギ頭の絶叫と共に、紫雷が空気を切り裂きながら、俺へと向かってきた!! 



「ちょっ!?」



 バリバリっ!と空気が悲鳴を上げる! その悲鳴に鼓膜がビリビリと震え、軽く眩暈が起こる中、必死に雷を避けていく。だが、細かく枝分かれした細い雷に一瞬触れてしまった。



「ガッ!?」 頭のてっぺんからつま先にかけて、痛みと痺れが襲う! 一瞬だけ目の前が暗くなったが、唇を噛み締め、意識を失うのだけは何とか耐えた。


 ふらつく足を叩いて何とかキメラから距離を取ると、ヤギ頭が生み出した雷の玉は消えていた。あの雷もライオンの炎を同じで連発出来ないのかも知れない。それでも掠っただけでこのダメージだ。連発とかそんなの関係無く、恐ろしい攻撃である事は間違いない。


 雷が消えた事に安堵した俺は、魔力を体内に巡らす。そうすると、回復魔法じゃないけれど、体の痛みやダルさが少し解消できた。


(痛ちち。回復の仕方をギルバードに聞いておいて正解だったな)


 ミケの試合の時、魔力の使い方を聞いていた事が役に立った。俺自身、魔力の使い方なんて知らなかったから、ギルバードに聞いたのだ。その時に教わったのが、簡易的な回復魔法だった。魔法といっても、単に魔力を体内に巡らせるだけだったけど。


 けど、魔力を目に集中させるだけで、マジックビジョンとやらの魔法が使えた俺なら出来ると、やり方を教えてくれたのだ。


 心の中でそっとギルバードに感謝しながら、痛みが和らいだ事で、考える余裕が出来る。


(アイツの攻撃で気を付けなくっちゃいけないのは、ライオンの炎とヤギの雷だな)


 ヤギの雷による遠距離、ライオンの炎による中距離、そして蛇による近距離と、攻撃に全く穴が無いキメラの攻撃。その中でも特に気を付けなければいけないのは、炎と雷だ。蛇の噛み付き攻撃も怖いが、アレは何とかなりそうな感じがする。


(ならば、接近戦だな!)


 ギルバードから教わったのは魔力の使い方と、さっきの簡易的な回復魔法だけじゃない。あれはミケとゴブリンの試合の時だ。あの試合で魔力を集中させることと、もう一つの魔法を教わっている。


(大丈夫だ!マジックビジョンは出来たんだから!)


 俺の中にある魔力を使えば、魔法が使えるのが分かった。そして今、キメラとの戦いで重要なのは、スピードだ。ならばあの時のミケを思い出せ!


 体内にある魔力を足に集中させる。これで十分なはずだ。準備は整った。詠唱なんて知らないけれど、でも、その魔法の名前は知っていた!



「ムービング!!」



 体からフッと何かが消えた感覚と共に、足が熱くなる! それと同時に、体から重さが消えた! これならイケる!!



「うおぉぉ!」



 どこか余裕の表情を浮かべるキメラに向かって駆け出すと、景色が凄い勢いで通り過ぎていく! 走りながら、バットを構えた。狙うはライオンの頭!!



「うおりゃあ!」



 そのムカつく横っ面目掛け、俺は相棒をフルスイングした!だが、キメラも馬鹿じゃない! 俺の横から叩き付けたバットを、太い前足で受け切る! しかし、強化魔法での勢いを乗せた俺の一撃は、さすがに重かったらしく、そのムカつく顔からは余裕が消えていた



『GRU!?』

「ぐぬぬ!!」



 ここぞとばかりに、腕に力を込める。さらに魔力を込めると、「キィィィン!」と俺の魔力に呼応して、相棒が纏っていた光が輝きを増していく!



「こんちくしょ~!!」



 せっかく相棒が応えてくれたのだ! ここで負けたら男が廃る!とばかりに、足から腰からに力を込め、さらにバットを押し込んでいく!



「ぶっ飛べぇ~!!」

『GWUUU!?』



 たかが人間に力負けするとは思っていなかったのか、キメラが当惑した声を上げる。ここで、ライオンの口から炎なりを出せば、俺は逃げるのに、そこまで考えが付かないのだろう。そこは動物の脳みそで考えられる限界か。


 ここが勝負所だと、さらに魔力を通していく。余裕が無くなった所か、苦悶の表情を浮かべ始めたライオン頭。俺に飛ばされまいと踏ん張ってはいるが、その体がズリズリと押し出される様に動き始める。もう少しで、キメラをバックスタンド(は無いけれど)にぶち込めそうだ!


 だが、相棒を握る手に、不気味な振動が伝わってきた。相棒の限界点だ。


「頼む! もう少し持ってくれ!!」



 相棒に無理させているのは承知だけど、ここが勝負所なんだと言い聞かせ、バットを押し込むと、キメラの体がフワリと浮いた。



「よし! 俺の勝ち──」



 と、そこで、キメラが思いもよらない行動に出た!なんと、浮かび上がった体をグイっと伸ばすと、ライオンが口を大きく開け、俺の相棒へと噛み付く!



「なっ!? 止めろ!」



 俺の制止の声も届かず、ライオンに噛まれた相棒はその衝撃に耐える事なく、バリイィイン!と無残にも砕け散った……。


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