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第七十四話  アレを食らわしてやりましょう!

 

「っくぅぅ!?」



 オークが大きく振り払ったこん棒が、頭の上を通り過ぎていく。しゃがみ込んで完全に躱したというのに、こん棒の周囲に取り巻いた風で、吹き飛ばされそうになってしまった。なんて威力だ!



「ギルッ!?」



 僕からオークを引き離そうと、大樫の弓からマジックアローを放った姉さんから心配する声が飛んでくるが、それに「大丈夫!」と返すと、すぐに立ち上がってオークから距離を取る。



「オイオイ、そう慌てるナッテ。避けラレル様に、チャンと手加減したダロウ?」



 相変わらず、姉さんの放った光の矢を吹く息だけで消し去ったオークが、まるで小枝を扱うように、持っていたこん棒で、自分の手の平をペシペシと叩きながら、人を馬鹿にした様なニヤニヤとした顔をしていた。


(何が手加減だ! あんなの、掠っただけでひとたまりも無いじゃないか!)


 そう毒づく僕の隣に、姉さんがやってくる。



「大丈夫、ギルッ!?」

「うん、大丈夫! 姉さんは?」

「私は平気。っもう、あのブタ! 私のマジックアローを鼻息ひとつで消すなんて!」



 自分の放ったマジックアローを、オークがいとも簡単に消すのが悔しいのか、姉さんは地面に転がっていた石を蹴っ飛ばす。

 戦いの口火を切った姉さんのマジックアローも同じ様に消されてしまったから、気持ちは分かる。


 オークとの戦いが始まって、もう20分は経つだろうか。なのに、友好的な攻撃はおろか、僕の短剣も、姉さんのマジックアローもオークの体に傷一つ付けられない所か、届いてさえいないのだから、姉さんじゃなくても、悪態の一つも吐きたくなるというものだ、


 そんなご機嫌斜めな姉さんの気持ちを落ち着かせようと、からかうような軽い口調で話を変える。



「そういや、僕が教会に行って帰ってくる間、あんなのを一人でよく相手出来たね」

「そりゃあ、これからセンチュリーを目指す私だもの。アイツの相手位、何とかなるわよ。それに」

「それに?」

「今もそうだけど、アイツは確実に手を抜いていたわ。じゃなかったら、とてもじゃないけど、相手にもならなかったでしょうね」

「そんなに……」



 冷や汗が頬を伝う。姉さんの口から、勝てないなんて言葉が出る様な相手なのだと、改めて認識させられた。


 そんな、怖気づいた僕の背中をバシッと叩く姉さん。



「だから、油断している今がチャンスよ! アレを食らわしてやりましょう!」

「アレ……? って、まさか、アレ?!」

「そうよ! いくらアイツが旗だからって、アレなら倒せるわ!」



 手の平をギュッと握りしめ、自信に満ちた表情を浮かべる姉さん。姉さんの言うアレとは、僕と姉さんの合わせ技の事だ。


 あれは、姉さんがセンチュリー試験に向けて訓練をしている時だった。基礎訓練に飽きた姉さんが、「気分転換したいなぁ」と言い出した。だけどそれを認めなかったウッドゲイトさんに対し、それならばと、たまたまその場に居た僕と一緒に、ウッドゲイトさんと戦って、勝ったら休憩っていう勝負をした事がある。その時に、ウッドゲイトさん相手に繰り出したのがその合わせ技だ。


 ちなみに、その合わせ技のお陰でウッドゲイトさんに勝ち、気分転換を勝ち取った姉さんは、僕と、途中で出会ったミーナを引き連れ、川で水浴びを楽しんでいたっけ。



「ウッドゲイトさんにも勝てたのだから、アイツにも通じるわ! 行くわよ、ギル!」

「──うん!」



 僕の返事を聞いた姉さんは、弓の弦を最大限に引き絞りながら、僕の真後ろに移動していく。



「算段は付いたヨウダナ? なら、サッサト掛かってコイッ!」



 僕たちが話ているのを、面白そうにニヤニヤと見ていただけだったオークが、姉さんが移動したのを見計らうと、持っていたこん棒を地面に突き刺し、両手を広げて挑発する。姉さんの言う様に、コイツは僕達が小さい子供だからと油断している様だ。待ってろ!その腹の立つ顔に、今すぐ一発食らわしてやるっ!



「姉さんっ!」

「ラピッドアロー!!」



 姉さんに合図を送った僕は、オークを前にしてしゃがみ込む。すると、背後に居た姉さんが、ラピッドアローをオークに向けて放った! 

 だけど、弓から放たれた二本の光の矢はオークの横を通り過ぎると、すぐ後ろの地面に突き刺さった。



「ムッ!? 何ダッ!?」



 自分に向かってくると思っていたオークは、地面に刺さった光の矢を見て不審がる。そんなオークに向けて、体を起こす勢いを利用しながら、短剣を突き出していく!



