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第七十三話  姉さんはセンチュリーになるんだ!

 

「はぁ、はぁ、はぁっ!」



 教会へと続く、苔の生えたレンガ道をひたすらに走っていく。

 目線をそのレンガ道へと落とせば、薄っすらと二人分の足跡が見て取れる。言わずもがな、僕と姉さんの足跡だ。それを今は、僕一人の足跡が上書きしていった。



「待ってて、姉さん! はぁ! 今すぐ、助けを、呼んでくる、から!」



 走るのはあまり得意じゃない。でも今は、そんな事を言ってはいられない!

 肺が痛い。さっきまであれほど空気を飲んだと言うのに、まだ足りないと肺が訴える。そんな肺にこれでもかと、大量の空気を送る為に大きく息を吸う。血の臭いしかしなかったさっきまでの空気とは違い、新鮮な空気が肺を満たしていく。それだけで、あの場所からかなり離れた事を感じた。


 そうして走っていると不意に、マギーさんとラモンさんが脳裏に現れる。マギーさんは優しい人だった。たまにマギーさんが作った焼き菓子を僕や姉さん、ミーナに配ってくれた。とても美味しくて優しい味だった。美味しいって言うと、笑って頭を撫でてくれた。

 足の具合の悪かったラモンさん。そんなラモンさんが教会に行くのに肩を貸してあげた時は、お駄賃としてはちみつのタップリと入ったお茶をご馳走してくれたっけ……。熱いお茶をふぅふぅと冷ます僕を見て、嬉しそうに笑っていたっけ。



「……ぅう、ぐすっ……」



 マギーさんとラモンさんの優しい笑顔を思い出してしまい、思わず涙が零れる。もう、あの笑顔を見る事は出来ないのだ……。



 そうして、休む事無く走り続けると、夜も明け、すっかり陽が差し込んでいる木々の間に、陽の光とは違う明かりが見えた。教会の周りに焚かれていた篝火の灯りだ。



「よし、ようやく、着いた!」



 人は、ゴールが見えるとさらに力が増すものだと前にウッドゲイトさんが言っていたが、なるほど、その通りだと思う。

 あれほど苦しかった息も、もつれる程に疲れていた足も、元気を取り戻したかの様だ。それどころか、「早く早く!」と、逆に僕をせっつく。自分の体ながら、なんて現金なヤツ等だろうと呆れてしまう。


 そうして、徐々に迫ってくる教会。しかし、その姿に少し違和感を覚えた。


(ん、なんだ? ──あ!?)


 到着した教会の様子に、足を止めて、呆然と立ち尽くす。

 焚かれていた篝火が全て倒され、篝火のあった周辺の下草や背の低い木々を燃やしていたからだ。



「い、一体何が!?」



 状況を理解出来ない。何でこんな事に!?



「風で倒れたのか!? いや、そんな事あるわけ……」



 下草に燃え移った篝火を足で踏み付けて消して見るが、一向に消える気配は無い。これは僕一人じゃ無理だと判断した僕は、教会に居るであろう父さんとウッドゲイトさんを探す事にした。



「──父さん! ウッドゲイトさん!」



 大声で名を呼びながら、教会の玄関に向かう。ウッドゲイトさんはもしかすると、村の北側に出たという魔物を倒しに行っているかもしれないけれど。


 そうして、教会の周りを回って見えた玄関。その両開きの扉は大きく開け放たれ、その片側は外れて地面に転がっていた。そして、ついさっきまで嗅いでいたのと同じ臭いが、周りの空気を(けが)していた。



「なんだよ、これっ!?」



 思ってもみなかった状況に、思わず叫んでしまう。



「父さん! みんな!」



 開き放たれた教会の扉を潜り中に入ると、そこには誰も居なかった。──ただ、床におびただしい量の赤い水溜まりがあるだけ……。そして、誰の物かは分からない腕や足があるだけ──。



「うぁ、……ぁ……」



 口から言葉が出て来ない。前に進む足が出て来ない。何をするべきかの考えが出て来ない。


 ただ、意味をなさない嗚咽の様な呻き声を口から出しながら、僕は一歩、また一歩と後退ることしか出来なかった。

 目の前に広がる景色と同じモノを、僕はついさっき見たばかりだ。そう、マギーさんの居間で。


(あの時……。あのオークは何て言っていた……?)


 マギーさんを襲ったオークが言った事を思い出そうとすると、頭がガンガンと鳴り響く。思い出すな、考えるな!と頭が拒否している。それでも、僕は思い出してしまった。



 ──「ンア? マギーさん? ……あぁ、あの女のエルフカ?」──

 ──「……モチロン喰ったサ。女の肉ハ柔らかくテ良い!」──



「うあぁぁぁぁぁああ!!」



 叫んだ! 目の前の受け入れがたい光景を否定したくて叫んだ。ここには父さんが居たかもしれない!もしかすると母さんも! ミーナもアイナさんも! そんな現実を受け止めきれなかった。頭を抱え、しゃがみ込み、何も考えなくても良いようにただただ叫ぶ。

 だけど、そんな事をしても何の解決にもならない。ここには、助けになってくれる人も、助けて上げなきゃいけない人も誰も居ないのだから。



「──そ、そうだ、姉さんっ!?」



 父さん、母さん、ミーナ……。それぞれの顔が浮かんでは消えていき、そして姉さんの顔が思い浮かぶ。その時、僕はここに来た理由を、姉さんの助けになる人を探しに来た事を思い出したのだ。



(どうする!? 教会には誰も居ない! 今から他の大人を探すか!? いや、そんな事をしていたら、姉さんまで殺されてしまう!)


