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第七十六話  来るな、ギル少年っ!

 

 初めて出た村の外は、同じ様に高い木々が立ち並ぶ森だった。その緑濃い森の中に、獣道の様に細い道が申し訳無さそうに延びている。その道を僕は走っていた。



「はぁ、はぁ! うわっ!?」



 村にある、割れたレンガが敷き詰められた道も、所々苔生していて走ると滑りそうになったけれど、今走っているこの道は、そのレンガの道よりも、もっと走り辛い道だった。

 履いている革靴で、所々ぬかるんだこの獣道を走るのは、とても危ない。今も足元を取られ、転びそうになった。何とか踏ん張って転ばずにすんだが、いつ転んでもおかしくない。

 でも、僕は走るのを止めるつもりは無かった。姉さんが待っているのだから。


 それでも、無理を重ねてきた体では、全力疾走は無理だった。歩くよりかは幾分速い、そんな程度の速さで、獣道をひたすら走る。目指すは西の大里だ。


 初めて行く西の大里。子供の足で、どれ位の距離が、どれ位の時間が掛かるのか分からない。分からないけど、行くしかない! 行って、センチュリーを連れて来なくちゃいけないのだ!



「はぁ、はぁ、はぁ」



 肺が痛い。足も痛ければ、腕も痛い。痛くない所なんか無いって位だ。でも走る。走るしか姉さんを助ける手段が無いから。


 そうして、ひたすらに足を前へと運ぶ。目指す西の大里が、そんなに離れていない事を祈って。



 ☆



「み、見、えたぁ……」



 陽が沈み、すっかり辺りが暗くなった頃、道の先に点々と灯りが見えた。その灯りを、荷馬車の上から確認した僕は、山高く積まれた小麦の藁にポスっと倒れ込む。あの灯りのある所が、目指していた西の大里だと、荷馬車を操るお爺さんが教えてくれた……。


 ~   ~   ~


 村を出て、獣道の様なぬかるんだ道を走っていた僕。何度も転んでしまい、服やズボンも汚れ、所々に穴も開いてしまったがお構いなしに先を進むと、急に森が開けた。辺りの景色も一変し、一帯に小麦畑が広がる田園地帯に変わる。そので小麦畑を縫う様に走る道を進むと、左右に伸びる大きな道に出た。


(どっちに行けば良いんだよぉ……)


 キョロキョロと左右に首を振るも、左右どちらの道も長く延びていて先が見えない。小麦が風に揺れている景色の先に街らしい街も見えず、途方に暮れていた所に、運良く一台の荷馬車が向かってきた。その荷台に、刈ってきたばかりの大量の小麦を乗せて。



「ぉ、おぉ~い! すみませぇ~ん!」



 ここまで来るのに、ご飯はおろか水すら飲んでいないから、声を出すのも辛い。辛いが、声を掛けなければ止まってくれないと、張り付く喉を無理やり剥がし、向かってくる荷馬車に乗っていた、麦わら帽子を被ったお爺さんに両腕を大きく振って声を掛ける。


 すると、ロバに繋がられていた手綱を軽く引いて、僕の目の前で止まってくれた。



「どうした、坊主。何かあったのか?」



 良く見ると、この辺りでは珍しい人族のお爺さんだった。少ししゃがれたお爺さんの優しい声に、ピンと張っていた緊張の糸が切れた様に、ガックリと膝から崩れ落ちる。



「お、おい?! どうした、坊主!? 大丈夫か!?」



 そんな僕を見て、慌てて荷馬車から降りて来るお爺さん。倒れ込んだ僕を介助してくれたお爺さんの手を握り締めると、目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。



「……西の、大里は、どっちですか……」



 ~    ~    ~



 その後、西の大里に行くというお爺さんの荷馬車に乗せてもらった僕。

 最初は遠慮して、「方向さえ教えてもらえば平気です」と断っていたのだが、あまりに僕の恰好が酷かったのだろう、「良いから乗りなさい」という言葉に、最後は甘える事にした。



「本当に済みません……」

「な~に、行先は同じじゃ。構うもんかね。それに子供は爺ちゃんに甘えるもんじゃ!」



 そう言って、「カッカッ!」と笑う麦わらの帽子を被ったお爺さんの乗るこの荷馬車は、走るよりかはかなり遅い。だけど、あのまま走り続けていたら、途中で倒れていたと思う。独特な考えを持つ、この親切なお爺さんに余計な心配も掛けたくなかったし。


