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第八十話  気持ちの悪い魔力

 

 《第二試合の勝者は、ギルバード選手~~~~~っ!!!!》



 実況のお姉さんの声が、シンとした場内に響いて行く。すると、それが呼び水となったかの様に、ポツリポツリと拍手が起こり、さらにそれがまた呼び水となって、気付けば会場全体から拍手や歓声、そして、ブーイングが巻き起こっていた。



「きゃあぁ! ギル様ぁ♪」「私のギル様が勝ちましたわ~!」「ちょっと、何言っているのよ!?」



 ギルを熱烈に応援していた女性達も、ギルの勝利に満足気だ。なかには、ギルをめぐっての場外乱闘が勃発しそうな雰囲気も感じられるが、聞かなかった事にしよう。



「ギルさ~ん!」と、俺の横に居たミケが闘技場へと飛び出していく。「お、おい。待ってくれ!」

 と、俺もその後を追ってギルバートの元へと急いだ。


 地面にへたり込んでいたギルバードは、先を行ったミケの突撃ダイブをまともに受けて「ぐえ!?」とヒキガエルの様なイケメンが台無しな声を上げ、地面に倒れる。が、お構いなしに、「ギルさぁん! 良かったよぉ!!」と、ギルの胸元に顔をグリグリと押し付けるミケの頭をそっと撫でる。



「……心配、掛けましたね。ミケ」

「もう、本当にゃ! ギルさんがあのまま死んじゃうかと思ったにゃ!」

「もっと言ってやれ、ミケ! 俺が許す!」

「……凡太」



 ミケに続いて、ギルバードの元へと来た俺はしゃがみ込むと、倒れているギルバードのおでこにデコピンを一発お見舞いする。



「痛ったぁ! 何するんですか、凡太!?」

「五月蠅い。心配掛けた報いだ。ミケもやっていいぞ!」

「ん!? 良いにゃんか!? それでは──」

「わー、待ってください!私は怪我人ですよ~!?」



 ギルバードを囲んでわちゃわちゃしていると、魔力で聴力の上がっている俺の耳に、少し離れた所にある貴賓室、その前にあるバルコニーから怒声が聞こえて来た。



「おい! どうなってんだっ!! アイツも負けちまったじゃねぇか!!」



 顔を上げバルコニーを見ると、顔を真っ赤にした土手が白髪の老人に向けって怒鳴り散らしている所だった。



「アイツは大丈夫だって言っていたよなぁ!? 本物の戦士だってさぁ!? 次は負けるなって言ったよなぁ!?」

「はい」

「じゃあ、なんで負けてんだよぉ!? アイツが弱かったのか!?」

「いえ、あの者は旗の中でもかなりの実力者でございます」

「でも負けてんじゃねぇか!? どう言う事だよ!?」

「それは、あのエルフの戦士が強かった、それだけの事でございます」



 喚き散らす土手に向かって、深々と頭を下げながら、土手の文句をただ受け止める白髪の老人。その態度があまり面白くなかったのだろう、土手はさらに老人に不満をぶつける。



「そんなもん、認める訳にはいけねぇんだよ! そんなもん認めたら、俺は平に負けを認める事になっちまうじゃねぇか!」

「……」

「……これじゃ、オマエの話も信じられなくなりそうだぜ……」

「──!」



 土手が最後に何を言ったのかはさすがに聞き取る事は出来なかった。だから、その内容は分からない。だが、これだけは判る。──土手に散々嫌味を言われたあの白髪の老人から、ブワリと、とんでも無いほどの禍々しい魔力が放たれている事は──


(おいおい! 何だよ、この気持ちの悪い魔力は!?)


 そのあまりな禍々しさに、俺の頬に汗が流れていく。見ると、ギルもミケも警戒の色を濃くしながら、俺と同じ様に、バルコニーを見つめている。いったい何者なんだ!?あの老人は?!


 だが、土手はそれに気付いていないのか、それとも気にもしていないのか、涼しい顔を浮かべていた。



「……なんだ? 反抗、か?」

「……いえ、そのような事は……」



 相変わらず、土手に頭を下げてはいるものの、その体から立ち昇る魔力は、変わらない。



「……ふん。まぁ良い」



 絶対にそんな風には思っていない口ぶりで、白髪の老人に言い放つと、背後にある無駄に豪華な椅子に腰掛ける。それを見た老人は先ほどまでの禍々しい魔力を消した。



「それで、どうする? 全部で三戦しか無い中で、二敗目だ。ってことは、アイツ等の勝ちが決まって、これでこのデスマッチも終わり。俺は塚井さんを手に入れられない。そうなると、あの計画もご破算となるわけだが?」



 面白くも無いとふんぞり返る土手に、頭を下げたまま白髪の老人は近寄っていくと、土手の耳元に顔を寄せる。そして、まるで悪代官に悪巧みの相談をする悪徳商人の様に、なにやらぼそぼそと話し掛けた後に、顔を離す。