「はぁ!!」

「何がシテェノか分からネェガ、ソンナ攻撃を食ラウ俺サマじゃ──」

「マジックアロー!!」

「ムッ!?」



 僕の突き出した短剣を叩き払おうと、地面に刺していたこん棒を引き抜いたオーク。そのオークに、姉さんがマジックアローを放つ! 僕の短剣と、光の矢が同時にオークに迫る! 



「フンっ! コンナもの!」



 少しだけ驚いたものの、オークは向かってくる光の矢を鼻息で、僕の繰り出した短剣を、手に持ったこん棒で迎え撃とうと構えた。そこに──!



「──いけぇ!!」

「ナニ!?」



 姉さんの掛け声で、地面に刺さっていた光の矢がいきなり動き出すと、グググッと地面を抉りながら、オークへと向かって行く!! それを見たオークが驚きの声を上げた!そんな動揺するオークを、左右から挟撃する光の矢。そして、僕の短剣ともう一本の光の矢も迫る! 


 計四つの攻撃を躱しきれないと判断したのか、オークは後ろに大きく飛び退いて、僕の放った短剣を躱す。だが、まだ三本の光の矢がある!


 その内、正面から向かってくる光の矢に向けて、「フンッ!」と鼻息を拭き付けるオーク。姉さんの放ったマジックアローは、その鼻息によって散々消し去られてきたが、今回の光の矢は消えなかった!



「ナニィ!? クソッ!」



 鼻息も何のそので向かってくる光の矢を、持っていたこん棒で苦し紛れに振り払うオーク。凶悪な威力で振り払われた光の矢は、光の残滓を残して霧散した。だが、まだ光の矢は残っている! 


 左右から挟撃しようとした光の矢が、その光の残滓から現れると、オークの顔面に向かってさらに加速した! そして、



「グアアァ!?」



 悲鳴を上げるオーク! 光の矢がオークに襲い掛かり、その左頬と右耳に浅くない傷を作って、役割を終えたかの様に消えていく。


 僕の短剣による突きと、姉さんの奥の手、ホーミングアローとラピッドアローの合わせ技、“ハウンドアロー”、それに、通常よりも魔力を込めたマジックアローによる多方向攻撃だ!



「ウググっ!?」

「いける! 通じてる! ギル! もう一回やるわよ!」

「魔力の残りは平気なの、姉さん!?」

「まだ全然問題無いわ! ギルもいけるわよね?」

「うんっ!」

「このガキ共っ!」



 頬を押さえる手の隙間から、僕らをギロリと睨むオーク。自分よりも弱いと決め付け、侮っていた僕達に傷を付けられた事で、怒りに満ちている。

 深く抉れた右耳と、傷付いた頬を押さえるオークの手から、紫色の血をボタボタと垂れるのを見た姉さんが、追撃を決断した。その声に、調子に乗るなとばかりに持っていたこん棒をブンブンと振り回しながら、接近してくるオーク。そこに飛んでくる光の矢。姉さんがマジックアローで、オークの動きを邪魔していた。


 暴風を伴うこん棒を躱しながら、僕は再び姉さんの前に立とうと、後ろに飛び退きながら移動していたが、ちょっとした小石に足を取られ体勢を崩し、転んでしまった!



「しまっ!?」

「ギルっ!」



 マジックアローで、僕が移動するのを手助けしてくれていた姉さんが叫ぶ。迫るこん棒に、慌てて立ち上がろうとするが、足が震えてしまって力が入らない。助けを呼ぶために教会へ、そして、姉さんと一緒に戦う為にここまで、全力で走って来た疲労が、ここに来て表に出て来てしまったのだ!



「オラァ! いつマデモお寝んねシテルト、ミンチになるゼェ?!」



 オモチャの様に丸太のこん棒を振り回すオークが、目の前まで迫って来た。そして、起き上がれないで居た僕に向かって、回していたこん棒を振り下ろす!!


(マズっ!?)


 やっと力が入った足に魔力を込めて、振り下ろされたこん棒から逃れようとするが、時すでに遅かった。もう間に合いそうにない。


(くっ!?)


 何の足しにもならないとは分かっているけれど、そこは本能なのだろう。顔の前で両腕を交差させ、受けるダメージを少しでも軽くしようとする僕。そして、目をギュッと瞑る。


 ドガッ!



「えっ!? くぅ!?」



 そんな無駄な足掻きをする僕の背中に強い衝撃が襲い、吹き飛ばされた! そして──


 ドゴオォオンっ!!



「うわぁっ?!」「きゃあっ!?」



 耳をつんざく爆音! と同時に、体中にビシバシと何かが飛んできた! 


(痛い~!!)


