第八十一話 無性に戦いたい気分なんだ!
《急遽執り行なわれる事になりました第三試合! 特別ルールによって、この試合に勝った方が、【ザ・デスマッチ!異教徒に洗脳された可憐な女の子を救い出す、教祖様と三人の戦士たち!!】の優勝となります!! 全てを懸けた大一番! この試合の実況も頑張って行ってまいります!!》
闘技場の中央へと歩く俺の耳に、実況のお姉さんの声が聞こえる。といっても、スピーカーから聞こえるその声は、特に意識しなくても、会場内に居ればどこでも聞こえるんだけど。
(はぁ。下らないタイトルと聞くとやる気出ないし、今でも全然慣れねぇよ。もしかして、それが狙いか?)
相変わらずのクソダサい試合タイトルを聞かされて、ゲンナリする俺。これが狙いだとすれば、土手は相当なキレ者だな……。
ブツブツと文句を言いながら、闘技場の中央へと進んできた俺。ちなみにギルバードは、医療室とは名ばかりの、簡素なテントの中にある、パイプ椅子を並べただけの簡易ベッドの上で横たわり、何処からか取り出した軟膏を、オークにやられた体の傷や、最後の技を出した際に負った火傷箇所に塗りたくっていた。
あの最後の技について、ギルバードに肩を貸して、医療室へと向かいながら聞いたが、「失敗したので、内緒です♪」と、答えてはくれなかった。まぁ、俺の目には、魔力が暴走したかの様にしか見えなかったから、失敗というのも、あながちウソでも無さそうだけど。ただ、多比良姫様から貰った革鎧や、雀宮さんから貰った服がボロボロになっていたのだから、威力は相当だったみたいだ。
「頑張れぇ、凡太ぁ! しっかりにゃ~!!」
そして、もう一匹──いや、もう一人の仲間であるミケは、その医療室の隣にパイプ椅子を張棍ではそこに座り、声援を送ってくれた。医療室の傍に行ったのは、自分のケガの為では無く、ギルバードの事が心配だったからみたいだ。
そして、声援を掛けてくれるのは、ミケだけじゃない。
「凡太ぁ、負けるなよぉ!!」「凡ちゃ~ん! ケガしない様にねぇ~!」と、学校の皆が居る観客席の、一番前に陣取る球也と鈴子からも頼もしい声援が飛んで来る。よく見れば、球也の横には、こちらに手を振る都市下さんの姿も見えた。俺の強さを知っている三人は、俺が戦う事になんら疑いを持たないが、他の学校の皆は違う。
「おいおい、なんか平が戦う見たいだぞ!?」「ウソだろ!? アイツに何が出来るんだよ!?」なんて、戸惑いの声を上げていた。でも、それも当たり前だろうと思う。最近活躍しているとはいえ、ただの野球部員。しかも球也の方が有名だし。そもそも俺の事を知らない奴も多いんじゃないかって思う。そんな良く知らない奴に、自分たちの今後が左右されるとなれば、不安にもなるだろう。だが、安心してほしい。今の俺はやる気MAXオリック○なのだから!!
な、なんと、鈴子の横には、思い掛けない人物が立っており、球也や鈴子と同じ様に俺へと声援を送ってくれていたのだ!
「平くん~、無理しないでねぇ~!」
黒く長い髪を片手で抑えながら、凛とした美しい声で俺に声援を送ってくれるのは、誰だろう、あの須原さんである!!
何時の間に鈴子の横に移動したのかは分からないけれど、あの須原さんが俺なんかに声援を送ってくれたのだ。今も、その白くて細い手を高く上げて、俺に向かって振ってくれていた。
(あ、あの須原さんが、お、俺に、手、手を振って!!)
少し前までは想像すら出来なかったその光景に、俺は身を捩ってしまう。嬉し恥ずかしなお年頃なのだ。恋憧れていた女の子に、笑顔で手を振られれば、誰でもこんな気持ちになってしまうだろう。
(土手よ……。許せない事がたくさんあるが、こればかりは感謝しても良いぞ……)
心の中で感涙しながら、貴賓室前のバルコニー、その椅子に座る姿が映し出されたモニター越しにお礼を伝えると、何故か身震いする土手。失礼な奴だ。
そんな感動に浸っている俺は、今まで生きて来て一度も見せた事の無いやる気に満ちていた。もう、怖いモノは無い! どっからでも、掛かってこい!!