「……というのはどうでしょうか?」

「……くくくっ、お前も悪いやつだな」



 と、テンプレ通りの、どこかに台本でもあるんじゃないかって言いたくなるようなお決まりの台詞を口にした土手は、黒い笑みを浮かべる。そして、近くに立っていた黒服の男に向かって何か話すと、黒服の男は頷き、持っていたマイクを土手へと渡すと、後ろにある貴賓室へと消えていった。


 その男からマイクを受け取った土手は、椅子から立ち上がると、会場の観客席を見渡す。そして、



「……皆さん。残念ながら、我らの敬虔なる信者であり、また屈強な戦死でもあった二人の同胞が、異教徒の汚い策略によって、善戦虚しく敗れ去ってしまいました」



 そこで一旦言葉を切ると、土手は目を瞑り首を振る。その様子が、大型モニターに映し出されると、「そうだ! あいつ等は汚い手を使ったんだ!」「そうだ! じゃなければ、俺たちの戦士様たちが負けるはずは無い!」といった批判が、ブーイングと一緒に俺たちに降りかかる。

 それらを満足げに聞いていた土手は、「コホン」と軽く咳付くと、非難やブーイングが一斉に止まる。忘れていたが、ここにいる人たちは、土手に操られてる人たちだ。土手の一挙手一投足で、ここに居る観客たちはその態度をコロコロと変える・そこに、自分達の意思なんて、存在していない。


 そのことを再認識していると、土手はシーンと静まり返った会場内を再び見渡して、



「敗れはしましたが、勇敢にも戦った彼らに、私は最大限の敬意を払いたいと思います、皆さんもどうか、彼らの健闘を称えてあげてほしい」



 と、俺たちから少し離れた所で横たわっているオークに向け、土手が率先して拍手を送ると、それに続くように会場内からも、「良くやったぞ!」「次は勝てるわ!!」などの声援と共に、盛大な拍手が掛けられていた。


 その土手の隣に居た白髪の老人が、ナニやらブツブツ言っている声をマイクが拾う。すると、闘技場で倒れていたオークの体がフワリと宙に浮かび上がり、そしていきなり光り輝いたかと思うと、次の瞬間には、フッとその姿が消えていた。おいおい、どんな魔法だよ!? あのオークはどこ行った!?



「……ミケ、ギルバード。今の見たか?」

「見たにゃ。消えたにゃ。どこ行ったにゃ?」

「消える前に、魔力を感じましたから、何かしらの魔法だと思いますが、私は見た事が有りません」



 俺と同じ様に驚いた様子のミケとギルバードも、何が何だかさっぱり分からないといった顔をしている。


 そんな中、オークが消えた一連の出来事を見ていた土手が、持っていたマイクのスイッチを切ったのか、会場のスピーカーから、「ブツッ」と音が出ると、無音になる。


 また何か気に食わない事でもあったのか?と俺は耳をそばだてると、案の定、不機嫌そうな土手の声が聞こえてきた。



「おい、あのブタ野郎はどこへ消えた?」

「……あれほどの戦士をむざむざ死なすわけには参りませんので、あちらへと送りました」

「なんでそんな勝手な事をする!? それに、アイツは俺に恥を搔かせたんだぞ!? 死んで詫びるのが当たり前だろう!」



 土手の怒声に再び熱が篭ると同時に、白髪の老人の背後にユラユラと、例の禍々しい魔力が立ち上がっていく。……あ~、分かった。あれは土手にキレているから出ているのか……。



「あやつはあちらでも貴重な戦力でございます。ならばこそ、私の独断であやつを死なすわけにもいかないのです。分かってください、教主様」



 ユラユラと魔力を揺らめかせながら、土手に反論する老人。その反論に納得したのか、それとも時間の無駄だとでも思ったのか、「フンッ」と、鼻を鳴らした土手は、持っていたマイクのスイッチを入れると、仏頂面を引っ込め、



「皆さんが送られた拍手に包まれ、かの戦士は彼の地へと他立ちました。これも全て、あの過多の御意志であられます」



 と、何事も無かったかの様に、消えたオークの説明をした土手。その手を組んでは空を見上げ、なにやら祈りらしきものを捧げていた。お、上手い事言うなと感心していると、観客たちも土手に倣って、「オーク様……」「良い旅を……」等と、消えてしまったオークに祈りを捧げている。


 そうして、少しの間黙って祈っていた土手は一転して「うぅ……」と嘆き始めた。ほんと、ただ見ているだけなら、面白いんだが、俺たちに迷惑を掛けまくるので笑えない。今度もまた、俺たちにとって面白くも無い事を言うに違いないのだ。



「……さて、二人の戦士が負けてしまった事で、こちらが二敗してしまい、結果、異教徒である彼らが勝利する事となってしまいました……」



 と、俺らを指差す土手。はっきり言って、嫌な予感しかしない。



「だが、どうでしょう、皆さん。このまま、終わらせるのはいかがなものでしょうか? 異教徒による汚い策略によって、このまま終わりにしても良いのでしょうか!?」



 そう観客席に向けて投げ掛けると、案の定、観客席からは、「そうだ、卑怯だ!」とか、「最初からやり直せ!」といった声が上がる。中には、「卑怯者の異教徒には死を!」などと、物騒な事を言っている人も居た。子供も居るというのに、大概にしてほしい。