 そっと目を開け、目の前で交差した腕の間から見えたのは、飛んでくる石や土礫、すぐ下にある地面。そして、僕よりも多くの石や土礫を体に受けている姉さんの姿だった。



「姉さん!? ぐがっ!?」



 姉さんに声を掛けると同時に、吹き飛ばされていた体が地面へと接触した。でもそれだけでは吹き飛ばされた体の勢いは無くなる事は無く、ゴロゴロと地面を転がり続ける僕。体のあちこちを地面に叩き付けながら、何とか止まった。



「痛てて……。ね、姉さん?」



 体のあちこちに出来た、擦り傷やアザの痛みに顔を顰めながら上体を起こすと、そこに見えたのは、オークのこん棒が振り下ろされた爆心地の近くに横たわる姉さんと、その傍に立つオークの姿だった。オークはおもむろに姉さんの頭を掴むと、ヒョイっと持ち上げる。



「ね、姉さんを放せぇ!」

「離し、なさいよ……。この、ブタぁ……」



 ヨロヨロと立ち上がった僕と、頭を掴むオークの手に、自分の手を添えて必死に逃れようとする姉さんがほぼ同時にオークに訴えるも、オークは無言で姉さんの頭を掴む手に力を込めていく!



「きゃあぁぁ!?」

「姉さんっ!?」



 辺りに姉さんの悲鳴が響く。ダランと下がっていた両足で、オークの出っぷりとした腹を蹴り付けて必死に抵抗するも、ポヨンポヨンと揺れているだけで、ダメージを与えている様には思えない。

 そんな中、オークが苦しむ姉さんを見て、



「ンダヨ、ツマンねぇ。坊主を庇ったバッカリニよ。ボウズを庇わなきゃ、モット楽しめたノニヨォ……」

「……えっ?」

「エ?じゃネェヨ、ボウズ。立てないオマエがドウヤッテ俺さまの攻撃を躱セタト思ってイルンダ?」

「どういう事だ!?」

「どうもこうもネェヨ。お前がミンチになる所ヲこの嬢ちゃんが庇ったンダヨォ」

「そんな……?」

「聞いちゃ駄目、ギル! コイツの言う事を聞いちゃ、──きゃああぁ!!」


 姉さんを見る。頭を掴まれ、こちらに背を向けている姉さんは、オークの言葉を真っ向から否定した。が、その言葉が最後まで口から出る前に、オークは姉さんの頭を掴んでいた手に、さらに力を込めたのか、悲鳴に変わる。



「良いから姉さんを放せよぉ!」



 地面を何度も転がったせいで、体のあちこちがとても痛いが、そんなのに構っていられない。ググっと足に力を込めると、近くに落ちていた短剣を拾い上げ、オークに向けて構える。


 そんな満身創痍な僕を見たオークは、姉さんを下ろす所か「ブシャシャ!」と嗤うと、持っていたこん棒を地面に降ろし、空いた手で僕を指差す。



「オウ、そうかいボウズ。この嬢ちゃんを助けたいンダナ?」

「当たり前だろ! さっさと姉さんを放せ!」

「ナルホド。ならば取引、ダ」

「……取引?」



 オウム返しに問う僕を見て、嬉しそうに嗤ったオーク。



「アァ、取引だ。コレ以上お前と遊ぶノモ飽きたカラナァ。ダカラ、お前の代わりに誰か連レテ来い」

「誰か連れてくるだって?」

「アァ、そうだ。誰か連れてコイ。ソウスリャ、この嬢ちゃんを助けてヤルヨ」

「そんな事を言って、僕を騙すつもりなんだろ! 騙されないからな!」

「フゥ~ン。そうかい。俺サマハどっちでも構わないンダゼ?」

「きゃあっぁぁ!!」

「姉さん!?」



 僕の抗議に、面白くないとばかりに姉さんの頭を掴んでいた手に力を込めるオーク。そして、辺りの木々に木霊する、姉さんの悲鳴。



「止めろぉ! 止めてくれ!」

「ジャア、誰か連れてクルンダナ?」

「そ、それは……」

「きゃああぁぁ!?」

「分かった! 誰か連れてくれば良いんだろ! 分かったから、姉さんを苦しめないでくれっ!」

「ホゥ、解ってクレタカ。ソイツは良かった」



 ニタニタと嗤うオークは、徐に空を見上げる。もう陽の星もすっかり昇り、辺りを朝の光で照らしていた。



「期限を決めヨウ。ソウダナ……、明日の朝マデ。ソレマデに大勢のお仲間を、俺サマヲ倒せる位、大勢の仲間を連れてコイ。いいナ?」

「……分かった……」

「クククッ、良い子ダ。じゃあ、行ケ!」



 シッシッと、まるで家畜にでもするかの様に、雑に僕を追い払うオークは、姉さんの頭から手を放す。すると、力無くストンと地面に横たわる姉さんは、全く動こうとしない。



「姉さんっ!!」

「心配スルナ。生きてイルヨ、今はな……。ダカラ、急ぐ事ダナ」

「……クソッ!」



 悪態を吐きながらも体の向きを変え、この場を去る僕の耳に、オークの胸糞悪い言葉が耳に届いた。



「せいゼイ、俺サマノ為に、たくさん食い物を連れてコイヨ」



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