だが、やる気十分な俺の目の前には、誰も居ない。 俺がここに立ってから、かれこれ五分位経っていると思うのだが、敵の大将であるという、俺の対戦相手は姿を現さなかった。
「おい、土手! 早く相手を連れて来い! 俺は今、無性に戦いたい気分なんだ!」
と、何処かの戦闘民族みたいな事を口にする俺。早く須原さんに良い所を見せたくてウズウズしていた。
そんな俺に、医療室の方から、
「さっきまで、戦いたくないと言ってませんでしたか、凡太? だから、私は頑張ったのに……」
「そうにゃん! 凡太が戦わねぇ!なんてワガママ言うから、ミケは頑張ったにゃ!」
などと、味方から熱いヤジが飛んできたが、思いっきり無視を決め込む。状況は刻一刻と変化しているのだよ、お二人さん。
逸る気持ちをまるで隠そうとしない俺に、「「ハァ~~……」」と、エルフと獣人の溜息が重なるのと同じくして、土手がマイクを手に取る。
「審判、そこの異教徒が早く試合を始めたくてウズウズしているから、試合を開始してくれたまえ」
「おい、土手? 何を言って?」
「それでは、第三試合──、始めっ!!」
「──え?」
相手が居ないのに、試合開始の合図がされた。
困惑する俺の耳に、さらに土手が言葉を重ねる。
「おいおい、平よぉ。試合は始まってるんだぜ? そんな風に突っ立っていると、殺してくれって言ってるのと同じだぞ?」
「んな事言ったって、相手は居ない──」
俺の背後で、急に殺気が膨らんだのを感じ、俺はその場から飛び退く。だがそれでも、背後に感じる殺気は離れる事は無かった!
(何なんだ、一体!?)
俺は動き回りながら背後を確認するが、そこには誰も居なかった。だが、居ないにも関わらず、殺気だけは常に俺の背後をピッタリとくっ付いてくる。
(気配は感じるから、誰か居るのは分かる。おそらくソイツが敵の大将、俺の対戦相手なんだろうけれど。このヘンテコなイベントが始まる前の両者整列の際に、黒い人影の魔物を見たけど、アイツ、か?)
あの整列の時に、黒い人影の様な魔物は居た。だが、土手の事だ。違う魔物を出してきても不思議じゃない。
その姿の見えないナニカは、隠すつもりが無いのか、常に放ってくる殺気と、ギルバードに教わったマジックサーチの魔法で、俺の背後に何かが居るのは確実だった。でも、相変わらず、その姿は見えないままだ。
(姿を消すタイプの魔物か? だとしたら、ゴーストとかの実体の無い奴か、はたまた透明人間みたいな、自分の姿を消せるやつか……。)
ミケの相手であるゴブリン。そして、ギルバードの相手だったオークは、共にファンタジーの世界では超が付くほどの有名人だった。せあるならば、俺の相手もファンタジーの世界ではお馴染みの魔物である可能性は高い。その中で、姿を隠せる魔物といったら、ゴーストや透明人間とかがお馴染みではあるけれど。
《第三試合が始まりましたが、私の目には、教主様の戦士の姿は見えません! なのに、平選手は先ほどから動き回っていますが、これは一体そういう事でしょうか~!?》
実況のお姉さんも、俺の相手が見えない様で、困惑していた。会場内の観客たちも同じ気持ちなのか、ざわついている。
(どうする? 一回止まって、相手を釣り出してみるか?)
このまま動き回っても、敵が出てくる感じはしないし、第一どんな敵なのかも分からない。ならば、どんな相手か確認する為に、わざと止まって相手に攻撃をさせた方が良いだろう。
そう判断した俺は、立ち止まると体中に魔力を張り巡らす。相手に攻撃させる以上、体を強化しようと思ったからだ。痛いのも嫌だし。
すると、俺の背後から、金属を摺り合わせた様なキィキィとした声が聞こえた。
『ウケケ! ようやく諦めたカヨ。ま、ドレダケ動き回っても、ワタシ相手ニハ意味ねぇんダケドナ!』
直後、トプンっと、水のはねる音がしたかと思うと、俺の背中に衝撃が走る!