 ドクンっと、胸が強く鳴る。姉さんが殺される、そんな事を想像したからだ。


(いやだ! そんなの絶対に嫌だ!!)


 フラフラと立ち上がる。僕の心は壊れそうなままだ。でも、踵を返して教会を出る。そして考えた。今から、どこに居るかも分からない誰かを探しに行く時間なんて無い!ならばどうするか?


(そんなの、決まってる!)


 教会の裏に回って、元来たレンガ道──姉さんの居る所に向かって再び走り出す。

 教会に居たであろう人の為に悲しむのは後でも出来る。もしかするとそこに、父さんや母さん、ミーナが含まれているかもしれない。もしそうなら、僕は親不孝者で、友達不幸者だ。

 それでも──。


(誰も居ないなら──)


 僕は走っていた。教会へと向かっていた時よりも、さらに速く。


(僕が──)


 陽が昇り、明るくなって見えやすくなったレンガ道も、僕の考えを後押ししてくれている様だ。


(姉さんを──)


 肺が痛みを訴える事は無い。足が疲れを訴える事も無い。だって、僕にはやるべき事があるから!


(──助ける!)


 それだけを胸に、僕は必死に姉さんの居る、ラモンさんの家へと駆けて行った。



 ☆



 明らかに速かった。今までで一番速く走った。

 そうして、マギーさんとラモンさんの家が見えて来た時、僕はエルニア様に祈っていた。──どうか、姉さんが無事で居てくれる様に、と──


(お願いします! どうか、どうか!!)


 その祈りに答えるかの様に聞こえてきたのは、木々にぶつかり木霊する、何かが爆発しているかの様な「ドォン!」という鈍い音だった。それは何かと何かが戦っているという事。そして、戦っているという事は──


(姉さんは生きてる!!)


 エルニア様に感謝した。どうやら僕は間に合った様だ。


 レンガ道を逸れ、ラモンさんの家がある方へと向きを変えると、ハッキリとした戦闘音が耳に入る。


 そして立ち並んだ木々が途切れ視界が開ける。そこには、ラモンさんの家の前で戦う、姉さんとオークの姿があった。オークの手には、丸太を雑に削った様な形のこん棒が握られている。



「姉さん!」

「──!? ギル!?」

「ン? ナンダァ?」



 膝を突きながらも、対面するオークに向けて弓を向けていた姉さんの前に立つと、目の前のオークに持っていた短剣を突き付け、睨み付ける。



「ギル!? どうしてここに!?」



 僕の背中に姉さんが、息の上がった声で問い掛ける。その問い掛けに、後ろを振り返る事無く、答える。



「教会に行ったら、誰も居なかったんだ。だから、戻って来た」

「誰も居なかったって……。ほんとに誰も居なかったの!?」

「うん。もしかすると、教会にまで魔物が来るかもって、違う所に避難したのかも」



 ウソを吐いた。今、本当の事を言う必要は無いと思ったから。本当の事を言って、気が滅入った状態で、旗のオークに勝てる気なんかしないから。



「オオゥ! 良く戻ってキタナ、ボウズ! ソンナに俺サマに喰われたカッタのカ?」



「ブシャシャ!」と、唾を撒き散らしながら嗤うオーク。そんなオークを睨み付けながら、



「うるさい! 誰がお前なんかに負けるかっ!」

「ホホゥ、威勢がイイナァ。気に入ったゼ!」



 僕を見下ろして嗤っていたオークが、「ブシュウゥ!」と息を吐くと、



「良いゼェ! 来な、ボウズ! 少し遊んでヤロウ!」



 腕を大きく広げて言い放つ。そんなオークから目を離さずに、肩越しに後ろにいる姉さんを見る。



「姉さん、大丈夫? まだ戦える?」

「えぇ、大丈夫よ。でも、私とギルだけでアイツに勝てるか──」

「勝てる!」



 姉さんの口から出た弱気な言葉を、途中で遮った。そして言い切った。



「勝つんだよ、姉さん! 二人でアイツに勝つんだ! 勝って、姉さんはセンチュリーになるんだ!」

「……ギル……」



 僕が大声を出したのが意外なのか、それとも僕の口から勝つなんて言葉が出たからなのかは分からないけれど、姉さんが驚きの声を上げる。そして、



「そうね! ギルの言う通りだわ! センチュリーになる私が、こんなヤツに負ける訳にはいかないわね!」



 弾む様にそう言うと、僕の横に並び立った姉さん。そしてギリリっと大樫の弓の弦を引き絞る。



 その姉さんの様子に、持っていた、僕の体くらいに太いこん棒を大きく振り上げたオークは、「来イッ!!」と不敵に嗤った。


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