 それらの声にうんうんと頷く土手。どうやら自分の狙った通りのレスポンスが返ってきて、ご満悦のようだ。



「そうでしょう、そうでしょう。皆様のお怒りはごもっともです。私自身も異教徒たちの目に余る不正行為に、我慢の限界であります」

「何言ってるにゃ! ミケたちはズルなんかしていないにゃ! 正々堂々と戦って勝ったにゃ!!」



 土手の言葉に、尻尾の毛を逆立たせて怒るミケ。そんなミケに、「うるせぇ、異教徒が!!」「どうせズルしたんだろ!? 俺にはお見通しだ!!」などと野次が飛ぶ。 完全なアウェー。また、学校の皆に襲い掛かりそうな雰囲気。正直、嫌な感じだ。



 そんな険悪な雰囲気は土手も望んでいなかったのか、「まぁまぁ、皆さん」と観客を宥めると、



「怒りに身を任せてしまっては、そこにいる異教徒たちと同じです。私たちは彼らよりも優れた存在。彼ら異教徒の様になってはいけません!」

「よく言うよ。さっきまで、あんなに怒っていたくせによ」



 土手の見下した態度に、悪態を吐く。すると、俺に一瞬、射殺す様な視線を向ける土手。ほらみろ、怒ってるじゃねーか。



「……コホン。そこで私は考えました。皆さんに納得していただき、なおかつ、あの異教徒どもにあのお方の制裁を加える方法をっ!」



 やっと本題に入ったのか、土手は嬉々とした顔を俺たち──いや、俺に向けると、目の前に迫ったカメラに向かって、高々に宣言した。



「次の大将戦、勝った方に3ポイント差し上げます!つまり、大将戦で勝った方が、優勝ですっ!!」

「なっ!?」



 思わぬ展開に、言葉が出ない。ミケもギルバードも、何言ってんだ、コイツ?と言わんばかりに口をポカンと開けている。


 現状を理解出来ないでいた俺達と置いて、周りの観客たちは「それでいこう!」「良い考えだな、それ!」「面白くなってきたぁ!」「さすが、教主様!」と、盛り上がり始めた。


(そんな事は到底受け入れられない! 何の為に、ミケとギルバードは大ケガをしてまで、ここまで頑張ったと思ってるんだ!)


 このままでは決定しかねない盛り上がりを見せる会場。だが、そんなの認められないと、俺は土手に向けて吼える!



「ふざけんな!! 俺達は二連勝したんだ! 俺達の勝ちだろ! さっさと学校の皆を解放しろっ!」

「んん~? 異教徒が何か言ってますが、皆さん、どう思いますか?」

「消えろ、異教徒!」「本当なら、お前達の負けだ!」「どんなインチキをしたんだ!」

「──と言っているが?」

「……土手ぇ……」



 周りの観客たちを煽る土手に対して苛立つ俺は、キッと土手を睨む。すると、勝ち誇った様な顔をした土手が一変して、無表情になると、



「おいおい、良いのかよ? 俺にそんな顔を向けて。 お前は今一つ、自分の置かれた状況を理解していないようだな?」



 そう言うと、土手はその視線を観客席の一部──学校の皆の居る一画に向けた。



「別に良いんだぜ、やらなくてもさぁ。でも、それで良いのか、ん?

「……くっ!?」



 そう、俺には学校の皆という、言葉は悪いが人質が居る。土手が合図をしたら、暴徒と化した観客たちが、一斉に襲い掛かるだろう。さっきと同じ様に……。


(やるしか、無いのか……)


 グッと奥歯を噛みしめる。ムカつき過ぎて、胃の辺りがグルグルと気持ちが悪い。こんなに人に対して怒ったのは、初めてかもしれない。


 そんな俺を逆撫でする様に、土手が粘着質に満ちた声で、俺に話しかけてくる。



「さぁ、どうする、平クンよお? やるのか、やらないのか?」

「……こいつ……」



 俺の答えなど決まっている。俺には断れないのだから。それを解っていて、俺の口からそれを言わせたいのだ。ほんと、コイツは……。



「……るよ……」

「ん~? 聞こえないなぁ?」

「……やる、よ……」

「おいおい、全然聞こえないぞ、平ぁ。 もっとはっきり言ってくんなきゃさぁ」



 まるで、舞ちゃんの事を欲しいと、土手に何度も言わせたことへの意趣返しと言わんばかりに煽ってくる土手に、苛立ちがピークに達した俺は、大きく息を吸い込むと、「やるって言ってんだよ!!!」と、思いっきり叫ぶ。その声に、知らない内に魔力でも乗せていたのか、空気をビリビリと震わせて、会場内を駆けていく俺の声。

「ふははっ!」と、俺の答えに満足した土手は、隣に居る白髪の老人へと頷いた。

 その土手の首肯を受けた老人が、奥の貴賓室へと視線を少し向けた後、再び土手へと視線を戻し、小さく頷く。



「……よかろう、では第三試合を執り行なう! これに勝った方が、優勝だ!!」


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