「くっ!?」
急いで後ろを振り返る。が、またトプンっと水のはねる音がしただけで、そこには誰も居なかった。
(やっぱり何か居たな。水の音、か……)
なんとなく答えの分かった俺。だけど、今一つ確証を持てない俺は、アイテムボックスを展開すると、居空間から俺の相棒である金属バットを取り出す。
リザードマンによる学校襲撃事件で大活躍した金属バットも、よく見るとかなり傷付き、凹んでいた。旗のリザードマンとの戦いを始め、野球部の普段の練習や試合、そしてあの甲子園でも使ってきたバットも、そろそろお役御免な時期に来ているのかもしれない。
(この戦いが終わったら、丁寧にメンテナンスして部屋に飾るかな)
世界広しといえども、この世界において、リザードマンを殴り倒したバットはこれだけだし、それに、高校入学を機に父さんが買ってくれた、思い入れのあるバットだから、簡単には捨てられない。綺麗に磨いて、部屋に飾ってあげたかった。
(あと一回だけ付き合ってくれよ、相棒)
そっとバットを撫で上げ、魔力を通していく。すると、俺の想いに応えるかの様に、「キィイン」と澄んだ音と共に、淡く光るバット。
『良い魔力ダガ、ソンナモノでワタシを倒せるトデモ思ってイルノカナ?』
淡く光るバットのグリップ、その感触を確かめていると、背後から例の金属声が聞こえる。俺は後ろを振り返る事無く、言ってのけた。
「倒せるさ。俺と相棒なら、な!」
言い切る前に、後ろを振り向きざまバットを振るう。しかし、そこには誰も居らず、空を切るバット。
そんな俺を見て、「オイオイ、どこ見てんだ?!」「やっぱり異教徒はズルをしなきゃ勝てないんだぜ!!」などと、盛り上がる観客たち。
それとは別に、「やっぱり平じゃ無理なんだよ!」と、普段の俺しか知らない他の教室の奴や、学校の先生たちの溜め息も飛んできたが、俺はそこまで気にしていなかった。
(透明人間の類じゃない、と)
手応えの無かったバットを見つめながら、頭の中で一つ結論付ける。
(なら、次は……)
俺は構えていたバットをそっと地面に下ろす。「カラン」と寂しげになる相棒。そんな相棒に、「ゴメンな」と軽く詫びた後、耳に魔力を集中させた。
『キケケ! タッタ一回当てられナカッタダケデ、もう降参カヨっ!』
嬉々とした声が背後から聞こえたかと思うと、急速に膨らむ殺気を感じた。
『ナラバ、スグサマ楽にしてヤルヨォ!』と、ジャバッ!と水面から激しく何かが飛び出す音!
(今だっ!!)
その水音が聞こえた後方へと、急いで視線を向けた俺の目に飛び込んで来たのは、あの整列の時に並んでいた、人型の黒い影だった。全体的なシルエットがボンヤリとしていて全容は掴めないが、あえて例えるのなら、俺も大好きなRPGゲームに出てくる、妖しくて、黒い影の魔物だ。
『チィ!?』
俺が振り返ると思わなかったのか、その怪しい人影は、目だと思われる黄色く光る筋を瞬かせる。そして踵を返すと、なんと、俺の背後に出来た影の中へ、チャポン!とダイブを決めると、次の瞬間には、その姿は消えていた。
《これは驚きましたぁ! 教主様の三番目の戦士様は、なんと影の中に潜む事が出来るようです!!》
それら一連の出来事が、モニターに映し出されると、実況のお姉さんの驚いた声が会場内に響き渡る。他の観客たちも「おい、消えたぞ!?」「何て、能力だ!?」「こりゃ、覗きし放題だな!」等と、口々に騒ぐ。おいおい、最後に言ったオッサン!それは犯罪だぞ? 周りには子供も居るんだから、そんな事言わない様に!
怪しい人影が消えた俺自身の影を見つめながら、俺は一つの魔物の名前を思い出す。それは“シャドー”
ゴブリンやオーガ、それにオークに比べると、思いっきりマイナーな魔物であるシャドーは、その名の通り、存在自体が影だ。小説や物語、ゲームによってその姿形は様々だし、そもそもそんなに有名じゃないから、あまり良く知らないけど、シャドーの能力には、確かに影に潜む事が出来るやつも居たと記憶している。
「はぁ~……」と溜息を吐く。これが、ゴーストやスペクター、はたまたナイトメア辺りの、わりと有名な魔物だったら、須原さんに格好良い所が見せられたというのに、俺はツイていない。
その溜息が聞こえたのだろう、俺の影からそっと頭を出すシャドー。そして、目の位置にある細い筋をスッとさらに細くさせた。
『ナンダ貴様? 何故、ソンナニ肩をオトス?』
「だってさぁ──」
足元に置いた相棒を拾い上げると、その先をシャドーに向ける。
「お前、弱いなって」
『……何言ってんダ、キサマ?』
キィキィとした金属声に、冷たさが宿る。それを無視して、俺は続けた。
「だって、そうだろ? ただ、影の中に隠れるだけって、さぁ。──あ、判った!」
『……なにが、だ……』
「お前を大将に据えたのは、オマエが強いからじゃない、単に、ゴブリンとオークでカタをつけたかっただけだと思うぞ?」
『キサマァア!!』
俺の言葉に激高して、隠れていた俺の影から飛び出すシャドー。その黒い体の一部──恐らく腕かな?──を俺の方へと伸ばすと、その先が三つに割れる。そして、割れた部分がムチの様にしなり、俺へと襲い掛かる! さっき背中に食らったのはこれだったのか!