 そんな親切なお爺さんに、パンと水まで貰った僕はそれを一気に頬張ると、心地よい揺れと、襲ってきた眠気に耐える事が出来ず、いつの間にか眠ってしまった。



 そしてすっかり陽が暮れた頃まで熟睡して、ようやく覚ました僕の目に今、西の大里の家々の灯りが見えたのだった。


 ~   ~   ~


「有難う御座いましたぁ!!」



 去って行く荷馬車に、大きく手を振ってお礼を伝えると、お爺さんは片手を上げて応えてくれた。それにもう一度大きく手を振ると、「さて!」と頬を叩き、後ろに振り返る。──そこは、目指していた西の大里の街並みだった。


 村では見た事が無い、レンガ造りの二階建ての建物が、同じくレンガ敷きの大きな通りを挟んで立ち並んでいて、その軒先や通りには、魔法で出来た火が灯ったランプが、辺りを照らしている。


「うわぁ……」と、顔を上げ、初めて来た西の大里の街並みを歩いて行く。道行く人も、僕と同じエルフ族が多いが、人族、獣人族、精霊族といった色んな人が歩いていた。


 キョロキョロと、初めて見る物ばかりの西の大里の街並みに心奪われていると、レンガ造りの一軒のお店が目に入る。その軒先に掲げられている看板には、武器屋の文字が。


(はぁ~。これが武器屋さんかぁ。村の教会よりも大きいんだなぁ。姉さんの弓もここで勝ったのかな──)


 情けない事に、すっかり村での惨事を忘れて、まるで観光にでも来たかの様な気分になっていた僕は、そこまで考えて思い出したのだ。ここに来た理由を──。

 なんで忘れていたのかは、分からない。もしかすると、数々の悲惨な出来事に遭った事で、心を守ろうと、本能が一時的に記憶を無くしてしまったのかもしれない。そうとしか言えない程、僕はすっかり忘れていたのだ。


(なんで! 僕はなんで、今までっ!!)


 だが、その記憶が戻ると、待っていたのは強烈な後悔だった。これでは、本当に心を守ろうとしたのか、疑問が残る。でも、今はそんな事はどうでも良かった。


(どうするっ! どうやって、姉さんの師匠を、センチュリーを探せば良いんだ!?)


 手当たり次第にそこらを歩く人に聞けば、解るか!? いや、この街に何人のセンチュリーが居るか分からないのに、そんな事をしていたら時間が無駄になるんじゃないのか!?などと、今まで生きてきた中で、頭を一番働かせて良い案を考える。だけど、時間が残されていないと言う焦りから、まともな考えが出て来なかった。


 そして、僕は考えるのを止めた。止めて、両手を口の横に当てて、思いっきり息を吸い込む。そして──、



「センチュリーの人、居ませんかぁ!! アイシャ・フォン・ルクセンドルフの師匠になる予定のセンチュリーの人、居ませんかぁ~!!」



 叫んだ。お腹から声を張り上げた。村でこんな大声を上げれば、獲物が逃げるだろ!と、ウッドゲイトさんに怒られる位の大声だ。でもここは西の大里だ。村とは違って獲物となる動物は居ないだろうし、村とは違って、何処に誰が居るのか全く分からない。だから、これが最善だと思った。

 そんな僕を、道行く人が立ち止まっては指差す。そして、冷やかす人、ただ見つめる人、笑う人、無視して歩く人。ほんとに村とは比べられない程の人が、僕を見ていた。だけど、センチュリーの人は居ないみたいだ。


(こうなったら、来てくれるまで何度でもっ!)


 息を思いっきり吸い込む、そして、叫ぶ! それを繰り返していると、遠くの方から笛の音が近付いてきた。


(……なんだろう?)


 近付いて来る笛の音に、僕は叫ぶのを一旦止めて様子を窺う。すると、レンガ造りの建物の間から、皮の鎧に身を包んだ大人のエルフが二人、こっちにやって来る。見ると、口には笛を咥えていた。現れた大人のエルフは、僕を見つけると近付いてきた。そして、二人の内の一人、目の青いエルフの男性が僕に質問してくる。手には、長い槍を持っている事から、どうやら二人は衛兵さんみたいだ。



「むっ? 君か? さっきから騒いでいるのは?」

「騒いでいるって訳では無いんですが、ちょっと人を探してまして」

「人探し? それで、誰を探しているんだね?」

「センチュリーの人です」

「何っ!? センチュリー様だと!?」



 驚く若いエルフ。すると、様子を窺っていた、赤茶色の髪をしたエルフが僕に詰め寄って来た。



「……センチュリー様に何用かね?」

「今、僕の住む村が魔物に襲われているんです! だから、助けて欲しくて!」

「何っ!? 魔物だと!?」

「はいっ! なので、センチュリーの人を探しているんです! 姉さんの師匠になる人を!」

「君のお姉さんの師匠……? って事は、去年の試験の合格者か!?」

「は、はい、そうです! 名前はアイシャ・フォン・ルクセンドルフって言います!」

「──!? 今、君は何て言った!?」

「──? だから、アイシャ・フォン・ルクセンドルフと──」



 姉さんの名前を出すと、見る見るうちに二人の顔色が変わる。そして、僕の腕を掴むとグイっと引っ張り上げた。



「痛っ!? な、何するんですか!? 離してください!」

「良いから来い! 詰所で詳しい話しを聞かせてもらう!」

「何でですか!? 騒いだからですか!? ならば謝ります! 謝りますから話してください!」

「良いから来い!!」



 二人の衛兵さんに両腕を掴まれる。そして、詰所に連れて行こうと僕を持ち上げた!



「何するんですか! 離してください! こんな事をしている間にも、村が、姉さんがっ!!」

「大人しくしろ! いいから来るんだ!!」



 抵抗しようと暴れるが、足は完全に宙に浮いていて力が全く入らない。それに、さすが衛兵さんと言うべきか、鍛えられた体が発する力はとても強く、全く抵抗出来なかった。



「離してください!! 僕が一体何をしたって言うんですか!? 何かしたのなら、騒いだ事が迷惑になったのなら謝りますから! だから、お願いします! 離してください! 僕は村を、姉さんを助けに行かなくちゃいけないんだ!!」

「えぇい、うるさい!! 大人しくしないのならば──!」



 僕の右側に居た、若いエルフの衛兵さんは、持っていた槍を片手でクルリと器用に回すと、石突で僕の頭を小突く。



「痛い! 何するんですか!? 止めてください!」

「このっ! まだ暴れるか! ならば、もう一発──」



 言って、僕の頭に石突を落とす衛兵さん。さっきよりも重い一撃に、僕の意識が一瞬飛びかける。



「がっ!? や、止めて……」

「大人しく詰所に来るなら止めてやる」

「──そんな……。村が……。姉さんが……」

「まだ言うか!」



 激高した衛兵が槍を大きく振り上げると、僕の頭目掛けて振り下ろされる──



「姉さんっ!!」



 意識だけは保とうと、目を閉じ歯を食い縛って、やって来るだろう衝撃と痛みに身構えていると、中々それはやってこない。それどころか、一連の出来事を見ていた周りの人達がざわつき始めた。


(……?)


 そっと目を開ける。周りに居た人達は皆一様に驚いた顔をして、僕の隣を見ていた。


(なんだろ?)


 そっと、首を回す。と、そこには、今にも僕の頭に槍の石突を落とそうとしている衛兵さんと、その槍を片手で受け止めている、長い金髪の女性。


 石突をその女性に受け止められた衛兵さんは、口をパクパクさせている。その口が、ようやく言葉を発した。──「フォルテナ様っ!?」と──


 名前を呼ばれたその女性こそが、僕の探していたセンチュリーその人だった……。



 ☆



 初めて乗る馬の背で、波の様に襲ってくる吐き気と戦いながら、僕は空を見上げる。

 暗い漆黒の闇に、満天の星空が広がっていた。村から離れた星空だったけど、見える星に違いは無いみたいだ。



「どうした、ギル少年?」



 すると、背中越しに声が掛けられる。今乗っている馬の主人で、僕の探していたセンチュリーその人であり、姉さんの師匠となるフォルテナ様だった。



「いえ、今、何時くらいかなと思って」

「フム、今は夜中の二時位では無いかと思うが」



 馬の手綱を握りながらも、器用に空を見上げそう答えるフォルテナ様は、前に座る僕の頭をそっと撫で、安心させるかの様に「大丈夫、きっと間に合うさ」と、優しい口調で励ましてくれた。