だが、そこまで速くもないその攻撃を、俺はひょいひょいと軽々躱していく。
「やっぱ弱いな、お前」
『ウルサイッ!!』
そう叫ぶと、トプンとまた俺の影へと隠れる。その隠れた影に、俺は持っていたバットに少し多めに魔力を通すと、思いっきり振り下ろした。
『ぐわあっぁ!?』
ガイィインと地面を叩いた衝撃と音が俺へと伝わる中、シャドーの悲鳴も聞こえてくる。良し、攻撃出来るな!
影の中に居るシャドーを攻撃出来ると判った俺は、「もう一発!」と、自分の影に向けて振り下ろす。だが、今回は何の手応えも感じなかった。
「あれ? ──ぐっ!?」
バットを地面へと振り下ろしたままでいた俺の背中に、鋭い痛みが走る! 急いで振り返ると、今にも影へと消えそうなシャドーの姿。
「くそっ! そっちか!」と、振り返り様に目の前にあった影を叩くが、また何も手応えが無い。
すると再び、背中に衝撃が来た。急いで振り向くと、また影へと隠れるシャドーの姿。
『クククッ、ドウシタ? ワタシは弱いンジャナカッタのか?』
「くそっ! 一体どうなって──!?」
俺は自分の足元を見る。そして、その原因を知る事になった。
「──影が、六個……」
そう、俺の足元には、濃淡の違いはあれど影が六つも有ったのだ。「なんで?」と、ガバっと頭を上に向けると、そこには、ドーム状になっている天井がある。そして──
「──照明、か!」
『いかにも』
俺が出した答えに、嬉しそうな声で正解だと告げるシャドー。
そう、天井の至る所に吊り下げられた、様々な照明器具。そこから発せられる光によって、俺の足元には、六方向に伸びる影が出来ていたのだ。
『ワタシは、あのゴブリンの様に早くはウゴケマセンし、オークの様にチカラヅヨイわけでも無い。ダガ、ワタシにはこれがアル!! ワタシの能力は、強さは自由に影をイドウ出来ることダ!』
「──くっ!?」
六ケ所ある俺の影、その死角から飛び出してきては、俺を攻撃して再び影へと隠れるシャドー。その後を、幾らバットで叩いてもまるで手応えが無く、そうこうしている内にまた、死角から攻撃される俺。まるで、もぐら叩きでもしている気分だ。
シャドーの攻撃は、俺に大したダメージを与えている訳ではない。だから、そこまで焦っても居ないのだが、あの須原さんが見てくれているのだ。出来るだけ格好良く勝ちたいとする俺の行動が、完全に裏目に出てしまった格好である。
しかも厄介な事に、マジックビジョンを使っても、マジックサーチを使っても、六個ある影全てから、シャドーの気配や魔力が感じられた。なので、それらを使って的を絞るのは不可能だ。
(くそぅ、これじゃあただ遊んでいる様にしか見られないじゃないか!)
実際は、殺す殺されるの戦いをしているのだが、傍から見ている分には、モグラの様にひょこひょこと出てくるシャドーというモグラを、バットで叩いている様にしか見えないだろう。
(ミケもギルバードもちゃんと戦闘していたのに、何故俺だけこんな……)
相変わらずのヒットエンドラン、もといヒットアンドアウェイを繰り返すシャドーに嫌気が差してくる。
そんな中、転機が訪れる。相変わらず俺の死角から現れたシャドーのムチの様にしなる手先の攻撃を受けた俺は、消える間際のシャドーの手を掴む事に成功したのだ!
『エェイ! 離せ!!』と、必死に抵抗するシャドーに、「離すわけ無いだろ!」と言い返して、必死にシャドーの手を掴んでいると、『ソウカヨ!』と、掴まれた手を強引に引っ張るシャドー。すると、なんと俺はシャドーと一緒に、自分の影の中へと引きずり込まれた!