 だが僕は、それに「……はい」と答えるのが精一杯だった……。


 ~   ~   ~


 騒ぎの一件の後、僕はフォルテナ様の家へと招かれた。そこは周りに建つ家と比べるとこじんまりとした、僕の家とあまり変わらない広さのレンガ造りの家だった。


 そこで、湯浴みと傷の手当を受けた僕は、いつの間にか用意されていた服に着替えると、リビングに居たフォルテナ様に全てを話した。

「……と、いう訳なんです」



 最後まで話終えた僕の心に不安がよぎる。フォルテナ様に話している途中で気付いたのだが、僕の言っている事は、ただのワガママの様な気がしたのだ。だって、幾ら姉さんのお師匠になるといってもそれは今年の秋からだから、今のフォルテナ様には全く関係が無い。それどころか、旗のオークと戦ってくれと頼んでいるのだから。名も知らない小さな村の為に、死ぬかも知れない戦いをしてくれと、そう頼んでいるのだ。だから、話終えた僕は、フォルテナ様に断られても仕方無いと思っていた。もしそうなら、冒険者ギルドに行って依頼しようと思っていた。ちなみに冒険者ギルドについては、この街に着いた時、あの麦わら帽子のお爺さんに教えてもらっていた。


 僕の話を最後まで黙って聞いてくれたフォルテナ様は、座っていた椅子から立ち上がると、奥にある部屋へと消えて行った。それを見た僕は、自分の身勝手さに怒らせてしまったのだと、泣きたい気持ちで一杯だった。


 そうして、どの位の時間が経っただろうか、この後どうしようかと悩む僕の耳にガチャガチャと金属の合わさる音が聞こえた。不意に顔を上げると、そこには、金色の鎧を着たフォルテナ様が立っていた

 すっかり断られると思っていた僕は、その出で立ちに「フォルテナ様?」と少し間の抜けた声で問い掛けると、フォルテナ様はコクンと頭を縦に振ると、一言「行くぞ」と言ってくれたのだった──


 ~    ~    ~



「こっち! フォルテナ様、こっちです!」



 夜闇だった空が少しずつ青みがかり、荷馬車の上に乗ってた時にはくっきりと見えていた月も、沈んでしまったのか見えなくなった頃、僕たちはその荷馬車に乗せてもらった場所まで辿り着いた。そして、その道を使った事のある人でなくては分からない様な、村へと続く細い道を指差し、フォルテナ様を案内すると、「こんな所に道があるのか」と、馬の首をそちらに向けながらも、躊躇いの言葉を口にするフォルテナ様。確かに少し見ただけでは、道に見えないよな。


 そんな気持ちが移ったのか、馬もどこか恐るおそるといった感じで、村へと続く道へと入っていく。



「……うむ、どうやらギル少年の言う様に、道があるみたいだな。だが、この細さでは馬を走らせるのは少々危険だ。済まないが、駆け足程度になってしまうが、良いか?」



 手綱を器用に捌きながら、フォルテナ様が背中越しに申し訳無いと口にする。僕は首を大きく横に振って、



「とんでも無いですよ、フォルテナ様! 無理して馬が怪我をしたら、それこそ間に合いません。ここはフォルテナ様の言う様に、慎重に進みましょう」

「ギル少年……。うむ、そうだな。では、行こう!」

「はいっ!」



 そうして、先程よりも幾分スピードを落とした速さで、暗い獣道を進んでいく僕達。その時、フォルテナ様が不意に口にした言葉が、頭に残った。



 ──「しかし、これほど奥にある村にはたして、旗の魔物が現れるものだろうか……?」──



 ☆



 空に浮かぶ星の存在が、薄くなる位に夜が明けた頃、ようやく村へと辿り着いた僕とフォルテナ様。

「それで、アイシャはどこに?」と尋ねるフォルテナ様に、「南です!村の南側です!」と割れたレンガが敷き詰められた、村の南側へと通じる道を指差す。すると、フォルテナ様が僕の指差した道に馬を走らせる。


 まだ朝じゃないとは言え、不安が拭えなかった。アイツは朝と言っただけで、ハッキリとした時間を口にした訳では無かったから。

 そんな不安が伝わったのか、後ろに座るフォルテナ様が、また僕の頭にポンと手を乗せて来る。



「フォルテナ様?」

「大丈夫だ、ギル少年。きっと、大丈夫だから」

「……はい」



 僕の中にあった不安がそっと拭い去られる。これが、センチュリーなのかと感心してしまった。きっと大丈夫、そう信じる心がより強くなった。あの姉さんがあんなヤツに殺されるはずが無いと。



「──見えた! あそこです!」



 レンガ道を走っていくと、高い木々の間から、マギーさんとラモンさんの家がチラリと見えた。

 フォルテナ様も見えたのか、手綱を緩め、馬の腹を蹴って速度を上げる。そうして少しずつ近付く二軒の家。──だがそこに、僕の一番大切な人の姿は無かった。アイツの姿も──



「……誰も居ない?」



 背中からフォルテナ様が、不穏に満ちた声を出す。そして、急に馬を止めると、



「……ギル少年は、ここで少し待っていてくれないか?」

「……え? なんでですか?」

「良いから、言う通りにしてほしい。お願いだ」

「……分かりました」



「有難う」と場違いな感謝を示すと、馬から降りるフォルテナ様。そして、金色の鎧を鳴らしながら、二軒の家のちょうど間へと進み出る。



「フォルテナ様! 気を付けてくださいね!」



 馬上からそう声を掛けるが、フォルテナ様は反応せずに、誰も居ない草むらで立ち止まると、そっとしゃがみ込む。


(……なんだろ?)


 フォルテナ様の様子を窺っていると、スッと一筋の光が差し込んできた。どうやら、陽の星が昇ってきたみたいだ。今日の森は靄も朝霧も無いので、昇ったばかりの低い陽の光が、遠くまで差し込んでくるようだ。

 その時、フォルテナ様が何かを拾い上げる。その拾い上げたモノが、差し込んできた陽の光を受けて、キラリと光った。



「──え?」



 ソレを見た時、僕は馬から降りていた。「ブルルっ」と馬が心配気に鳴くが、気にもしなかった。

 そうしてヨロヨロと、まるでアンデットの様な足取りで、フォルテナ様の元へと向かって行く。



「──来るな、ギル少年っ!」



 僕の気配に気付いたフォルテナ様が怒鳴る。だけど、今の僕に怖いモノなんて無かった。

 ──そう、姉さんを失う事以外は──


 そうして、フォルテナ様に近付くにつれ、濃くなってくる血の臭い……。その血の臭いの元は、マギーさんの家からでは無かった。もっと近く、フォルテナ様の居る辺りから……。



「来るなと言っている!」と、再びフォルテナ様が怒鳴るが、僕の足は歩くのを止めず、僕の視線はあるモノから離れなかった。


 そうして、フォルテナ様に近付くと、ハッキリとソレが目に留まる。それは、赤い液体を纏った、深緑色の小さな石の付いたペンダント……。



「……ぅあ……」



 震える腕を伸ばし、フォルテナ様の持つ、見覚えのあるペンダントを掴もうとする。だけど、フォルテナ様はそれを僕から見えない様に懐へと仕舞った。



「……返してよ……、ソレ」



 見えなくなったペンダントを受取ろうと、さらに足を進めた時、「ピチャリ」と何かを踏む。そこには、人が流したであろう、大量の赤い液体が、地面に沁み込まずにそのまま残っていた。



「……うぁ……?」

「しっかりしろ! ギル少年!」



 パァンと頬に痛みが走る。フォルテナ様に叩かれたのだ。だけどその痛みは、今感じている心の痛みに比べるととても些細なモノで……。



「……姉さん……?」やっと、その言葉を口に出来た。

「……姉さん、何処に居るの……?」やっと、目が辺りに向けられた。

「……姉さん、フォルテナ様を連れて来たよ……」やっと、助けに来れた。


 なのに、その姉さんはどこにも居ない……。



「──うぁ、うあああぁぁぁあ!!」


 獣の様な咆哮が、口から溢れる。まるで人から出たとは思えない、おぞましいまでの咆哮。悲しい叫び……。



 赤い水溜まりに膝を突き、真っ赤に染まった手で顔を覆う。もう何も受け止められない! 



「しっかりしろ、ギル少年!!」と、誰かが何処かで叫んでいるが、その声はどんどんと遠く離れていった。


 ──こうして僕は、大切な人を失って、ただの一人となった……──


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